第5話 合流(旧6話)
クロードが提示した北の通路は、ニルが考えていた以上に崩れていた。
しかし彼の身体能力があれば、その崩落は問題にならなかった。
『右の壁に沿って3メートル先――そこに足場があります』
『次は左の壁です。2メートル先の梁が安定しています』
クロードの的確な指示と、魔力で強化されたニルの肉体。
二人の連携は、まるで以前から組んでいたようにスムーズだった。
『ニル、あなたは本当に身軽ですね。旧文明の人類では、この移動は不可能でした』
「そう言えば聞いた事があるな。昔の人間って魔力が使えなかったんだろ? 不便だったんだろうな」
感心するような、驚くような。そんな風なクロードの言葉に軽く笑いを返しながら、ニルは崩れた通路を軽快に飛ぶ。
クロードから零れる薄青い燐光が、薄暗い通路に美しい線を引いる。
『――もしかすると、使えなくて良かったのかもしれません。この回答は“クロード”としての判断ですが』
「そうなのか?」
『ええ。推定です』
「そんなもんか」
言葉少なく推定の否定を行うクロードに、ニルは何となく彼が言って旧文明の記録――異なるものへの脅威や、理解されないものへの排除が関係しているのだろうとは、何となく察した。
「まあとりあえず、クロードのスキャンが完璧ってのはありがたいな。こんなにスムーズに動けるとは思わなかったぞ」
『――そうですね。スキャン範囲も出力も安定しています』
ニルは少し強引に話を変える。
答えるクロードも乗ってくれた。脱出劇は順調だった。
「出来る事が増えそうで、正直テンション上がってるよ」
『それは良かった――ああ、次は正面右上に見えている鉄骨です。あそこを掴んで、瓦礫を回避するように右の壁に向かって飛べば、崩落個所を抜けられるはずです』
「了解、と」
ニルはクロードの指示に従うように動き、崩落個所を飛び越えた。
着地の衝撃を殺して立ち上がると、第四層にたどり着いていた。
『第四層へ到達しました。旧運搬路まで30メートル直進です』
「OK、ボス」
軽口と共に、ニルは通路を駆け抜けた。
砂を踏みしめる様な足音が、静寂が支配する廃墟に響く。
『――到着しました。ここが運搬路の入り口です。扉の横にある端末に私をかざしてください。生体反応の位置情報を更新します』
クロードに言われるままに、剣をかざす。
以前とは違い出力が安定しているからか、スキャンは一瞬で終わった。
「どうだった?」
『反応Cは移動を続けていたようですが、旧運搬路から通じる扉からは離れていません。移動距離は約150メートルです。反応Cよりもニルの移動速度はかなり早く、これならば1分以内の合流が可能と考えられます』
「そうか! いやぁ、良かったよ」
壊れた扉を潜ったニルの目の前には、巨大なトンネルが口を開けるように続いている。
薄暗い通路を、ニルは先を急ぐように足を動かす。
『この先を進めばメインホールです。曲がる場所の指示はこちらで行いますので、そのまま右手側方向に向かって直進してください』
「道案内は頼んだぞ」
『急いでください。ニルの移動速度が想定よりも早かったので位置情報の更新を行う事は出来ましたが、管理機能の電源は失われました。位置情報の更新が可能なのは、これで最後です』
「明かりはついてるように見えるが?」
『非常用電源はまだ稼働していますが、それだけです』
「なるほどね」
クロードとの会話を続けながら、ニルは駆け足で旧運搬路を進む。
「そういや、反応AとB、それからDはどう動いてた?」
『反応AとBは合流し、同じ場所で動きを止めています』
「てことは、そっちはストーンベアで確定って事で良さそうだな」
クロードの言葉に、ニルは己の中での情報を更新する。
『反応Dですが、施設の中の徘徊を続けているようです。ですが移動速度が遅くなったようで、第三層からは移動していません。依然、接触の可能性はゼロのままです』
