第27話「もっと技術を磨いてから出直しなさい。」

 その日も騎士団指南役のカディンは荒れていた。

「なんですかその剣筋は!そんなんではあっという間に殺されますわよ。」

 トレランスの騎乗戦闘訓練は一度に全員を見ることはできないためグループごとに行っている。その訓練の合間に馬を下りた団員の通常訓練をカディンが見ている。

「さあ、どこからでもかかってきなさい。」

 カディンはアルベアの構えを見せる。ノイレンの時とは違ってちゃんと両手で柄(ヒルト)を握っている。左足を下げ、右足を前に出して腕を左に下ろす。腰の辺りで構えて剣先を地面に向けている。隙だらけのように見せて相手の攻撃を誘う。迂闊に飛び込めば下腹を突かれかねない実は恐ろしい構えだ。

 それまではいつも胸から腹当たりの高さで構えていた。中段の位置で刃を寝かせて剣先を水平後方へ構えるか、もしくは手首を外側に返して胸の高さで水平に構え、剣先を相手に向けて腕を後方に引くのが多かった。いずれも彼女の俊足を活かして3手以内で相手を仕留めるためだ。

 先日「あなたを見ている」と言われて卒倒してからのカディンはトレランスの助言を受けて相手の出方を見るようになった。それまでのやり方を改めてじっくり相手を見極めようと心がけている。団員の育成と自身の成長を共に図るために。

 団員がツォルンフートのように剣を肩越しに大きく振りかぶって向かってきた。胴ががら空きだ。

「そんないい加減な突進でわたくしから一本取れると思ってるの!」

 今までなら間違いなくその俊足で相手の懐に飛び込み胴をなぎ払うか、体当たりして相手の体勢を崩したのち心臓を貫く。もっともアルベアの構えからは相手の胴を狙いやすいから俊足を使わなくてもカディンなら一手で倒せる。しかしそれでは力量の未熟な団員のためにならない。そんな団員の初手をまずは受け止めて、相手がどう返してくるかを見た上で反撃するようになった。

 団員が振りかぶった剣をカディンに叩き込んでくる。カディンは右手首を軸に左手でポンメルを押し込んで剣を180度回転させると剣先でそれを受け止めてそのまま手元まで相手の剣を滑らせた。

『さあ、これをどう返しますの?』

 カディンはここから相手がどんな手に出るか見極める。団員の剣がカディンの剣の上に重なっているから本来なら相手のほうが有利だ。それに攻撃が終わったときには次の攻撃の型に移行していて然るべきところをまだ未熟な団員は型も整えられずあまつさえ右足を引いて間合いを取ろうとした。

「なにをやっているんですか!」

 逃げようとする団員にカディンは左足を前に踏み込んで逆に上から相手の剣を押し込んだ。ひるむ団員。そのままカディンは相手の横に移動しながら相手の膝を蹴る。そして膝を蹴られて体勢を崩した相手のうなじに剣を叩き込んだ。

