第13話 閃き、ただし悪魔的。

 暗闇の索敵で僕の右に出る者はいない。

 僕たちを探しているだろう邪教徒をいち早く察知しつつ、入り組んだ洞窟の地形を利用して潜伏しながら深部を目指す。


 随分迂回を強要されたが、最終的に、どうやら目的地にたどり着けたみたいだ。


「あれは……」


 ユーフィリア王女殿下が声を潜めて呟く。

 視線の先を追ってみると、開けた空間の中心に、円形の祭壇のようなものがある。

 その祭壇の外周には青色の炎をゆらゆらと燃やす燭台が並べられていて、日の光の届かない深部だというのに、部屋の輪郭がはっきりとわかるくらいに光量が確保されている。


 だから気づいた。

 その祭壇に、数人の子どもが、まるで供物のように捧げられている。


「ユーゴ!」


 友達を助けてくれと頼んできた、ユーフィリア殿下より先に牢屋にぶち込まれていた少年が叫んだ。


「いたぞ! 侵入者だ!」

「捕えろ!」


 ゆ、許せねえ……!

 このクソガキィ! ミディアムレアにしてやる!


「ぐああぁぁっ!?」


 炸裂した火球。少年が悲鳴を上げる。


《ちょ、おにーちゃん!?》


 僕の独断で【ファイアボール】をぶつけたことで、リリアちゃんが目をみはる。


《たしかに、いまのはおんこーなわたしでもキレそうな低能♡だったけど、なにも【ファイアボール】をぶっぱしなくても……》

(リリアちゃん、落ち着いて聞いて。こいつは、邪教徒側の人間だ)

《……え?》


 僕たちは、ずっと暗い洞窟をさまよっていた。

 明かりをつけるとこちらの居場所を敵に知られてしまうから、身をひそめるために聴覚を頼りに移動してきた。

 だから気づけなかった。


「リリアさん!? いきなり何を――!?」


 祭壇に掲げられた燭台から立ち上る青い炎のきらめきが、彼が邪教徒側の人間である何よりの証拠を照らしている。


「あなた、その紋章は邪教徒の……!」


 僕たちが邪教徒について知ったのは王都に出かけてユーフィリア殿下と会った時。その時、彼女はこんな話をしていた。


 ――王都では子どもの誘拐事件がここ最近頻発しているんです。

 ――騎士団も警戒態勢を取って対応しているのですが、検挙した事件の実行犯たちは、こぞってとある紋章を彫っていました。


 その時に教えられたのと、全く同じ紋章が彼には刻まれている。


《あれ? でも、おにーちゃんが【ファイアボール】をぶっぱしたとき、まだ紋章を見てなかったよね?》


 僕とリリアちゃんの感覚器官は共通だ。

 リリアちゃんは斥候として先頭を歩いていて、この祭壇部屋の前に来てからは祭壇の方に夢中になっていた。明かりのある場所で、後ろをついてきていた少年を見る機会は無かった。

 リリアちゃんが見てないものを、僕だけが見ているということはありえない。


(違和感はあったんだよ。威力を高めた【ファイアボール】で壊せる程度の鉄格子に、猿轡さるぐつわも噛ませず投獄する邪教徒とか、脱出できると喜ぶ前に【ファイアボール】の仕組みに興味を持つ少年の姿勢とか)


 一つひとつは疑念を抱く程度で、確証に至る要素ではなかったけれど、祭壇の惨状を見て確信した。


(極めつけは、祭壇に転がる無数の子どもたち。一度に捧げる生贄に上限が無いなら、この子だけを牢屋に残しておく理由がない)


 たとえばバスジャックなどをする際に、共犯者が乗客にまぎれて後部座席に座っているのはありがちな手口だ。


《つまり、被害者を装って、実際は逃亡の監視をしていたってこと?》

(そういうこと)


