第10話 解決しちゃったよアネキ…
「 見つけたぞ! 追え! 」
廊下に怒号が響き、トキは振り返らず駆け出した。
後ろにはソナと、足をもつれさせながらついてくる男。
追ってくるのは槍を構えた数名の警備兵だ。
「 早く、こっち! 」
殿を務めながらトキが叫ぶ。だが男の足取りは明らかに遅い。
薬物の影響か、まるで膝が言うことを聞かない。
トキは短く舌打ちし、ためらいなく男の肩を担ぎ上げた。
「 お、俺のことは―― 」
「 ふざけないで。何のために鍵、奪ったと思ってるの 」
いつも以上に荒い言葉で言い捨て、彼女は強引に走る。
前方に人影。助けが来たかと思えば――警備兵だった。
少年と手負いの男が絡まれている。
即座にトキは、ソナに男を任せる。
「 正当防衛キーーック! 」
トキは助走もなしに跳び、警備兵の顔面へ蹴りを叩き込んだ。
男は壁へ吹き飛び、音を立てて崩れ落ちる。
「 やば……死んでないよね? 」
急にギャグめいた声を出すトキに、周囲の全員が無言になる。
冷たい視線を浴びても、本人だけがどこか楽しそうだ。
「 誰かフォローしてよ! 」
「 アンタが騒ぐから追っ手増えてんだけど 」
「 な、自己申告は大事でしょ 」
言いながらも振り返ると、確かに影が増えていた。
トキは肩を担ごうと少年の側へ寄る。だが、そこで視線がぶつかった。
見覚えのある濁った瞳。
「 よォ。今日は切腹しねぇのか? 」
ヴァン・カルドランだった。
瀕死に近い状態なのに、薄く笑っている。
「 息災で何よりです。とんでもないミスに気付かなければ、予定にはないですね 」
トキは彼の反対側の肩を支えながら、歩調を合わせる。
「 俺がおかしいの……? 」
少年が呟くが、トキは聞こえないふりで先を急いだ。
出口の方向に逃げながら、彼女は言う。
「 上に警察がいるはず。そこまで行けば―― 」
「 げ 」
ヴァンの顔が歪む。
少年も嫌そうに眉をひそめた。
「 ギャランドゥ騎士団のこと? 」
トキが頷くと、二人ともますます顔をしかめた。
文句を言う余裕はあるが、走るには不利な体格差。
集まってきた警備兵に、ついに三方を塞がれる。
「 どうしよう……GOする? いや違うか 」
「 バカなのかアンタ 」
軽口をたたくトキに、少年は即座に返す。
トキは不満げに眉を寄せた。
ヴァンは息も絶え絶えで言う。
「 ……俺がどうにか―― 」
「いや無理でしょ。五秒ももたないよ」
なぜか素直に評価するトキ。
それは少年の逆鱗に触れた。
「大体、なんでそんなボロボロなの」
そもそもの問いに、少年はわずかに視線を逸らす。
トキはあっさりまとめた。
「 だろうね。君、思い切りが良すぎるもんね 」
また怒られる。
そこへ、後方から怒鳴り声が飛ぶ。
「 おい! こっちは追い込んでるんだぞ! いつまで会議してんだ! 」
緊迫した状況なのに、どこかノリのいい警備兵だ。
トキは一歩前に出た。
「 すみません。取引しませんか? 」
「 取引だぁ? 金じゃ揺すられねぇぞ 」
「 お金じゃないです。私の腕一本あげます 」
「 は? 」
「 じゃ折りますね 」
「 待て待て待て!! 」
警備兵が慌てふためく中、トキは淡々と続ける。
「 左腕がいいですか? 右腕?