『まったくこんなんじゃわたくしの鍛錬にならないじゃないの。』

 精神的な弱さ故に手数が増えるとどうしても相手に押されてくる。その自分の弱さを克服する目的も含めて指導に当たりたいのだが力量差がありすぎる。

 順番待ちをしている他の団員たちがその様子をみてコソコソと話している。

「なあ、カディン教官ここんとこ荒れてないか?」

「ああ、俺もそう思う。」

「やっぱり先日の嬢ちゃんとの一件のせいかな?」

「舐めてた相手にわずかとはいえ剣をかすられたからな。」

「いやそのあとトレランス先生に言われたことも響いてるんじゃないか。」

「なんか知らんが真っ赤になって卒倒してたからな。」

 話に夢中になっている彼らはメムルがうしろからそっと近づいてきたことに気付かない。

「カディン教官がどうしたのかなあ?」

「うわっ、副団長!な、なんでもありません!!」

 不意にうしろから声をかけられた団員たちはびびって背筋を伸ばし声を揃えて空を見つめる。メムルはあくまでもニコニコ顔を装っているが目が全く笑っていない。

「本当かなあ。」

 彼らの周りをトコトコと歩き回りながらその様子を楽しんでいるみたいだ。

「申し訳ありませんでした!以後気をつけます!!」

「何を?」

 どうやらメムルには許す気がないらしい。

 問い詰められた団員たちは針のむしろの痛さに耐えながら直立不動の姿勢で嵐が去るのを待ち続けた。その目に空の青さが滲みる。メムルは目の据わった笑顔で続ける。

「カディン教官はね、今自分とも戦っているのよ。あなたがたに教練を付けながらね。」

「あの、それはどういうことですか?」

 団員の一人がおそるおそるメムルに訊いた。

「うふふ、秘密。自分で答えを見つけてご覧なさい。」

 そうとだけ答えて指導に当たるカディンの様子をじっくりと見ている。

『ノイレンちゃんとの勝負と先生の助言が効いているわね。今の彼女と立ち会うのが楽しみだわ。』


 昼休み。

「トレランス先生、今日は腸詰めサンド作りましたの、食べてくださいな。」

 カディンは相変わらずトレランスの隣を独占している。むしろ先日の勘違いがあってからより押しが強くなった。トレランスは少し引きつりながら腸詰めサンドを受け取る。

「腸詰めはそのままでも歯ごたえがあっていいと思ったのですが、パンに挟みづらいので薄くスライスしました。食べやすいと思いますわ。」

 トレランスの隣で頬を上気させて体をくねくねしている。2人が並んで座っているテーブルの向かいにノイレンを連れたメムルが座った。ノイレンは呆れながらジト目でカディンのその様子を見る。

「これは先生の分ですからね、あなた方の分はありませんわ。」

 ノイレンとメムルが何も言ってないのにカディンが先制してきた。

「私は遠慮しておきます。」「いらないよ、。」

 2人は口を揃えて断る。メムルとノイレンはトレイに載せてきた食堂で用意されているパンとスープを食べ始めた。メムルが手でパンを千切りながら食べるのに対してノイレンはそのまま囓りつく。

「まったくお子ちゃまはこれだから困りますわね。副団長を見習ったらいかがかしら。」

 カチンときたノイレンはパンを咥えたままカディンと熾烈な視線をぶつけ合う。

「ところでカディン教官、教練でのあなたの戦い方変わりましたね、団員たちに好評ですわ。以前よりも勉強になると。そのお陰でしょう前よりも個々の実力が上がってきているように見受けられて私としても嬉しい限りです。」

 2人がそれ以上ヒートアップしないようメムルが割り込んできた。するとカディンは真っ赤になり手で口を隠して照れる。

「だって、先生に嬉しいお言葉をいただいたんですもの。わたくしのやり方を改めるのは当たり前ですわ。ね、先生。」

 そして隣にいるトレランスに潤んだ視線を向ける。トレランスは背筋にぞわわと寒いものを感じた。

「柔軟に自分の考えを改めて、やり方をも変えられるのはさすがです。カディンがそれだけ剣術に真摯に向き合っているということですね。」

 なんとかその場を乗り切ったと思ったトレランス。しかしカディンはくねくねしたまま潤んだ瞳をぐいと近づけてきた。

わたくしが真摯に向き合っているのは剣術だけじゃありませんのよ。わたくしいつでも心の準備はできておりますので先生のよろしい時に。」

 カディンは真っ赤になりながらトレランスから目を逸らして長テーブルに人差し指で「の」の字を書く。さすがに自分で言ってて恥ずかしくなったらしい。

 あれ以来より大胆にアピールしだしたカディンにたじたじになってそそそそっと離れていくトレランスの代わりに向かいに座っているノイレンがごくんとパンを飲み込んで挑発してきた。

「へえ、準備はOKってか。じゃあ昼食べたらこてんぱんにしてやるよ。今度は負けないぜ。」

 カディンは「の」の字を書くのを止め、キっとノイレンに顔を向けて稲妻のような視線をぶつける。

「お子ちゃまがこのわたくしに勝つなんて100年早いですわよ。こてんぱんにされるのはそっちだって分かってないのかしら。」

 ノイレンは椅子から腰を浮かして身を乗り出した。

「へっ、吠え面かくのはそっちだぜ、

 トレランスもさすがに今回は止めようとしたとき彼のうしろからシュバイレンの声が女2人の頭に降ってきた。

「いい加減にしないか2人とも!」

 騎士団長が両手を組み仁王立ちでカディンとノイレンを睨むように見ている。

「ノイレン、少しは分をわきまえなさい。その負けん気と不屈の闘志は天晴れだがそれだけでは剣士とは言えない。もっと技術を磨いてから出直しなさい。」

「カディン教官、あなたもいささか大人げないですよ。もちろん個人の恋愛ことには口を挟みませんが、ここは騎士団庁舎です。そしてあなたは教官です。その立場をわきまえた節度ある言動をお願いしたい。」

