第25話 対話、ただしねじれ。
木製の床を拳で砕いたことはあるだろうか?
木々を蹴りでなぎ倒したことはあるだろうか?
大多数の人が、そんな経験無いと答えるのではないかと僕は予想する。
木材は頑丈なのだ。当然、それから作ったゴーレムもだ。
準備の無い人間を閉じ込めてしまえば、中から破って飛び出すのは至難の業――っ!
「ぐっ!?」
「きゃぁっ!?」
耳をつんざく破砕音が雑木林を揺らした。
突風が僕たちを追い抜いていく。
「ダメじゃないかリリアさん。先生の研究室をこんなめちゃくちゃにして」
振り返る。
研究室の出入り口に、くたびれた白衣をなびかせる丸眼鏡の男性が立っている。
ファーブル・ディスガイアだ。
「魔法……?」
例えば風の中級以上の魔法をぶち当てたりすれば、威力次第で木製のゴーレムの破壊くらいはできるだろう。
「まさか。私に魔法の才能は無いのさ。天が私に与えた才能は、ただ一つ」
大地が揺れる。研究所の前の地面が盛り上がる。
唸る地響きの中から、そいつは現れた。
「魔物に対する、常人離れした執着だけさ」
『ぐるぉぉぉぉぉっ!』
地中から現れたのは体長5メートルはあろうかという、緑色の肌をした醜悪な鬼。
そいつが雄叫びを上げるだけで、肌がびりびりと震えるような威圧感に気おされる。
「それとフォートラインさんの拉致監禁に、なんの因果関係が?」
「生命の神秘」
眉をひそめる話だった。
「このゴブリンキングはね、ゴブリンの雄とオークの雌の交配で作ったんだ」
「学園に魔物は持ち込めないはずでは?」
「死体なら別さ。ほら、魔核を授業で取り扱ったこともあるだろう?」
ファーブルは「死してなお子孫を残そうとする魔物の生命力には驚かされるよね」と付け加えた。
ゴブリンの死体の生殖器から取り出した遺伝子情報を、オークの死体の生殖器に埋め込んだのだろうか。
「結果は上々。長年謎とされてきたゴブリンキング誕生の謎を、私は解明したんだ。なら、人で試したら? どんな結果が得られる? 知りたいじゃないか」
マジかよこの先生。
そんなマッドな理由で女子生徒を?
虫酸が走る。
「猛き炎の
フェニックス・ストライク!!
「フォートラインさん! この爆煙にまぎれて逃げて!」
「そうしたいのはやまやまなのですが……腰が抜けて……っ」
このよわよわ足腰ちゃんがよォ!
次第にフェニックス・ストライクの煙幕が晴れていく。
フォートラインさんを逃がすのは失敗したけれど、ダメージを負ってくれていたら……。
「ほう、なかなかの火力でしたね。いまの一撃で決着がついてしまっていたでしょう――並大抵の魔物ならね」
「いっ!?」
煙が晴れた先に立っていたのは、火傷の痕ひとつないゴブリンキング。
悲しいほど効いてない……!
「だったら……クリエイトゴーレム!」
地面を踏みしめ、流した魔力でクレイゴーレムを作成。
「フォートラインさんを安全な場所へ!」
と、口頭で指示を飛ばしつつ、ゴブリンキングに向けて突撃させる。
が、予想はしていたけれどダメージは通っていないように見える。
不意の一撃でダメージが入らないならクレイゴーレムでゴブリンキングを倒すのは無謀だ。諦めて、口に出した指示通り、フォートラインさんを抱えて逃げるよう指示を出す。
「そうはさせません」
ゴブリンキングがその辺の岩を掴み上げると、クレイゴーレムに向かって投擲。クレイゴーレムは一瞬にして破砕されてしまった。
(やばいか?)
