金の獅子と銀の竜

じゃっすん

悪夢からの解放

第1話 とある家族の日常

デュオ・アムーレ帝国はウェセント大陸の西にある大国である。

 神と崇められる金獅子ライオネルを祖とし、その金眼を゙受け継ぐ者が王位を継ぐ特殊な国家だ。金獅子の力を証明するかの如く、疫病、不作、自然災害とは無縁の豊かな国である。

 当然、周辺諸国はデュオ・アムーレを欲し幾度か軍を差し向けてきたが、不思議なことに壁に隔てられているかのごとく国境を越えることができなかった。

 今では神聖な国としてウェセント大陸で崇められ、金獅子を神と定める金獅子教が各国で国教として広まっている。


 そんなデュオ・アムーレの中でも飛ぶ鳥を落とす勢いなのがアクアネル公爵家だ。


 元々は侯爵であったが当代金獅子帝の妹が降嫁したことにより、3代に限り公爵を名乗れるようになった古くから続く名家である。

 領土も国で1、2を争うほど広大でデュオ・アムーレの最南端に位置する。

 その中で最も有名なのは帝国最大の港と、飛空艇の発着場を有する貿易の要所、港湾都市サルバンであろう。

 他国からの往来も多く、多種多様な人種が通りを闊歩している。獣人族、エルフ族、それにドワーフ族。普人族――特に特徴のない人族の総称――が大多数を占めるこの国ではかなり珍しい光景だといえる。

 

 公爵家の一族が住まう居城もサルバンにある。

 長年潮風に晒された城はお世辞にも華麗とは言えないが、古代の遺跡を利用して建造されたそれからは重厚な歴史とロマンが感じられる。

 これもある種の美しさだといえるだろう。観光客も時折足を止めてその威容に感嘆のため息をついていた。




 そんなアクアネル城の玄関口には現在、豪奢な馬車が止まり20人の護衛がその馬車の周りに控えていた。その護衛たちが見つめるのは彼らの主たる3人だ。

 並んで立っているのがアクアネル公爵ダリアンとその妻であるミリアーネ。

 ダリアンは剛毛な焦げ茶色の髪を無理やり撫でつけました、と言わんばかりの筋骨隆々の男で、ミリアーネは薄い赤色のウェーブがかった髪に同色の目を持つ温和そうな美女である。


 正に美女と野獣。


 王妹であるミリアーネがなぜダリアンを選んだかは永遠の謎だとされている。

 だが外見に騙されてはいけない。金獅子の血を引くミリアーネは御年165歳。ダリアンが今年35歳なので年の差は何と130歳なのである。


 そんな2人の息子にして公爵家嫡男がサイフィード。

 父親譲りの剛毛を1つに結んで何とか抑え、母親譲りの美しい顔立ちの、少年と呼ぶか青年と呼ぶか微妙な年頃の男だ。ちなみに、髪と目の色は薄い赤色。これは金獅子の血を引く子孫に多く見られる色だ。

 サイフィードは今年15歳になったばかりで、今から帝都ネールにあるデュオ・アムーレ学園へ向けて出発するところなのだ。

 貴族にとってこの学園を卒業することは必須で、卒業と同時に成人したと見なされるのだ。ちなみに卒業は留年しなければ3年後の予定である。


「父上、母上、行ってまいります」


 サイフィードが微笑めば、それと合わせたように髪の毛が一房鎖から解き放たれ天へと逆立つ。


「ごめんなさいね、サイ。一緒に行きたいのだけど……」


 髪の毛には一切目を向けることなくミリアーネは残念そうにサイフィードを見る。

 学園の入学式に保護者が参加することは義務ではないが、よっぽどのことがない限り子どもの晴れ姿を見に行くのが通例である。


「仕方ありませんよ、母上は今大事な身体なんですから」


 サイフィードは困った顔で母を……正確にはその腹部を見る。

 張り出した腹部は今から産まれます、と言っても納得してしまうほど大きく、動くのも大変そうだ。


「こっちは心配しなくていい。お前が入学するころには嬉しい知らせが届くだろう」


 そっとミリアーネの肩を抱くダリアンは普段の強面が嘘のような優しい目をしている。

 結婚して17年たった今でも2人は仲睦まじく、偶に来る客人が2度見していくのはいつものことだ。


「男の子だったらレオノール、女の子だったらエレオノーラでしたよね。楽しみだな〜」


「夏休みにはあなたもお兄ちゃんね」


 学園の長期休みは夏と冬の2回だけ。往復に相応の時間がかかることを考えれば、サイフィードがどんなに頑張っても会えるのは夏になる。


「お兄ちゃんが玩具をたくさん買ってくるからね」


 サイフィードはミリアーネの前で跪き、そっとお腹に手を当てる。何せ待望の弟か妹なのだ。

 サイフィードは小さい頃から弟妹が欲しくてミリアーネによくねだっていた。だが、金獅子の血が濃いほど子どもが出来にくく、全員が諦めた中での第二子である。嬉しくないはずがない。 

 

「おほん!勉強もきちんとするように」


 今更のように威厳のある顔に戻し、厳しく言い放ったダリアンに2人は笑う。


 彼らの姿は幸せそのものだった。

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