 ノイレンは悔しいながらも何も言い返せずシュバイレンを見つめ返す。カディンはしゅんと落ち込むように下を向いてしまった。

「すみません団長。気をつけますわ。」


 午後の教練が始まった。

 騎乗のシュバイレンが全員の前で告知する。

「これから騎乗の模擬戦闘を行う。私とメムル副団長、カディン教官およびトレランス先生の4人が敵だ。君たちは10人1組となり向かってこい。トレランス先生がシェヒルにお帰りになるまであと3日。今までに先生に習ったことを存分に発揮して我々に勝利して見せよ!」

 かくして模擬戦闘訓練が始まった。

 団員たちはチームとなった10人で作戦を立てる。その間団長たち4人は馬に乗って横に並んで待機する。左からメムル、シュバイレン、トレランス、カディンの順だ。

「先生手加減は無しでよろしくお願いします。先生がお帰りになったあとも団員たちが気を抜かず訓練に励めるようこてんぱんにしてやってください。」

 団長が真面目な顔つきでトレランスを見た。

「あはは、みんな良くやっているよ、こてんぱんにされるのは俺たちのほうかもしれない。」

 トレランスが謙遜して頭を掻くと隣にいるカディンがうるうるした視線を投げかけて口を挟んできた。

「先生の介抱はわたくしがいたしますわ、ご心配なさらないで。」

 トレランスの向こうからシュバイレンがジっとカディンを睨む。しゅんとするカディン。

「じゃあ団長がこてんぱんにされたら私が介抱してあげますね。」

 メムルがニコニコ顔でシュバイレンを見た。シュバイレンは頬を赤らめて照れ隠しをする。

「いや、大丈夫!副団長の手を煩わせるようなヘマはしない。そっちこそ気をつけろよ。」

 メムルがかすかに頬を膨らませた。

 模擬戦闘では何もできないノイレンは邪魔にならないところで見学することになった。模擬とはいえともすれば怪我をしたり、へたすれば命も落としかねない訓練だ。十分勉強になる。


「始め!!」

 1組目は10人が横に広がって4人を取り囲むように迫ってきた。団長たち1人に対して団員が2人1組となり当たる。残った2人が団員2組の補佐として当たるという作戦だ。しかし団長、副団長、トレランスは一騎当千の実力者、2人+1人程度ではまともに相手にならない。あっという間に蹴散らされた。一方カディンは少し苦戦した。できれば1人ずつ今まで通り3手以内で倒したいがトレランスが見ているこの場では彼の助言を活かすために相手の出方を見ながら対処している。それが模擬戦闘では仇となりカディン担当の2人に左右から挟まれてしまった。

わたくしに勝とうなんて10年早いですわよ!!」

 そういうと右手の団員と剣を交えつつ、左から襲いかかってくる団員の馬の腹を蹴る。騎乗での戦闘で馬を狙うのは卑怯な振る舞いだが実戦においては卑怯も汚いもない、死んだらそれで終わりだ。

 腹を蹴られて馬は間合いの外へ出てしまい馬上の団員の剣はカディンに届かない。その間にカディンは剣を交えている団員の胸を突いて落馬させた。そして手綱を思いっきり左に引いて馬の向きを変えさせて、さらに馬を後ろ脚で立たせて迫ってくるもう1人の団員の接近を阻止、威嚇。団員とその馬がひるんだ隙にカディンは馬を駆けさせて団員の胴を薙いだ。

「それまで!!」

 最初のチームの団員全員が斬られたのを見届けた合図役の団員が叫ぶ。トレランスが馬から下りて落馬した団員のもとへ駆け寄り手をさしのべた。

「大丈夫か?」

 トレランスに手を引かれて起き上がりながら団員は返事する。

「大丈夫です、ありがとうございます先生。」

「カディンを挟み撃ちにしたまでは良かったが惜しかったな。」

 団員をねぎらう。

「はい、さらに鍛錬します。」

 そこに合図役が全体に声をかけた。

「次始めます!」

 トレランスは馬に乗り3人の元へ戻った。次のチームは10人全員が一列になって大きな円を描き4人に波状攻撃を仕掛けてきた。団長たち4人がばらばらになるのを阻止するように次から次へと攻撃を仕掛ける。先頭の団員が最初にメムルに一太刀浴びせたなら次にシュバイレン、その次にトレランス、カディンと続けざまに斬りつける。1人目と剣を交えたメムルは体勢を整える間もなく2人目の相手をしなければならない。そうやって10人全員が次々と襲いかかる。10人目と剣を交えたと思うとそのうしろに円を描いて戻ってきた先頭の団員が控えている。たとえ決定打は与えられなくとも団長たち強敵に休む暇を与えないようにする作戦だ。4人は全く休めない。10人の敵が何倍もの人数に思える。

