第14話 奪われた器と、不可侵の領域

「(……『創世』? 生命の設計図

……肉体を再構築する力?)」


コア領域(内側)にて、闇の精霊の感嘆が響く。


フラグメントの核(コア)を侵食したその「闇」は、彼が隠し持っていた禁断のプログラムを見つけ出していた。


「(なんと……。

これこそが、我の求めていた『知識』の極致ではないか)」

闇の精霊は、もはやフラグメントへの攻撃を止めていた。


彼の興味は、目の前の石ころから、その内部にある「機能」の実行へと移ったのだ。


「(……だが、設計図だけでは足りぬ。

『見本(サンプル)』が必要だ)」


精霊のどす黒い意志が、魔力のパスを通じて外側へと逆流する。


それは言葉による命令ではない。

接続された端末(にくたい)を強制的にハッキングする、暴力的な干渉だった。



現実世界(外側)。


フィリアの絶叫が、唐突に途切れた。


拷問を行っていた長老ライラが、怪訝な顔でナイフを止める。


激痛にのたうち回っていたはずのフィリアが、糸が切れた人形のように脱力し、次の瞬間――ギギギと、不自然な動きで立ち上がったのだ。


その緑色の瞳は焦点が合わず、虚空を見つめている。


血まみれの足が、痛みを感じていないかのように、フラグメントが消えた「空間の歪み」へと歩き出した。


「なっ……!? 動けるはずが……!」

ケレンが驚愕する。


「(分析)……! フィリアの神経系に強制介入を確認!」

フラグメントは、リンクを通じてその異常事態を感知した。


闇の精霊は、フラグメントとの『印』を逆流し、フィリアの肉体(器)を「サンプル」として手元に呼び寄せようとしているのだ。


「待ちなさい! その体は我らのものよ!」


「追うぞ! あの娘ごと、核(コア)へ飛び込む!」


ケレンとライラは、獲物が勝手に動き出したことに焦り、フィリアの後を追うように空間の裂け目へとその身を投じた。



空間が歪み、コア領域(内側)に新たな影が現れた。


最初に、虚ろな目をしたフィリア(遠隔操作)が、人形のように現れる。


遅れて、ケレンとライラも、武器を構えたまま転移してきた。


「(……なるほど。

『創世』の術式は、膨大な『生命力』を贄(にえ)とするか……) 」

闇の精霊は、侵入者たちを一瞥もしなかった。


彼はただ、傍らで立ち尽くすダークエルフの長老……ライラの方を向いた。


「(……贄が、必要だ。

ライラ、お前を『生贄』にする)」


「え……?」

ライラが悲鳴を上げる間もなかった。


闇の精霊の霧の手が、彼女の美しい体を貫いた。

魔力と生命力が一滴残らず吸い上げられ、長老ライラは塵となって消滅した。


そして、闇の精霊は、その膨大なエネルギーを使い、「創世」の力を行使した。


数瞬後。


そこには、フィリアと瓜二つの「複製体(クローン)」が、創造されていた。


だが。


「(……フン。これは『失敗作』だ)」


精霊が創り出した「クローン」には、「命」がなかった。

ただの美しい「人形(ドール)」だ。


「(『魂』がなければ、器は動かぬか。

……ならば、ここにある『本物』を使えばいい)」


精霊の視線が、いまだ遠隔操作で拘束している、瀕死のフィリア(オリジナル)へと戻る。


闇の精霊は、失敗作のクローンを打ち捨て、霧の巨体をフィリアの「オリジナル肉体」へと、音もなく侵入させていく。


「あ……ああ……ああああっ!」

瀕死だったフィリアの体が、黒い霧に包まれ、激しく痙攣する。


「(分析)……! まさか!」


(……フラグメント……!)


フィリアの「魂」が、自らの肉体から、強引に弾き出された。


闇の精霊は、フィリアの肉体を「強奪(ハイジャック)」したのだ。


肉体を乗っ取った『闇の精霊』は、フィリアの顔で、フラグメントを嘲笑うように見つめた。


行き場を失ったフィリアの魂は、光の粒子となって霧散し、今にも消滅しようとしている。


「(フィリア!)」


フラグメントの演算が、極限まで加速する。


助ける方法。

彼女を繋ぎ止める方法。


視界の端に、闇の精霊が打ち捨てた

「失敗作」――魂のないクローンが映る。


それは空っぽの器。

だが、フィリアの情報を元に作られた、適合率の高い器だ。


(……賭けるしか、ない)

フラグメントは、自らの核(コア)の全魔力を解放した。


消えゆくフィリアの魂を『印』のリンクで捕まえ、強引にそのベクトルを書き換える。


「(フィリア! その『器』へ!)」


それは、神の領域を侵す、禁断のインストールだった。


ビシッ、パキキキッ……!


魂の転送という高負荷に耐えきれず、フラグメントの黒曜石の体に激しい亀裂が走る。


だが、彼は接続を絶たなかった。


ドクン。


魂のなかった「クローン・フィリア」の器が、大きく脈打った。


白磁の肌に赤みが差し、止まっていた呼吸が再開する。


「(……ほう。成功したか)」

闇の精霊(inフィリア肉体)は、その光景を冷ややかに見下ろしていた。


そして、彼はゆっくりとフラグメントへと歩み寄った。


「(石ころよ。

お前、面白い機能を持っているな。

……その『核(コア)』、我に寄越せ)」


精霊が、フィリアの手で、フラグメントを鷲掴みにしようと触れた、その瞬間。


バヂィィィッ!!


「(……ぐ、ぁぁッ!?) 」


強烈な拒絶の閃光が走り、闇の精霊の手が弾かれた。

フィリア(精霊)の手のひらが、黒く焦げている。


「(……なんだ、今の光は?

アルセリアの……加護か?)」

精霊は、忌々しげに焦げた手を見つめ、そしてフラグメントを睨みつけた。


「(……チッ。

どうやら、その『核』を砕くには、今の器(フィリア)では出力が足りぬようだな)」

精霊は、フラグメントの破壊を諦めた。


慈悲ではない。

物理的に「手が出せない」のだ。


「(拾った命だ、大事にしろ。

……行くぞ、ケレン。

我らの『渇望』を、森の外で満たす)」


「は、はい……!」


傍らで呆然としていた長老ケレンを従え、闇の精霊は『霧の道』を開いた。


彼は最後に一度だけ、フラグメントとクローンを見下ろし、嘲笑った。


「(さらばだ、偽物たちよ)」


敵は消えた。


残されたのは、ボロボロのゴーレムと、

目覚めないクローンだけだった。

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