 と、僕は自信ありげにうなずいた。


《おにーちゃんすっごーい♡》


 本当は、もうどうしようもないくらいのアホでつい声を張り上げてしまった可能性もあったけど、もし無実だったとしてもそんなアホなら切り捨てるつもりだったのは秘密だ。


「クソが、バレちまったならしょうがねぇなぁ」


 開き直った少年が、首をコキコキと鳴らして、不気味に、長い舌を垂らす。


「そんな……全部、嘘だったのですか? 友達を助けたいというのは?」

「あぁ? 誰が、生贄になるしか能の無いゴミムシどもと友達になんかなるかっつーの」

「ひどい……リリアさんは、あなたを助けたい一心で、危険を顧みずに飛び込んでくださったというのに!」

「くはっ。騙される方が間抜けなんだよ」


 少年が、中指を立ててあざ笑う。


「この最深部までおびき寄せられた時点でテメェらは詰んでるんだ。大人しく生贄に仲間入りしな」


 なんだ、こいつの、この余裕は。

 数の暴力の優位性によるもの? いや違う。


(リリアちゃん、ユーフィリア殿下を連れて祭壇部屋に飛んで!)

《あいあいさ》

「きゃぁっ!?」


 その直後だった。

 先ほどまで開き直り饒舌に語っていた少年だけが千鳥足になり、ほどなく気絶するように倒れ込んだ。


《えぇ!? なにがあったの!?》


 リリアちゃんは驚いたようだけど、僕は一足先に理解に至った。


(そういうことか。あれが、王女殿下の馬車から御者・護衛無差別にこん睡させたトリックだったんだ)

《どれ!? どれのこと!?》

(ほら、僕たちがさっきまでいたところの近くにある、小さな穴。巧妙に隠しているけど、何かの噴出口になってる)


 そこから気化した睡眠薬が噴き出して、少年は昏睡してしまったということだろう。

 飛び出すのがあと一歩遅かったら、きっとリリアちゃんたちも巻き添えになっていた。


「うふふ。よく避けましたねぇ、褒めてあげるわぁ」


 僕たちの転がり込んだ祭壇部屋に、あの女がやってきた。

 ゆらゆら、青い炎に照らされて、不気味に影を揺らす女は、リリアちゃんたちを誘拐した邪教徒のお姉さん。


「さっきは驚いたわぁ。まさか、魔力を魔法にせず放出して、ゴーレムの遠隔操作に不具合を起こさせるなんて」

「ふぅん。そこまでわかっちゃったんだぁ♡ おねーさんのよわよわのーみそでぇ、よくがんばりまちたね♡」


 リリアちゃんは原理をよくわかってないんだけどね。


「ホント、いちいちムカつくしゃべり方ね」

「それって自虐かにゃ♡ かわいそーだから笑っておいてあげまちゅね♡」

「笑ってられるのはいまだけよ。この祭壇部屋には、睡眠薬を噴出するゴーレムトラップが無数に設置してあるわぁ。それらすべての機能を阻害しながら戦って魔力が持つのかしらぁ?」


 納得した。

 噴出口があったとして、どうやって起動したのかが少し気になっていたけれど、仕組みはこの女のゴーレム製の義手と同じだったんだ。


 魔力を信号に、遠隔で起動する罠。

 それが匂いも色もない睡眠薬を噴出させる機構の正体。


「うん? 持つんじゃないかな?」

「は?」

「持つと思うけど、そのくらい」

「……何を。ハッタリをつくのもほどほどになさい。魔力を高濃度で放出して戦うなんて、数値換算で1万は無いと――」

「1万ぽっちでいいんだぁ♡ だったらぁ、やっぱり余裕で持ちそう♡」

「は?」


 リリアちゃんが滅茶苦茶大人を舐め腐った笑顔で煽り散らかす。


「わたしの魔力量はぁ♡ 測定不能おーばーふろーだよ♡」

「はぁ!?」

「みとおしがあますぎでちゅね♡ ざぁーこ♡ ざぁーこ♡」

「くっ! そんなハッタリに惑わされるワタシじゃないわ! それに!」


 部屋の影から、無数の人影がぬっ、ぬっ、と現れる。


「仮にゴーレムに対応できたとして、この人数相手に太刀打ちできるかしら?」

「……」


 あっ。リリアちゃんがなうろーでぃんぐ状態に……。


《おにぃぢゃぁぁぁん!》


 あーはいはい! なると思いましたよ!

 予想できてたから対策ももう出来てる!


(リリアちゃん思い切り息を吸ってから息を止めて!)

《ん!》

(起動しろ! 睡眠薬ゴーレムトラップども!)


