映像記録 「人外さんいらっしゃい」

たけすみ

11月12日 晴れ 新宿駅より

 202☓年11月12日、午前10時48分 新宿◯☓線駅ホーム


 カメラ起動。

 撮影者、田島季々の顔が一瞬映り込む。


「よし、回ってるね」


 カメラ停止。


 

 同日、午前11時15分 東京都都下■☓駅前噴水広場


 カメラ再度起動。

 噴水広場にて黒い革ジャケットにミリタリーベレーを被ったベージュのスカートにパンプス姿の女性を撮影。


「おはようございます」


 画角外の田島の声に、振り向く女性。目のくりっとした顔が特徴的、上半身のソリッドな装いによく似合った濃いめの化粧でその髪は刈り上げているのか非常に短い。スカートと背丈の小柄さがなければ女性とは見えない。左耳の後ろに幾何学模様のタトゥーあり。


「おはようございます」


 彼女はそう言いながら大きくあくびをした。


 本撮影の主となる被写体、紗雨だ。

 彼女の本業は星見市中心部の思い出横丁内のブックカフェ&バー『ブックエンド』の店長である。

 ラインでの事前連絡の限り、彼女の昨夜の就寝時間は午前3時とのことだった。


「それじゃ、行きましょうか」

「はい」


 紗雨に促される形でカメラは二人を正面下方から撮る角度に変わる。周囲の景色、光の角度が変わる。歩き出したのだ。


「一応、先方に予約の段階で連絡して、撮影許可は取っておきました」

「ありがとうございます。◯■△にんぎょうと依頼人さんには私から事前に面接で撮影が入ることお伝えしました。いいですか、カメラを向ける前にまず名乗ってください。警戒されますから」

「あ、わかりました」

「あ、信号かわりますね、ちょっと急ぎましょう」


 小走りになり、画面が揺れる。


 ***


 紗雨と田島季々の出会いは1年半前になる。

 田島がまだバラエティ番組製作会社のADをしていた頃、地方の蔵の収蔵品鑑定や開かずの金庫を解錠のプロを雇って開けてもらうという企画コーナーを担当していた頃だ。


 その番組中、とあるトラブルによって負傷者が出た。その場に居た鑑定のプロは青ざめた顔をして撮影を中止させ、蔵から全員出るように指示し、そのままどこかに電話を掛けた。


 それから3時間後、タクシーで現場に現れたのが彼女だった。


 黒尽くめの服装に濃いめの化粧、坊主頭、耳には少し動けば金属音がしそうなほど大量にぶら下がったピアスやイヤーカフ、両手にはパンパンに膨れたレジ袋をもっていた。


 彼女は鑑定士の話を聞いて、湯呑みを2つだけ母屋から借りて、両手のレジ袋とともに1人蔵の中に入った。


 定点カメラとして据えていた小型カメラの映像は、霊障によってまるで霧箱の中を飛び交う放射線のように白く明滅して乱れていた。

 それが彼女が入るなりブロックノイズにかわり、彼女が蔵の床に広げられた荷物の中の一振りの鞘入りの短刀を前にして手を合わせると、ブロックノイズはいくらか軽減した。


 そのまま彼女はその刀と向き合い、なにか話しかけながら、紙皿を何枚もひろげ、それぞれに地元の道の駅で売っているような、山菜、味噌、おおぶりなキノコ、季節の果物、そしてコンビニで売っている白米のおにぎりと赤飯のおにぎりを置き、更に生の鮎とおぼしき魚まで並べた。


 そして最後に2つの湯呑みを刀と自身の前に置き、酒の栓を抜いた。まず刀に近い方の湯呑みから先に酒を注ぎ、それから自分に近い湯呑みに酒を入れ、その入れた酒をぐいと飲み干した。


 次の瞬間、まるで短刀のそばの湯呑みの中に活きの良い魚でもはいっていたかのようにばしゃばしゃと酒が溢れてこぼれた。


 それを見て彼女は声を上げて笑い、酌をするように酒を注ぎ足した。それから彼女は放置されたマイクが拾った限りの音声では古い村山弁の訛り言葉で、なにやら相槌をしきりに打っているようだった。


 撮影は実質的な無期限の休憩状態となり、その間に田島らは鑑定士から彼女の素性を聞いた。

 彼女は普段は旧ヤミ市横丁、現思い出横丁の飲み屋の雇われ店主で、物に宿る霊と対話する力をもっており、今回のような機嫌を損ねた付喪神のような存在に面したときに助けを頼んでいる人だと説明された。


 そして鑑定士は説明を終えると近所のコンビニか銀行の場所を聞き、1人でそこまで金を引き出しに行ってしまった。

 一方蔵の方は、一人芝居のような酒宴の様子が20分から30分ほど続いた頃、カメラの白い明滅のノイズは収まり、クリーンな映像に戻った。


 そのまま酒盛りは20分程度続き、最後に彼女は三つ指をついて頭を下げ、短刀の鞘に触れた。


 一瞬全ての固定カメラにブロックノイズが走り、それきりノイズはとまった。


 彼女はふらふらとした足取りで蔵から出てきて、鑑定士とディレクター、そして家主との4人で話し込み、蔵の刀を隠して撮影は続いた。


 そして撮影の合間、田島は鑑定士が1人で酒宴をしていた女に、数十枚はあると思しき一万円札の束を握らせているところを見てしまった。


 彼女はそれを受け取って帰ろうとしたところで、田島は彼女に名刺を渡し、引き換えに彼女の店の名刺をもらい、いつか機会があったらあなたのことを取材させてほしいと申し出た。

 紗雨という名もその時初めて知った。


  ***

 

 それから1年ほど音沙汰はなく、つい先日田島は番組製作会社を退社した。

 そしてカメラマン派遣会社に所属し、イベントカメラマンをしながら、つい先日ようやく彼女の店に出向き、再会を喜ぶと共に自主製作でドキュメンタリーを取らせてほしいと改めて頼んだ。


 そしてその初回の撮影が今日この日だった。


 聞けば、紗雨のこちら側の仕事は、いつ呼び出されるかわからない不定期なもので、本人はその物要り具合と失敗が許されない難しさを合わせて『殺し屋のような仕事』と表現していた。

 その『殺し屋のような仕事』において、例外的に周期性のある仕事があり、それが今回の依頼だった。

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