第13話 銀河中心《ブラックシンフォニー》への突入

銀河中心へ向かう航路は、通常の宇宙とはまるで別物だった。

そこは光さえねじ曲がる重力の渦が幾重にも折り重なる、時空そのものが悲鳴を上げている領域――

〈ブラックシンフォニー〉。


アリアたちの艇は、外装を震わせながらその境界へと迫っていた。


「……この空間、正常な物理法則が働いてない」

リィナは唇を噛み、計器の一部を手で押さえる。

表示パネルが揺らぎ、数値が跳ね上がったかと思えば消える。


ケイロンは冷静に言う。

「ブラックシンフォニー内部では、時間流も不安定だ。

波形を読み間違えれば、艇ごと裂ける」


アリアは前方の闇をじっと見つめた。

その“闇”はただの黒ではない。

時折、薄紫の稲妻のような光が走り、どこかで大規模な破壊が起きているような振動さえ感じる。


胸の結晶体が、微かに震えた。


「……呼ばれてる。

第二継承者が、どこかで……」


リィナがふと呟いた。

「アリア、一つ気になってたんだけど……

第二継承者って、あなたと同じ遺伝波形なんだよね?」


「うん……たぶんそう」


「じゃあ……彼女は、あなたの“姉妹”のようなものなんじゃ……?」


アリアは一瞬だけ言葉を失う。

だが、それを否定する理由もなかった。


「……そうかもしれない。

でも、彼女は私と違って……先にシンク・ブラックに呑まれた」


胸の奥が締めつけられる。


その時だった。


艇の外側、闇がゆっくりと“裂けた”。


ケイロンが叫ぶ。

「外部反応! 何か出てくるぞ!」


亀裂の奥から現れたのは、黒と銀の装甲を纏った巨大な機械生命体。

身体の一部は有機的で、しかし目は暗い闇で塗り潰されている。


リィナが声を震わせる。

「……黒の使徒の、上位存在……!?

サイズが違うよ……!」


ケイロンは操縦桿を握り、艇を回避航路に乗せた。

「この領域には“完全体”がいる……覚悟しておけ!」


巨大な使徒が口のような裂け目を開き、黒い粒子を吐き出す。

空間そのものが浸食されるように捻れた。


アリアは立ち上がり、結晶体を掲げる。


「止まって……!!」


結晶体が金色の光を放ち、黒い粒子を散らす。

その光は強く、以前より圧倒的な力が宿っていた。


ケイロンが振り向く。

「アリア、その出力……

データコアでの覚醒が影響しているんだ!」


だが光を放ちながら、アリアの意識の奥に、再び“声”が響き始めた。


《……アリア……》


第二継承者の声。

以前より、明瞭で、苦しげで。


《来て……

ここまで……来て……

私を……止めて……》


アリアは拳を握る。


「……分かった。

もう逃げないよ。

あなたを絶対に助ける」


黒の使徒“完全体”が叫び、巨大な腕を振り回す。


ケイロンが艇を壮絶な機動で回避しながら言う。

「アリア! あれを突破しないとブラックシンフォニー中心部まで行けないぞ!」


リィナが必死にサポートする。

「武器系統、全部アリアの制御に回すよ!」


アリアは深く息を吸い、結晶体を握った。

光が全身を包み込み、彼女の手に再び“光の弓”が形成される。


「ここを突破して、彼女のもとへ!」


巨大な闇の使徒が咆哮し、黒い波動が襲いかかる。

アリアは光の矢を番え、叫ぶ。


「――開け、未来!!」


放たれた光の矢が空間を貫き、闇の使徒を真っ二つに裂いた。

光と闇が爆発し、その裂け目の奥——

第二継承者が待つ“中心部への道”が姿を現す。


ケイロンが前進スラスターを全開にする。


「行くぞアリア!

ここから先が、銀河の心臓部だ!」


リィナは震えながらも微笑んだ。


「絶対、一緒に帰るんだからね……!」


アリアはまっすぐ前を見つめた。


「……待ってて。

あなたを、必ず取り戻すから」


艇は光の道へ飛び込み、

三つの運命が、ついに中心で交錯し始めた。

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