《おにーちゃん、かわって》
強引に主導権を奪われる。
「どうしてなの、先生」
「……」
「リリア、先生のじゅぎょー、たのしみにしてたよ? もっとたくさん、魔物のべんきょーしたいっておもってたよ?」
「……」
「なのに、それなのに」
しゃくりを上げて、涙をこらえて、リリアちゃんが叫ぶ。
「どうして、こんなことになっちゃったの」
ファーブルが答えるまで、リリアちゃんは涙が流れないように必死に耐えていた。
「……リリアさんには、この人がいない未来なんて想像できないと感じるくらい、大切な人はいますか?」
「うん」
「それはよかった。ではもし、周りのみんなが、それはおかしいよ。普通はそれと一緒にいたいなんて思わないとリリアさんを責めたら、どうしますか?」
「……だいじな人のこと、みんなにかくしました」
ファーブルが歪な笑みを浮かべる。
「過去形か。ああ、やっぱり君は優秀な生徒だ。だとすれば、わかるんじゃないかい? その人の魅力をみんなに知ってもらいたい。その人にはこんな魅力があるんだぞと自慢したい。そう感じた経験があなたにもあるはずだ」
笑みを消し、ドブを煮詰めたような眼で、ファーブルが続ける。
「私にとってのそれが、魔物だったんです」
「……っ」
「どうします? リリアさんも言いますか。『そんなのは間違っている』、『普通を逸脱している』って。構いませんよ、それなら軽蔑できます。所詮、他の人間と同じだったんだって」
リリアちゃんが視線を落とした。
《おにーちゃん……》
その先に何を続けようとしていたのか。
感情がぐちゃぐちゃで、複雑に絡まっていて、まるで読み取れなかった。
たぶん、リリアちゃん本人にさえ。
「わたしは、せんせい、まちがってないとおもう」
……リリアちゃんは、僕のことを周囲に言いふらさない。
幼少期……いまもだけどもっと幼いとき、両親に打ち明けてもまるっきり信じてもらえなかった経験があるからだ。
直接聞いたことは無いけれど、その時の反応が、彼女を深く傷つけたのは僕も知っている。
「でもね」
リリアちゃんが顔を上げる。
「まちがってないことと、わるくないことは、きっと違うの」
ファーブルが顔をしかめる。
「まもののすごさなら、リリア、じゅぎょーをつうじていっぱいまなんだよ? せんせいなら、もっとちがうほうほうでもみりょくをつたえられるよ? ほんとうに、このほうほうじゃなきゃだめだったの?」
「あなたが、それを言うんですか」
「いうよ。わたしじゃなきゃ、いえないから」
ファーブルがガシガシと頭をかいた。
地面に「だから子どもは嫌いなんだ」と吐き捨てた。
「私が訴えたところで世間は誰も見向きもしなかった。こんな人も寄り付かない奥地に与えられた研究室が魔物学を下に見ている何よりの証拠だ。もううんざりだ」
「ねえせんせ? いっしょにごめんなさいは、できないかな」
「無理だね。だって私は、間違っていない」
「……そっか」
言葉が通じるからと言って、理解し合えるとは限らない。
交渉はここに決裂した。
これ以上の話し合いは無意味だ。
それだけが、僕たちとファーブルがわかり合えた唯一無二の事実だった。悲しいけれど。
「ゴブリンキング」
ファーブルが声をかける。
ゴブリンキングが一歩前に出る。
緑色の皮膚から放たれる悪臭が、いっそうひどくなった気がした。
《おにーちゃん》
(うん。よくがんばったね。えらいよ、リリアちゃんは)
僕は、彼とわかり合おうとは思わなかった。
話し合いで解決を試みた分だけ、リリアちゃんの方が偉い。
(あとは、お兄ちゃんに任せとけ)
《……うん》
世界が捻転する。
肉体という殻に精神が満ちていく。
薄い膜一枚隔てて感じていた世界が色鮮やかに輝く。
生を実感する。
魔核を持つ生物を魔物と呼ぶのなら。
僕が証明してみせよう、その頂点に君臨するのが誰なのか。
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