「辻沢ノーツ ５」（ヴァンパイアの生け贄って……）
先生のバモスって車、ほとんど障害物状態。ノロノロしか走れないから他の車が次々に追い越して行く。
中にはクラクション鳴らす車まであって、見たら後部座席の子供が指さして笑ってた。
幌を付けてから寒くなくなったのはよかったけれど、風が幌を叩く音がバサバサバタバタとうるさくて全然会話できない。コンビニ出てからずっと、みんな黙ったままだ。
黄ばんだビニル製の車窓の景色を眺めるだけの２時間に耐え、やっとＮ市に入ったのはお昼過ぎだった。
お腹がめっちゃ空いた子（ミヤミユ限定）がいたのでヤオマンというファミレスでランチすることになった。
ボックスシートに通されてメニューが手渡されると、鞠野先生がメニューの隅々まで眺め始める。頼みもしないのにお酒のページにまで見入ってる。
そして、一通り目を通し終わると、
「おもしろそうな料理があるよ」
と日替わり定食のメニューを指差した。
そこには「ヴァンパイアの生贄」という名の料理が載っていて、写真はなくハテナマークのイラストだけがついていた。
鞠野先生が、
「だれか頼んでみる？ これも調査の一環かもよ」
サキがスマホから顔を上げずに、
「ただのハンバーグですよ……。きっと」
と興味なさげに言う。
サキはもう「生ハムサラダとドリンクバー」と宣言してる。
あたしはスクランブルエッグ付き黒糖シロップパンケーキが食べたかったから、スルーしますって言うと、
「じゃあ、あたし頼みます。ライス大盛りで」
とミヤミユが言った。
さすがミヤミユ。なんでも食べる雑食女子だ。
人が遠慮する料理でもとりあえず食べてみるのがモットーとか。
ミヤミユの調査テーマの「辻沢の建築文化」とは全然関係ないけど、ここはミヤミユにお願いするということで。
しばらくして、ウエイトレスさんが鉄板皿を手にやって来た。やな予感しかしない。
「『ヴァンパイアの生贄』のお客様」
ミヤミユが小さく手を上げる。
目の前に置かれた鉄板皿に載っていたのは、サキの予想通りハンバーグだった。
ハートに成形したパテにたっぷりのトマトソース、その上にスライスチーズ、真ん中に小さな十字架が刺してある。
これって定番料理のイタトマバーグ、だよね。それを見た鞠野先生は申し訳なさそうに、
「何でも当たってみないとね」
ミヤミユは写メも撮らずに無言で食べ始めた。
Ｎ市から辻沢は最近できたというバイパスを使えば２０分で着くけれど、鞠野先生が宮木野線を見ておいた方がいいって言って、今は線路沿いの旧道を走ってる。
沿道の風景は、田んぼ、田んぼ、田んぼ、畑、田んぼ、畑、畑、畑、たまに竹林。
見どころ分かんない。
大きな橋を渡る。名曳川大橋っていうらしい。
辻沢の東を流れる名曳川を渡る橋で、宮木野線の鉄橋に並行してる。渡ってる途中に茶色の汽車が重々しい音をたてて抜かして行った。
「おー、未だにチョコレートなんだ」
と、なぜか鞠野先生が興奮している。
「チョコレートみたいじゃないかい？ 角張った窓とか、茶色のつやっとした車体の感じとか」
「「「……」」」
「まあ、一度は乗ってみるといいよ。座席はビロード調だし、床は板敷になっていてね。ノスタルジー溢れる昭和感があってね。エモいんだよ」
エモいって、そんな言葉使って。先生、無理してません？
ＪＫみたいなのが数人、チョコレートの窓から顔出して何か叫んでた。
鉄橋の音で一つも分からないけど、このバスモくんへの誹謗中傷・罵詈雑言だろう、絶対。
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