第5話

 仕事を始めて一週間。

 順調と言えば順調――なのだが。


( 忙しすぎるんだよね……クソ客も多いし )


 毎日これなら、初任給前に白髪になりそうだ。


 そういえば、と歩きながら思い出した。

 これだけの人種がいて、誰とも普通に会話できている理由。


 気になってスマホで検索すると、すぐ答えに辿り着いた。


 エルフの魔法を解析して作られたエイリアン特製の“波導砲”が街のあちこちに設置されており、

 浴びた者の脳内にあるマクロ粒が言語を翻訳するらしい。


( いやもうドラえもん越えてるよねそれ……

 どこでもドア先に作ってほしいんだけど )


 ともあれ、科学と魔法の発展に感謝、感謝、ヤミー、ヤミー。



 外交案内のロボットたちを避けながら歩いていると、

 案の定ひとつが私の前に滑り込んでくる。


「 お仕事お疲れ様です。本日4月12日16時13分、天候は良好。おすすめの居酒屋をご案内します 」


( はい、捕まりましたー )


 観念して居酒屋の紹介を聞き、

 胸部のコイン投入口に銀貨を入れる。


( ロボットにチップ制度教えたやつ、いつか絶対殺す )


 イラつきながらも、紹介された店で持ち帰り用のお菓子を買った。

 もちろん自分用ではない。


 ヴァン=カルドランに奢ってもらった時のお礼だ。


 もう時期も過ぎたし流してもいいと思っていたが、

 借りを作るのが何より嫌いなのだ。


( とはいえ、あれ千円くらいだったし……

 気合い入れすぎるのも変だし…… )


 悩みつつ店を出て、あの時渡された名刺の住所へ向かう。

 途中で何度も足が止まり、帰ろうか迷う。


( いや、行く。今日返す。借りは早めに返す )


 そう自分を叱咤しながら歩き続けると、目的の建物が見えてきた。


 西欧風の石造りで、アーチ窓に落ち着いた装飾。

 店名は銀色の文字でこう書かれていた。



【酒場 シャヴァナー】



( ……店名違わない? )


 念のため名刺を見直すも、住所はここだ。


( まぁ……一応入るか )


 意を決してドアを押し開ける。


 カラン、と澄んだベルの音。

 ほんのり甘ったるい酒と果物の香り。


 中は開店前のようで静かだ。

 カウンター奥で金髪のエルフがグラスを磨いている。


( うわ……綺麗すぎる…… )


 無意識に目を見開いて彼女を見つめる。

 伏し目にカーテンが降りた様なまつ毛の長さ。

 薄暗い明かりに照らされて髪が揺れながら輝いている。


 見入ってしまった私に、エルフは無表情で視線を向ける。

 慌てて受付に近づく。


「すみません、少しお聞きしたいことがあって」


「下着の色ですか?」


「聞くわけないでしょ!!」


 反射的に怒鳴ってしまった。


( いや絶対“ジロジロ見る変態”だと思われたじゃん…… )


 気まずさを誤魔化すように話題をねじ込む。


「 えっと、マルチ護衛株式会社ヨースターを探してまして 」


 エルフは「 あぁ 」と本を取り出し、料金表を見せてきた。


( なるほど、この酒場と共有してるのか…… )


「 ヴァンは不在です。なので先に依頼内容をどうぞ 」


 万年筆を差し出され、慌てて首を振る。


「 い、依頼じゃなくて!この前助けてもらったので、その……お礼を 」


 説明すると、エルフはふと動きを止め、じっと見つめてきた。


( 無表情の圧……怖すぎるんだけど )


 数秒の沈黙のあと、彼女は淡々と言った。


「 なるほど。では中身を確認させていただきます 」


 袋を開き、無言でお菓子を見つめる。


( 毒でも判別してる……? いや、ありそう )


 気まずさに、店の中を見回す。

 開店前らしく客はいない。従業員もいない。


「 従業員は私一人でございます 」


「 え?

 ……あ、あぁ。そうなんですね 」


( ……心読まれてしまった )


「 ヴァンとはどういったご関係で? 」


「 へ? 」


 女性は、菓子袋から目を離さない。

 突然の質問に困惑しながらも、隠さず答える。


「 え、と。ファミレスで絡まれ……奢ってもらってですね。特に関係というものはないです 」


「 そうですか 」


( そうですかって……聞いたのそっちの癖に )


 何処か雑な相槌にムッとする。


「 ヴァンに関わるのは、辞めた方がよいかと 」


 女性の再び唐突な言葉に首を傾げる。


「 貴方からロクでもない運命が見えます。それも、とびきり厄介な 」


「 ……はぁ?え、えとつまり……? 」


「 平穏に生きたいのなら関わるべきでないかと 」


 それでも意味が分からない。


( 元カノのだる絡み?

 にしては仰々しい言い回しだ )


 真意を探ろうと彼女の目を見る。


 すると、突然──

 ターコイズブルーの瞳のその奥に“宇宙のような光”が見えた気がした。


 息をのむ。


 しかし、瞬きをするともう消えている。


( なに今の……? )


 緊張で汗ばんだ頃、彼女はふっと微笑んだ。


「 毒は仕込まれていないようで安心しました 」


( 毒チェックあったぁ…… )


 ほっとして帰ろうとした瞬間――


 ドタバタと扉が開き、中年の男が駆け込んできた。


「 トリーナさん!ヴァンさん居る!? 」


「 先程出ましたよ 」


 さっきまでの冷たさが嘘のように明るく笑うトリーナ。


( 絶対私のこと嫌いだったよね…… )


 男はカウンターに座ると、興奮気味に言った。


「“あの事件”の話をしたかったのになぁ!」


 つい反応してしまう。


「その……事件?」


「あっ知らんのか嬢ちゃん!」


( 最近来たばっかだよ…… )


 事情を話すと、男は目を丸くしながら言った。


「 今この街は神隠しで大騒ぎなんだよ 」


( はい? )


「 昔は年1回ぐらいだったのが、今じゃ月に1〜2回。

 しかも狙われるのは若者! 」


「 へぇ 」


「 へぇじゃない! 」


 興奮する男の横で、トリーナは冷静に言い放つ。


「 悪魔は滅多に出ませんよ 」


 その言葉は、どこか確信めいていた。


「 そりゃ、知ってるけどさぁ!この消え方は魔王復活の前兆とか―― 」


 男は、時々机をバンバン叩き唾を飛ばす。


( あー……やっぱりファンタジー世界だったわ…… )


 二人が盛り上がる中、私はそっと出口に向かう。


「 気をつけなよー、お嬢ちゃん! 」


( 事件って言われてもね。私には関係ない話、


 ……だと思いたい )


 背中に声を受けながら、外の光へ歩き出した。

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