第15話 論文、ただし夢遊病。

 リー・ハドウィンという画家がいる。

 睡眠時遊行症で、寝ているときに絵を描くという特技があり、しかもそれが滅茶苦茶評価されている画家だ。


 いま、リリアちゃんはそれと同じ力を手に入れた!


(ふ、ふふふ)


 見よ! 邪教徒どものアジトから拝借してきたゴーレムさんだ。下山用に動員した個体だけど、今後は僕の手足の代わりとして代用させることもできる。

 つまり、リリアちゃんの時間を奪わずとも、工作などの作業をする方法を手に入れたのだ! これはでかい。


 たとえばユーフィリア殿下に概要だけ軽く説明した『空気からパンを作る方法』ことハーバー・ボッシュ法。

 これまでならリリアちゃんに方法を代弁してもらわないといけなかったけど、これによりレポートにして提出という方法が取れるようになった。


 つまり、次にユーフィリア殿下と会う時までにレポートをたくさん用意しておいて、それをぽんと渡せば説明の手間と時間を大幅に削減できるってわけ。

 これは働き方改革。


(いやぁ、困っちゃうなぁ。リリアちゃんの功績が世界中に溢れちゃうなぁ)


 将来的にこんな光景が見られるかもしれない。


 ――列車のコンパートメントで偶然相席した少女に話しかけられる。

 ――「はわぁ、景色が流れていきます。感動です。知ってますか? これもかのリリア・ペンデュラムさんが設計された機構がふんだんに採用されているんですよ!」

 ――「うん、知ってるよ。だってそれ、わたしだもん」


 かぁ! 痺れる!

 文明を加速させる謎の天才学者に憧れる少年少女たち、その眼前に現れる、想像よりはるかに幼い少女。

 こんなシーン、再現しないわけにはいかないだろう!


 あと、学者方面に進んでくれたら、威信の問題でメスガキムーブを辞めてくれるんじゃないかという期待もある。

 そろそろやめてくれることを願いつつ、ゴーレムを手足の代わりに、いざ、レポート作成のお時間です。


(まずは、軽く触れていたハーバー・ボッシュ法についてだな)


 ユーフィリア殿下に垂らした餌、空気から人口肥料を生み出す基本の方法。


(あと、オストワルト法に……触媒に必要な四酸化三鉄、白金のこと。それから高温高圧の条件に、硝安の合成を記して――)


 一応、ユーフィリア殿下から大量の紙とインクと替えのペン先を貰っている。けれど、冗長に書いていてはリリアちゃんの格が下がってしまう。

 かの数学者パスカルは友人にあてた手紙で「時間が無くて冗長な文章になってすまない」と記したという。長々と文章を綴るのは誰にでもできるが、簡潔に記すのは技術がいるのだ。


 書き起こしたい要素を脳内に列挙し、再構成。

 無理に一つのレポートにまとめようとせず、コンポーネントを切り分け、引用を適宜活用しながら構想を進めていく。


 結果として長くなったとしても、わかりやすさはこちらの方が断然上。あと、管理や参照も簡単ってメリットもある。塩梅は必要だけどね。


(あと蒸気機関についても書いておきたいな)


 物価高の原因の一つに輸送コストって絶対あると思うんだ。逆説的に、安価に高速で輸送する方法が確立されたら価格は下がるはず……。

 あ、いや待てよ? こっちの世界で鉄道走らせようとしたら魔物の対策も考えないとダメなのか。でもそれって地球も同じじゃんね。

 開墾のしかたも考えないとだ。


(獣害対策となると一番は森林伐採だけど、その結果起こる被害予想もきちんと記しておかないと)


 ああ、やることがたくさんありすぎる。


(いやぁ、本当に、副人格でよかったよな。僕なら僕のためにこんなにたくさん頑張れない。でも、リリアちゃんに神童の称号を与えるためなら頑張れるよ)


 アーサー王を擁立しようとしたマーリンとか、秀吉のサポートに徹した秀長とか、前世の僕は彼らの生き様をまるで理解できなかった。

 でもいまはわかる。頂点への道を舗装し、そこを敬愛する人物に歩いてもらう未来に思いをはせるのは楽しい。


  ◇  ◇  ◇


 数日置いて、ユーフィリア殿下と会う約束の日になった。


「リリアさん、お会いできてうれしいですわ」

「ユフィちゃん! リリアも会えてうれしいよ!」


 王女殿下という立場だし忙しいだろうに、よほどリリアちゃんにご執心と見える。

 リリアちゃん推しの僕としては良き理解者で同好の士ではあるけれど、各貴族への根回しなどをぬかられては困る。

 人間の醜い嫉妬をリリアちゃんが受けなければいけない未来は僕の望むところではないのだ。


「あ、そうだ。ユフィちゃんに渡さないといけないものがあるんだ」

「なんでしょう!」


 ユーフィリア殿下が目を輝かせていらっしゃる。

 おおよそ見当がついてるとは思う。じゃないと紙とインクを提供したりしないだろうし。


「はいこれ」

「えっ」


 でも、果たしてこの量を想定できたかな!


「あ、あの……リリアさん? これは?」

「かみ!」

「あ、はい。それは理解しているのですが、提供した分をそのまま返却ということでしょうか?」

「ちっちっち、ちゃんとなかをかくにんしてよ」

「では……えっ?」


 ぺらぺらと紙をめくっていくうちに、殿下の顔色が険しくなっていく。流し読みのペースから、紙面に文字が書いてあるかどうかを確認する程度のスピードに加速していく。


「お、お待ちください!? これ、全て、新技術に関するレポートでございますか!?」

「そだよー」

「これほどのレポート、作成するのにさぞや時間がかかったことでしょう? 睡眠時間を削っていらっしゃるのでは? 申し訳ございません、プレッシャーをかけていたわけではなく……いえ期待していなかったわけではないのですが、まさかこの短い期間でこれほどの密度と量を記載いただくほど体を酷使なさるとは露も思わず――」

「すとっぷすとっぷ。だいじょうぶだから。ちゃんとねてるよ?」

「嘘です! 睡眠時間を削らなければ絶対に時間が足りません!」

「ふっふっふ。リリア、ねてるあいだにしあげた」

「……は?」


 あっ、ユーフィリア殿下がフリーズした。

 許容できる理解量を超えたかな?


「寝ている間に?」

「ん」

「このレポートを?」

「ん」

「作成なさった……?」

「ん!」


 思考中の効果音が聞こえてくる。ぽくぽくぽく。


「ええぇぇえぇぇぇっ!?」

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