第五話「それがやってきた日の事・Part-2」

 はっと目を覚ましたリンは跳ねるように椅子から飛び起きた。


「ユウ!!」


 店内にユウの姿はない。


 きょろきょろと見回して、自分が寝てしまった事にようやく気がついた。


「ユーウー!!」


 叫んでみたもののユウの姿はどこにも見つからなかった。


 窓の外ではすでに陽が傾いていて、空は青と紅のグラデーションに彩られていた。

 綺麗な空の色ではあったが、リンにはそれを楽しむ余裕はなかった。


 もしかすると、もう届いてしまったのでは、という一抹の不安がリンの胸をよぎる。


 ――ドンッと店の床を思い切り踏みつけてしまう。


 そんな風に考えていたら段々、寝てしまった自分自身に腹が立ってしまったのだった。


 同時にドアがキィと音を立てて開いた。


「あ、起きたんだ?どしたの?」


「あ、ゆ、ユウ。」


 リンは癇癪を見られた気恥ずかしさとバツの悪さに、頬が微かに赤くなる。


「リン、おいでよ」


 そんなリンにユウが優しく微笑んで手招きする。


「え?」


 ニコニコとしているユウに導かれるままに外にでたリンが見たのは、店の前に留まった一台の荷馬車だった。


「お待たせいたしました。お届け物ですよ」


 御者が笑顔と共に、ずっしりとした箱を手渡す。


 リンは箱を見つめ――次の瞬間、満面の笑顔を浮かべた。


「ありがと!」


 器用にお辞儀をして感謝を伝えると、くるっと振り返り、


「ユウ! あけていい!? あけていい!?」


「こーら、お店の中に運んでからね?」


「うん!!」


 リンは箱を抱えて走り出した。


 *


「あはは…すみません、せわしなくて。」


「いえ、いえ。あんなに喜んでもらえると、運んできたかいもあるってもんですよ。それより遅くなってすまなかったね。」


「いいえ、タイミングばっちりだったみたいですよ?」


 スキップするように駆けて行くリンを見て目を細めて微笑むユウ。


 そんなユウの笑顔に男は一瞬目を奪われて――


「そ、そろそろ行きますね。何かありましたら、帰りにも寄りますんでその時にでも」


「ありがとうございました」


 ユウの笑顔を背に、男は御者台へと登ると、掛け声とともに馬車を発進させた。


「あ、帰りに時間あったらコーヒー飲んでってくださいねー!」


 遠ざかる馬車に向けてユウが声をかけると、男も片手をひらひらとさせて応えてくれた。


 *


 ユウが店に戻ると、既に箱は開けられていて、リンがうっとりした表情で箱の中身を見つめていた。


 リンの背中越しにユウも箱の中をみる。


 そこには、金色のドアベルといくつかの部品が納められていた。

 ユウの掌に乗るくらいの大きさのドアベルは磨き上げられて店内の光を反射している。

 ユウとリンがかつて帝都で立ち寄った喫茶店でリンがいたく気に入ったものと同じようなベルだった。


「鳴らして!鳴らしてみよう!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらリンが叫ぶ。


「はいはい、じゃあ…」


 ベルの先を慎重につまんで、指でぶら下げるようにもつと、そっと揺らしてみる。



 カランカラン……



「おお……」


 まさに帝都の喫茶店で聴いた音と瓜二つ。リンは目を丸くしてドアベルの動きと音をしばらく見つめる。


「もう一回!もっかい!」


 リンの笑顔に応えて、ユウはもう一度ベルを鳴らす。



 カランカラン……



「おー!」


 リンは目を輝かせる。


 ベルを鳴らすたびに歓声をあげるリン。


 何度かそれを繰り返してから、ベルは無事扉にすえ付けられることになった。



 入り口で光る金のベル。あとは、お客がやってきて、その涼やかな音色をお店の中に響き渡らせてくれるだけ――


 ユウはリンと並んで座り、来客を待った。



「ねぇ、ユウ。」


「なに?リン」


「お客来ないよ?」


「そのうちくるよ」


「多分、こないよ?」


「わかんないよ? フードさんあたりがきちゃったりするかもよ?」


「……」


 期待を裏切らないフードの男。


 今、まさに喫茶店『小道』へ来訪しようとして――


 ――急遽お呼び出しがあり、コーヒーはお預けに。


 彼への期待は裏切られてしまった。


「こないよ、フードさん」


 少しの間二人は扉とベルを眺めながら待ったが、来客の気配はなかった。


 間もなく日が沈んで暗くなってしまう。


 そうすればもう来客は絶望的だ。


「ユウ!お客さんやって!」


「へ?」


 突然リンが立ち上がって、ビシッとユウを指差して言い放つ。


「ええぇ、ここ私の店なのに……」


「やって!」


「はぁ、わかったよ……」


 リンの期待に満ちた目を裏切るのもなんだし、どうせなら笑顔をみたいなとも思うから、腑に落ちないと思いつつも、ユウはお客をやることにした。



 カランカラン…



 涼やかなベルの音と共に木造りのドアが開かれる。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの奥から可愛らしい声がしたが、姿が見えない。


「あれ? リン?」


 ユウが呼びかけると、ぴょこぴょことカウンターのへりからリンの顔が現れて、消えて、現れて、消えて――


「いらっ、しゃいっ、ませっ」


「あはは……」


 ユウは思わず苦笑いだ。


「じゃあ、コーヒーでも…っと?」


 そういいかけたところで、飛び跳ねていたリンがカウンターから出てきてユウのそばに駆け寄ってくる。


「やっぱり私がお客さん!」


「はいはい」


 そう言い残してリンは店を出て行く。



 カランカランバタン



「ぉー」



 ドア越しにまたリンの歓声が聞こえた。


 それから、リンは何度も店を出入りして、ベルの音を楽しむ。


 もはやお客さんという体でもなくなってきていて、本当にドアを開け閉めするだけになっていた。


 ユウはそんな様子をコーヒーを飲みながらニコニコとしてみている。


 リンがいたく気に入っている様子をみていると、自分もこんなだったかな、と子供の頃を思い出す。


 欲しいものを手に入れたときの自分はこんな感じだったかもしれない、と、目を細めてベルを鳴らし続けるリンを、優しく見守るのだった。


 *


 しばらくして、二人はまた飲み物片手にカウンターに座っていた。


 二人ともが見つめているのは真新しい金色のドアベル。


 リンは満面の笑みで、ユウは優しい微笑みで、次はいつこのベルが来客を知らせてくれるのだろうかと、心待ちにしている。




 ――ここは喫茶店『小道』



 今日から新しいベルが来客を知らせてくれる。



 おすすめはコーヒー、涼しげなベルの音色をそえて――


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