あ、内臓の方がいい? 腎臓なら渡せますけど、その場は無理で―― 」
「 誰か翻訳呼んでこい!! 転がし方が分かんねぇ!! 」
押し問答が続いたその時、出口側から重い足音の群れ。
軍服の一隊が現れ、中心にウァートがいた。
「 我ら王国騎士団! 国法に基づく調査に参った! 抵抗せず投降しろ! 」
瞬く間に警備兵は制圧され、奥へと押さえ込まれていく。
ウァートがトキへ歩み寄った。
「 無事でしたか? 」
「 助かりました。……でも、どうしてここに? 」
ウァートはトキの首元に付いた小さなボタン型の装置を外す。
「 通報と、あなたの行動記録のおかげですよ。
それに――攫われた少年の家族からの依頼もあって 」
ヴァンの方に視線を向けると、治療を受けているところだった。
「 助かるんです? 」
「 まぁ。彼は、そういう男です 」
ウァートは楽しげに笑った。
「 ところで、トキさん。連絡先を交換しませんか? 」
「 結構です 」
「 そう言わずに 」
逃げようとした瞬間、彼は回り込み、柔らかい声で続けた。
「 あなた、間違いなく事件に巻き込まれる体質です。念のため 」
「 えぇ……まあ……はい 」
「 すごい渋々ですね 」
そこへ、まだ青ざめたヴァンがよろよろと近寄る。
「 俺も……連絡先、いいか? 」
「 治療してきてくださいよ 」
言いながらも、トキは携帯を差し出した。
もう、観念したようだ。
続けて、少年が前へ出てくる。
「 俺はシャクタ。さっきは助かった。よろしく、トキ 」
年下のくせに呼び捨てだったが、
疲れ切ったトキは何も言わず、ただため息をついた。
※ ※ ※
病室を抜け出し、屋上にたどり着いたヴァン・カルドランは、ひとり煙草をくゆらせながら空を仰いでいた。
いつからか、空にはヒビのような断面が走っている。
人々はそれを“魔王再来の前兆”と噂していた。
真偽はどうあれ、宇宙人の襲来、反乱軍の活性化、そして【アポストル軍】の不穏な動き――世界は確かにざわつき始めている。
崩壊が近いのかもしれない。
ヴァンはそれを恐れも期待もしない。ただ、淡々と事実として受け取っていた。
「 黄昏れるなんて、らしくないですね 」
扉のほうから静かな声が落ちる。
マウハ・ウァートが、いつものように足音も気配も消したままヴァンの背後に立っていた。
だがヴァンにとっては慣れきった光景で、驚きは微塵もない。
ヴァンは煙を細く吐き、マウハはその動作を眺めながら淡々と報告を始める。
「 今回の事件の首謀者、サトウ夫妻は以前から失踪していたようです。名前も偽名でしょう。
ただ、その周辺に関わっていた役人が何人か尻尾を出しました。詰めれば捕まえられるはずです 」
「 そうかよ 」
素っ気なく返し、手すりに灰を落とすヴァン。
マウハは気に留めることなく話題を変えた。
「 それにしても、ずいぶんトキさんに肩入れしてましたね 」
その一言で、ヴァンの手が一瞬だけ止まった。
神視点の語り手から見れば、わずかな静止は隠しようもない変化だ。
「 やはり、口説きがいがありますか? 」
「 ンなんじゃねぇよ。ただ、面白そーだなと思ってよ 」
マウハは苦笑しつつ、心の内でトキの身を案じる。
ヴァンが珍しく“興味”を持ったことが、良い兆候か悪い兆候か判断がつかない。
「 罵倒されるの、好きですもんね。ヴァンさんは 」
「 ……お前に言われると思わなかったわ 」
ジト目で睨むヴァン。
マウハは平然と受け流す。
「 つか本当にそんなんじゃねーから 」
「 ──と言うと? 」
意味を探るようにマウハが目を細めると、ヴァンは視線をそらした。
「 美人を口説くのは楽しいだろうよ 」
「 なるほど。クズですね 」
「 オイ 」
軽口の応酬のあと、マウハはふと真顔でヴァンを見つめた。
だがヴァンはその視線から逃れるように空へ視線を戻す。
「 あの女は……そう悪い奴じゃねぇよ 」
ぽつり、と落とされた言葉に、マウハの目がわずかに開く。
普段は他者への評価を表に出さない男の“正直な一言”は、神視点から見ても珍しい。
ヴァンの記憶には、初対面の場面がよぎっていた。
クレーマーに絡まれていたロボットを、迷いなく助けに入ったトキ。
行動は奇妙でも、優しさは一目でわかった。
「 ま、面倒には巻き込まれそうだな 」
楽しげな気配を含んだつぶやきに、マウハもつられて笑った。
世界が崩れ始める気配のなかで、ふたりだけの穏やかな風が通り抜ける。
その頭上では、空のヒビがゆっくりと広がっていく。
世界の変化とふたりの会話は、静かに交差しようとしていた。
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