「よく考えたな。」

 シュバイレンが応戦しながら感心する。

「まるで船での戦い方みたいですね。」

 メムルが冷静に答える。

「作戦はいいが一手一手が弱い。」

 トレランスが攻撃の欠点を指摘すると団員たちの波を崩しに出た。まず襲いかかってくる団員の剣を受け止めていなしたあと手首を返してその団員の背を斬る。つまり団員が一手トレランスに入れる間に彼は団員に二手入れる。それをあとに続く団員にも繰り返す。

 すると次に控えるカディンに対する攻撃の準備が出来ないまま彼女の前に躍り出ることになる。そこにカディンがとどめを刺す。

 とどめを刺された団員たちの環が崩れ始めた。

わたくしたちは船じゃありませんの!」

 カディンは叫ぶと崩れた環の中に躍り込んで内側から1人ずつ倒しにいった。トレランスとシュバイレンもカディンが崩した円陣の中に入り込んで一対一に持ち込む。体勢を立て直そうと一騎打ちを避けてそこから離れた団員をメムルが追いかけて仕留める。ほどなくして10人全員が海の藻屑と消えた。

 続く他のチームも同じように奇抜な作戦を立てたり、トレランスに教わった騎乗での十字剣の活かし方を発揮しながら迫ったりもしたが結果として4人の敵ることはできなかった。

 彼らの戦いをずっと見ていたノイレンは圧倒されていた。

「すげー、馬に乗れると戦い方が広がる。それに師匠の剣捌き、わたしと組み手をやっているときとは全然違う。上手くなるとあんなこともできるのか。わたしも出来るようになるぞ。いつかを倒してやるからな。」

 今は何も出来ない悔しさをバネにすることを心に誓った。


 一日の訓練が終わった夕方、団長室に強敵の4人はいた。執務用の机の前に設置してあるソファに向かい合って座っている。もちろんトレランスの隣にはカディンがちゃっかり座っている。

「今日はたいへん勉強になりました、先生ありがとうございました。」

 シュバイレンが深々と頭を下げる。

「私からもお礼を申し上げます。とても有意義な模擬訓練になりました。ありがとうございます。」

 メムルも頭を下げた。

「いやいや、みんなが普段から真剣に取り組んでいる賜です。俺はそこにちょっとアドバイスしただけだから。」

 トレランスが照れながら返すと隣にいるカディンが恋心たっぷりの視線の矢をトレランスに射ってくる。

「さすがですわ先生。わずかひと月で団員たちがあそこまで力を付けたのもひとえに先生のご指導の賜ですわ。これからもわたくし含めてご指導いただきたいですわ。できれば特にわたくしに。」

 カディンはちゃっかりトレランスの手を両手で握る。トレランスは背筋に寒気を感じてそそっと少し離れる。シュバイレンが拳を口元に近づけてゴホンと咳払いした。カディンはささっとトレランスの手を離してしゅんとする。

「ところで先生今夜ご一緒にいかがですか?」

 シュバイレンがジョッキを傾ける仕種をして誘ってきた。

「ぜひぜひ!先生の送別会も兼ねて私たちにおもてなしさせてください。」

 メムルも乗り気だ。その時カディンの目が光った。

わたくしもご一緒させてくださいな!美味しい料理のあとはぜひわたくしのことも・・・」

 ぽっと頬を赤らめ両手で口を隠して照れるカディン。トレランスはにじり寄ってくるカディンとくっつかないよう体を反らしながら言った。

「ノイレンも一緒でよければ・・・」

 このときノイレンは庁舎の門のところで待たされていた。



次回予告

シュバイレンに的確な指摘を受けて何も言い返せないノイレン。少しは成長したと自負したのも束の間、剣と酒場の仕事は別物だった。大きなミスをしたままひと月も姿を消したことに気持ちが後ろ向きになってしまったノイレンはシャルキーズカバレに集う人々の飴と鞭に背中を押される。その中で物事を冷静に見る目が養われてきていることを知らず知らずのうちに見せた。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第二十八話「やっぱりこの子はすごい。」

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