 無差別にシグナルを送り、近場の睡眠薬トラップを強制的に発動させる。


「なんですってぇ!?」


 お姉さんが驚愕する。


 匂いも色もない気化睡眠薬の放出に気付けたのは……彼女自身、ゴーレムの遠隔操作に慣れているからだろうか。

 いや。そうか。ゴーレム化してるのは腕だけじゃないんだ。

 彼女のもとから逃げ出すときに彼女自身も膝をついていたことも、半分ゴーレム化してると考えたら――。


「ふふっ、本当に、アナタはいつも規格外な行動でワタシを楽しませてくれるわぁ」

「えっ!? す、睡眠薬は!? ――っ!」

「あらぁ? しゃべってていいのかしらぁ? いま、少し吸ってしまったんじゃなくって?」


 失敗したかもしれない。


「作戦としては見事だったわぁ。おかげで、ゴーレム化してない教団員が何名か気絶したもの。けど」


 お姉さんは不敵に笑うと、衣服を捲り、腹部を露出させた。

 あらわになった胴体は、生物味の無い無機物で構成されている。


(半分どころか、ほとんどゴーレムじゃないか……!)


 これじゃあ睡眠薬があっても効かないんじゃ!?


(リリアちゃん、いったんこの場を離れよう! 呼吸ができない状況で戦い続けるのは分が悪い!)

《あいあいさ》


 無差別睡眠ガスの被害に遭い、気を失ってるユーフィリア殿下を担いで、リリアちゃんがダッシュする。

 しかし、いくら身体操作に長けていても、筋肉量は子どものそれに過ぎなくて――、


「あら、逃がさないわよ」

「……っ!」


 お姉さんに、先回りされてしまう。


「遊びはこれで終わりよ。さあ、その才能に溢れる幼い魂を、あのお方に捧げるのです――!」


 まだだ!


(【フェニックス・ストライク】!)


「んなっ!?」


 ヴィルくんから盗んだ火の鳥を生み出す炎魔法で応戦する。


「引火したらどうするつもりなのかしらぁ?」


 祭壇の周りの燭台のおかげで、この催眠ガスが不燃性なのはわかってるんだよ!


(さらに、魔力ジャック!)


「っ、またお得意の金縛りぃ?」


 しばらくそこでじっとしていろ!


(いまだリリアちゃん! 不意の大技にお姉さんが怯んだ隙に、通路へ!)

《がってん!》


 ユーフィリア殿下を担いでリリアちゃんが走る。

 無理させてごめん、でも言わせてほしい。


(リリアちゃん逆! 逆! それ洞窟のさらに奥!)

《へ!?》


 まずい。さっきガスを軽く吸ったせいか?

 リリアちゃんがすごい眠そうにしている。


「まちなさい! そこはあなたたちが立ち入っていい場所ではないわ!」


 くそ、追っかけてくる。


 魔力ノイズで行動阻害しているってのに。

 切り離していない体は、無線接続ではなく有線でも動かせるってか?

 まだその操作方法に不慣れなのがせめてもの救いか。


(いったん逃げてリリアちゃん)


 あいつが魔力ジャックに対応しきる前に、対策を考えないと。


「わぁ……すごいおへや」


 逃げ込んだ先の部屋で、リリアちゃんがたまらず、感嘆の息を漏らした。

 幸い、ここまで催眠ガスは広まっていなかったのか十分薄くなっていたのか、リリアちゃんがこれ以上微睡みに誘われることは無かった。


 むしろ、目の前の光景に、意識が覚醒していく感覚すら込み上げている。


「おっきいごーれむの、ショーケースがいっぱい!」


 それも、邪教徒たちのような人間を素体にした風貌のなんちゃってゴーレムではない。土偶や泥人形のイメージに近い、ファンタジーにありがちな見た目のザ・ゴーレムだ。

 ぽん、とリリアちゃんが手を叩く。


「えへへぇ♡」


 うわ、悪い顔してる。

 いたずらっ子な笑みもかわいい。


《ねえねえおにーちゃん。このごーれむ、動かせない?》

(うん?)

《もし動かせたら、ここにいるわるい人たちなんていちもーだじんだよね♡》


 ……リリアちゃん、すっごい恐ろしいことを思いつくなぁ。

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