第3話

カウンターに隠れるようにフロアの様子を伺う自分がいた。二日前学校でばったりあった千納時が久々に来店したのだ。風村は大喜びで何かにつけて、コソコソと見ている。片や自分は真逆で出来れば彼と顔を合わせたくはない。しかし、今し方、コーヒーの注文が入り、彼に提供してきたのだ。その時の彼はちらりとこちらを見て、いつもの一言を言うとニタリと皮肉をめいた笑みをこちらにおくってきたのである。


(あー本当頭にくるなっ)


 悶々としながら作業をいているとフロアから馬鹿笑いが聞こえてきた。実は先からサラリーマンらしき男性二人が、大きな声で話し、周りの客が顔を曇らせていたのだ。確かにカフェなので話す分には構わない。ただ、それも限度がある。またスタッフにも横柄な態度をとっており、先程注文の品を届けた、多持さんは丈夫肩を落として戻ってきたのだ。


(やばいよなあの客。どうにかしないとっ)


 その時、背後から猫背で小太りの近藤店長が自分を呼び、それに応え彼の前まで行く。すると煙たそう表情を浮かべつつ自分を見た。


「都築君。あの騒がしい客に一言言ってきてくれない?」

「自分がですか?」

「ちょっと待って下さい。近藤店長。あの客を都築君に任せるのはちょっとどうかと思いますよっ」


 近くにいた風村が厳しい顔つきで店長に詰め寄ると同じくして、多持が慌ててホールへと出ようとする。


「ぼ、僕がどうにかしてきますっ」


 流石に年長者であり、しかも高校生にそんな事をやらせる事を良しとしないといった態度をとる中、店長が多持を呼び止める。


「今の責任者は私なの。だからそんな勝手な事しないでくれるかな」


 そう一喝すると、自分に視線を送りながら、ふてぶてしくほくそ笑む。


「店長命令だ。都築君。あの客達。どうにかしてきて」


 両手を強く拳を握りしめる。一発顔でも殴ってやりたい思いを堪えつつ、足元を見た。


「は、はい」


「じゃあよろしく」


 すると彼は奥の事務室へと戻っていったのだ。その直後数人のスタッフが自分を囲み、風村が申し訳なさそうな顔つきで自分を見る。


「御免ね。優斗君。年長者なのにっ」

「そんな事ないっすよ。あの時言ってくれたじゃないっすか」

「だけどっ」


 自分を囲むスタッフが一様に心配してくれている事が分かると同時に、こんな状況でも嬉しい思いが胸に溢れてくる。


(本当周りの人が良い人達で良かった)


「とりあえず、行ってきます」

「何があれば速攻警察に通報するですぞ」

「有り難うございます。多持さん」


 一回大きく深呼吸をすると、フロアに足を踏み入れ、二人の居る席へと直行した。すると、そんな自分を一別し、一瞬話し声が止んだものの、再度彼等は大きな声で話し始めたのだ。自分はそんな二人にどうにか作り笑いをして見せた。


「お客様。申し訳ないんですが、もう少し声のトーンを控えめにしてくれませんか?」

「は? 俺等に言ってるの?」

「は…… い」

「ふーん。何、中の客から苦情でもいった?」

「いえ」

「じゃあ良いんじゃないの?」

「だとしても、お客様の中にはゆったりと過ごしたい方もいます。そんな多様なお客様がいらっしゃるので、お気持ち声をっ」

「じゃあ、今聞いてみるか。もし一人でも五月蠅いと思っている客がいるなら、退席するわ」


 そう告げた男性は、すくりと立ち上がると周りを一回見回した直後。


「あのーー 俺達二人が五月蠅いと思ってる人いますかーー」


 一気に静まり返る店内。それもその筈。なるべくならトラブルは避けたい。ましてやこんな所行の人に変に関わってもロクな事はないとわかりきっている。なのでいくら思っていたとしても、それを口にする者はいないだろう。


(まあ、店内の客に聞かれた時点で詰みだな。だとしたら何て説得させる?)


 彼等に強い視線を向けたその時。


「俺は五月蠅いと思ってますけど」


 奥の方から声が聞こえ、店にいた全員が声の方を見る。すると、自分達の方へと歩いて近づく千納時の姿があった。彼は尚もこちらに来ると自分の隣に立ち、サラリーマンの二人にほくそ笑む。


「確か、一人でも異議を申し立てたら退席すると、今し方言ってましたよね」


 自分に確認を取る様に、千納時がこちらに視線を向けられ頷くのを確認した彼は、優越感漂よう微笑みを浮かべ二人を見る。


「じゃあ。早速退店して下さい」

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