マッチングアプリ使ったら、死んだ筈の初恋相手と再会。——そして、そこからが怪異バトルの始まりだった。

菅田浩平

第1話

 ——それは悪夢だった。


 



 俺の名前は朝倉陽向、二十五歳。

 ヤンキーに怒鳴られるだけで膝が震える小心者。

 そして、二十五歳で童貞。

 誰かと付き合ったことすらない。


 恋人ができなかった理由は明白。

 それは、小四からずっと想い続けてきた初恋の相手——久遠ミチルの存在だ。

 ミチルは、他愛もない話で笑ってくれる明るい女の子。そして、そのときの口元のホクロがとにかく印象的だった。


 中学に上がったある日、ミチルは俺の下駄箱に手紙を入れた。


『陽向へ

  放課後、裏山で話したい

            ミチル』


 胸の奥が爆ぜるように跳ね上がり、俺は裏山へ駆けた。

 けれど——ミチルは来なかった。


 翌朝、ミチルの遺体を見つけてしまった。


 雨上がりの川。白い腕。蒼白の唇。


 そして俺は——あのとき助けを呼ぶべきだったのに、足がすくんで逃げてしまった。


 その日から、俺は“後悔”だけを抱えて生きてきた。

 そして、前への進み方すらわからないまま、十年が過ぎた。





 ——だから今日で終わりにする。

 このブレーキを外すために。

 一ヶ月やり取りを続けてきた“肉まんさん”と会う。


 問題はただひとつ——写真アイコンがないこと。


 わかっている情報は、

 『映画が好き/同い年/明るい/黒髪』

 ……妄想するなというほうが無理な話だ。


 


 待ち合わせは駅の出口横。ご当地番組のポスター前。

 午後十一時。終電間際の風が足元を冷やす。


 女性が通るたび、心臓が無駄に跳ねた。


「帰りたい……でも帰れない……いや帰りたい……」


 人生初のマッチングは、すでに精神が限界だった。


 そのとき、ふくよかな女性が全力で手を振ってきた。


(ちがうよな……ちがうよな!? え、もしかしてハンドルネームの肉まんってそういうことッ!?)


 俺の中の黒髪清楚系スレンダー美女(※脳内)という幻想が砕け散る。


 しかし彼女は俺を素通りし、別の男へ抱きついた。

 緊張が一気にほどける。


「……帰ろう」


 そう思って背を向けた瞬間、



「アサさん、ですよね?」


 ハンドルネームが呼ばれた。


 反射的に振り返る。

 街灯を背に立つ黒髪の女性がいた。


 ——その瞬間、胸が掴まれたように痛んだ。


 街灯を背にしているのに、彼女の顔だけが妙に明るい。

 まるで光が“彼女だけを避けている”みたいに、影が薄かった。


 夜風に揺れる黒髪。伏せた目元。人形みたいな白い肌。


 その顔は——十年前に死んだミチルと、まったく同じだった。


「……え?」


 喉が凍りつく。

 人違いではない。

 口元のほくろの位置まで一致している。


「アサさん。会えて嬉しいです」


 その声を聞いた瞬間——

 胸の奥で、何かが“千切れた”。


 十年前、裏山で膝が抜けて動けなくなったときと同じ感覚。

 呼吸が浅くなる。

 視界の端が揺れる。


(やめろ……その声を出すな……)


 心のどこかが叫んでいるのに、身体はまったく動かない。

 逃げたいのに、足は地面に縫い付けられたみたいに震えている。


 彼女が一歩近づくたび、十年前の川の匂い、湿った土の感触、冷たくなったミチルの指先が一瞬で蘇った。


(違う……違う……そんなわけない! でも……似てる……いや、同じだ……!)


 理性は否定しているのに、心臓だけが正直に反応する。

 痛いほど脈打ち、血が逆流したみたいに耳が熱い。


 “逃げろ”

 “確かめろ”

 “また見捨てるのか?”


 三つの声が胸の底で渦巻き、喉が詰まる。


 ——十年前、助けを呼ばず逃げた自分を、また繰り返すのか。


 震える唇で、やっと絞り出せたのは、


「……誰なんだ……お前……?」


 その一言だった。






 ——このとき、俺はまだ知らなかった。


 この再会が“人間ではないもの”へ続く道であり、十年前の後悔を、再び呼び覚ます“始まり”だったことを。




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