第2話 医者の話はよく聞くが吉

「ん、もう退院してもいいですね。」


 白衣の先生は俺の腕を曲げたり触ったりしながらそう言った。

 一か月の入院を経て、ようやく舞い降りた言葉、待ち望んでいた宣告だ。


「よーやくですか…!」


「ほんと、血だらけで君が病院に来たときは驚きましたよ。

突然ぶっ倒れますし。ギルドから保険金来てますよね?

なんで回復魔法の治療しないんですか。

医者という仕事を生業にはしている以上誰一人来ないのはさすがにきついですけど私個人は誰も傷ついたりしてほしくないんですよ。

それに冒険者の体なんて仕事道具そのものなんですから、もっと浅い階層を探索して、ちゃんと地道に稼いでくださいよ。」


「あー、まぁ、そうですね…」


 だいぶ浅い階層いたんですけどね。

 長々と話していた先生は一度言葉を切りカルテでも入っているのか、厚い青色のファイルを閉じながら俺を見つめて再度言った。


「それでは退院です。こういうの言っちゃダメなんですけど、もうあんまり来ないでくださいね?」


「はい、肝に銘じておきます。」


 俺は診察室からお辞儀をしながら出ていく。

 さて、治療費はいくらかかったことやら。


 ~


朝焼ダンジョンで死にかけ、なぜか攻撃を弾かれ転倒したアイアンゴーレムから逃げてから、1か月。


「…んあー!自由だー!」


 ようやく治った両腕を天へと掲げ伸びをしながら俺はシャバの空気を、胸いっぱいに吸い込む。

 足取り軽く帰路につく。


 …しかし、医療機関は回復魔法の台頭で切羽詰まってるとは聞いていたけど、あんなにお金がかかるなんて。

 ギルドからの保険金込みでも大きな収入がない限り貧乏生活が確定するくらいには、初級回復魔法分の代金と入院費は俺のか弱い財布を痛めつけてくれた。

 これでも中級回復魔法による治療と比べればまだまだ安いというのだから闇が深い。


「…魔法ね。」


 今ではもう日常に溶け切っている言葉であり、事象ではあるが40年前、俺が生まれる前にはない存在だ。

 かつては御伽のお話も、存在も、ダンジョンの出現により本当のものとなった。

 モンスターが溢れ、死を振りまく災禍でありながら採集できる資源はもう人類には欠かせないものとなっている。

 それはスキルも同様である。超常的な力は、冒険の心強い相棒であると同時に日常生活を助ける力ともなっている。

 魔法もスキルの一種だ。攻撃から回復まで、奇跡を顕現させる力。

 強力な分所持している冒険者は少なく、魔法を使う冒険者は軒並みギルドの即戦力だ。

 しかし、希少という点では俺も負けていない。スキルの中でも特に珍しく、強力無比な性能を誇るユニークスキルを所持している。


「…まぁ、ホントにそうだったらよかったんだけどな。」


 ステータスボード・オープン。


 念じれば出てきた青色のホログラム。

 そこには俺の情報が書き起こされている。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 Lv.12 狭谷健二

 状態 普通

 ユニークスキル

 ステータスボード

 スキル

 剣術 身体強化 走力強化


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 うーんゴミ!なんだこの悲しすぎる情報は。俺のだよちくしょう。

 18歳になることで行うことができるレベルアップによって人々はスキルを獲得することができる。

 平均して6~7個のスキル、そう考えると俺はだいぶ残念な結果と思える。

 もともとB級冒険者だった俺が見た中でも一番多くスキルを持っていた冒険者では18個も所持していた人がいた。

 だが、ユニークスキルがある以上、数が少ないのも納得、していたんだがなぁ。


 おれのユニークスキル、ステータスボードは自身のレベル数、状態、スキルの閲覧が可能な青色のホログラムを出現させるスキルだ。

 だが、レベルはギルドに設置されている機械で計測可能。

 状態もざっくりと俺の現状を教えてくれるだけ、正真正銘ステータスボード状態の板というわけだ。

 あとスキルもギルドで確認可能だ。

 つまり、役立たずのゴミスキルである。


 …でも、俺はこのスキルに1か月前、命を救われた。

 拳を振り上げ、その板を殴る。返ってきたのは空気を叩いた感触のみだ。ホログラムは俺の腕に貫かれ、ジジと音を立てながら霧散した。


 アイアンゴーレムの攻撃を防いだのはおそらくこのスキルだ。1か月間、そこまで快適ではないベットの上で考え込んだ結果だ。

 俺の攻撃は弾かないのかと思っていたが、看護師さんに無理を言って叩いてもらっても結果は変わらなかった。看護師さんはすごい嫌な顔してた。ごめんなさい。

 ならモンスターの攻撃ならどうか、とは思ったがさすがに病院内では試せない。とりあえず検証は後として歩いていると目的地が見えてきた。


 俺には両親はいない。ダンジョンから出てきたモンスターに殺された、というわけでは別にない。

 単純な話、蒸発である。

 何がダメだったのか、捨てられた時には中学一年生ながら結構絶望したもんだが、そういやあの人たちほとんど家にいなかったしそこまで変わらなかった。そんな彼らが一応売らないで残しておいてくれたぼろアパートに俺は到着した。階段を上がり、部屋へと向かう。


 カンカンガンギシッメキッカンカン…


「鉄製の階段でメキッてなんだよ。」


 だめだ、本当に引っ越さないとまずい。でも金がねぇ。

 部屋番号207、これまたぼろい木製のドアを開けて俺は帰宅を果たした。


 …まぁ、明日ダンジョン行こう。脳裏に長話をする医者の顔が浮ぶ。


「もっと浅い階層を探索して、ちゃんと地道に稼ぐとしますか。」

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