愛と絆の巡礼(ピルグリム)〜14世紀の孤独な旅が、現代の親子を救う物語

憮然野郎

第一話:転生なんてクソ喰らえ。ここは俺が一番嫌いな世界。

「……は? なんだこれ」

目の前には、絵画のフレームが腐り落ちたようなくすんだ光景。


土壁の家々。狭い路地は粘り気のある汚泥と水溜まりにまみれている。

鼻腔を突き抜けるのは、糞尿と生ゴミが混ざり合った、文字通りの『地獄の香り』だ。

痩せこけた犬が汚泥を漁る横を、人々は素足で歩いていた。


「嘘だろ。まさか俺がこんな……」

俺の口から出たのは、情けないほどの呻きだった。


俺はたにばなあきら、十七歳。趣味はWeb小説。嫌いなものは『ナーロッパ』と揶揄されるご都合主義的な中世ファンタジー、そして、フランスに渡った母と、ヨーロッパ文化、その全てだ。


だから、いま自分がこの惨状の真ん中に立たされていることが信じられなかった。


つい数時間前まで、俺はパリの大聖堂にいた。人の多さに辟易し孤独を感じていた。

しかし、ふと気がつくと、俺はここにいる。


水溜りに映る自分の姿は、十四、五歳くらいの痩せこけた少年だった。

髪は油と埃でゴワつき、着ているのは粗末な麻の貫頭衣。腕には覚えのない擦り傷やアザがある。


「はは……冗談だろ?」

乾いた笑いがこみ上げた。

最悪だ。俺が一番嫌悪するジャンル。

しかし──レベルアップもステータス画面も異世界美少女も出てこない。


数日前

***

喫茶店のテーブルで、親友のタケシは俺の原稿を読みながら頭を掻く。

「晃ってホント異世界モノ嫌うよな。俺にはさっぱりわからんよ」


それを聞いて、俺はグラスの水を一気に飲み干す。

「お前にわかるかよ。あの安っぽいご都合主義と、どこもかしこも清潔な世界観。

俺は何もジャンル自体嫌ってるわけじゃない。嫌いなのはああいう安直さだ」


するとタケシは呆れたように笑う。

「……ったく晃は相変わらずだな。

もうちょい肩の力抜けよ」


「それができれば苦労しないって」


「だろうな……お前に期待したオレが馬鹿だったわ」


「なんだとタケシ……お前まで俺を見捨てる気か?」


「ちょ、晃。痛い!──お前、まだ母親引きずってるのか……」


「ああ……」


「そっか。えっと……たまには親父さん見舞ってやれよ。きっと今頃病室で寂しがってるぜ?」


俺は内心、喉の奥が熱くなるのを感じた。

父の病、そして極端な個人主義を貫いた母への反発から、俺はヨーロッパ文化が嫌いになったのだ。


俺はタケシに言葉を濁す。

「うるせえよ。それより母さんの件だ。俺はパリに行く。母さんに『家族』の責任ってやつを突きつけてくるんだ」


***



直後、背後からくぐもった声が聞こえ俺は回想から現実に戻された。

「エティエンヌ。何を独りごと言ってるの?」


振り返ると、俺と同じような粗末な服を着た、三十代半ばくらいの女性。

顔は痩せこけ、目の下には深い隈。使い古された水桶を握り、俺の顔を覗き込み眉をひそめる。


「熱でもあるの? あなたらしくもない」

そして、顔に深い悲しみが刻まれる。

「……お父さんのために、無理をしているの?こればかりは神の御心よ。私たちにできるのは……」

思わず、俺は女性の言葉を遮った。

「神の御心? 熱を出してるなら医者に連れて行けばいいだろ! 」

俺の剣幕に女性は呆気にとられたような顔。

そして、その顔には嫌悪の色が浮かぶ。

「……エティエンヌ。あなた何を言っているの?

医者? この村に医者はいないよ。

病は家族の罪。神がお与えになった試練よ。それをあなたは……」

女性は恐怖に顔を歪ませた。まるで俺が忌まわしい異教徒か何かであるかのように。


“病は、家族の罪”

その言葉が俺の頭を鈍器のように殴りつけた。

そうか。ここはそういう世界か。

科学も合理的な思考も、全てが『異端』とされる世界。

病は神の試練。汚い水より発酵したビールやワインの方が安全だと真顔で主張される世界。


「……クソったれ、だよな」

俺はもう一度心の中で吐き捨てた。

まさか俺が一番嫌いな世界の主人公になるとは。

しかも、俺がタケシに不満を漏らしていた“ご都合主義”や“清潔”とは似ても似つかぬ『本物の中世』だ。

ああ最悪だ。あのときの安直発言は謝るから今すぐ帰して欲しい。

汚く、臭く、『非合理的』なこの世界から一秒でも早く逃げ出したい。


しかし俺の足元は、分厚い泥と見知らぬ家族の『罪』に、まるで縛り付けられているかのようだった。

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