「道が分からないのか?」
『その可能性はあります――ああ、ニル。待ってください。右の扉です』
クロードが指示したのは、運搬路の右にある扉だった。
『その扉を越えた所に、反応Cを確認しています』
「扉を開ける方法は?」
『メイン電源が消失しているので、その扉を開ける方法はありません。扉の末端から横3メートルの位置にある、緊急用経路の扉を使いましょう。扉近くのパネルを3回連続で叩けば、機械式ロックが解除されます』
「了解だ」
指示された大きな扉――の横にある、人一人が通れる程度の大きさの扉に近づいたニルは、クロードに言われた通りにパネルを3回連続で叩く。
――空圧が抜ける様な独特の音が運搬路に響く。
『ロックの解除に成功しました。スライドでの手動開閉が可能です』
少しばかりの重さを感じさせる扉を横に動かし、ニルは旧運搬路を抜ける。
扉を潜ったその先には、警戒したように剣を構えるガルスが居た。剣を構えた事で感じる威圧感に、どうやら時間の経過によって魔力酔いが完全に抜けたらしい事を瞬時に理解する。
「ニルか!?」
ニルの顔を見たガルスは、すぐさま警戒を解いた。
「ガルス! 無事だったみたいだな!」
「おまっ! どう考えても、そりゃこっちのセリフだろ!」
お互いの無事な姿を見て、二人は軽く抱き合う。
『おめでとうございます、ニル』
そんな二人にクロードが声をかけ、ガルスは「うん?」と首を傾げた。
「剣がしゃべった?
ガルスは、はてなと首を傾げながら空色の燐光を放つ剣を――クロードに視線を向ける。
『初めまして。私はこの施設の管理AI、CL-4UD3と言います――クロードと呼んでください』
クロードの自己紹介に、ガルスは混乱と納得が入り混じったような表情を浮かべた。そしてすぐに、姿勢を正す。
「お、おお――剣に宿ったAIってのは初めて見たから分からなかったよ。すまん。冒険者のガルスだ。愛称は無いから、そのままガルスって呼んでくれ」
『はい、よろしくお願いします』
「おう。よろしくな、クロード」
『――』
自然な感じで振られる手には、歓迎しているという雰囲気があった。
ガルスのその仕草に、クロードの言葉がしばし止まる。
「……なんだ。俺、まずい事言ったの?」
「いや。旧文明って挨拶の文化がなかったらしいから、多分驚いてるんだろ」
「え、マジかよ」
『――それはニルの冗談ですよ、ガルス。感動していたのは本当ですが』
クロードは、若干不安そうなガルスを揶揄うニルの言葉に訂正を入れる。
「お前なぁ…… こんな時ぐらい真面目にしろよ。とりあえず、仲間が増えたって認識で良いよな?」
「そんな感じで頼む。とりあえず、話は移動しながらってことで良いか?」
「なんだよ、出口が分かるのか?」
「俺じゃなくてクロードがな」
コツンとニルが剣の柄を叩くと、クロードは『お任せください』と言葉を返す。
『口頭でしか説明できませんが、脱出経路は幾つか指示できます』
「お、ならこれが使えるか?」
クロードの言葉に、ガルスが地図を広げる。
「この近くにでかい広場があった」
『おそらくメインホールです。そこを抜ければ脱出できます』
ガルスの説明にクロードが自然な感じで補足を加えと、彼は「多分それだ」と頷く。
「メインホールまでは、あとはこの通路を抜ければ着く。外へ脱出できるなら、さっさと移動しちまおう」
『外、ですか』
クロードの声がわずかに弾み、それにニルが言葉を続ける。
「そうだな。とりあえずメインホールまで行こう。クロード、お前が見たがってた太陽も、そこでなら――」
『――いえ』
ニルの言葉を、クロードが遮る。
『太陽は、最後で構いません。まずは、施設から無事に脱出することを優先しましょう』
「そうか? まあ、お前がそう言うなら」
ニルは少し意外そうにしながらも、クロードの言葉を受け入れた。
『――皆で一緒に見たいのです。ニルも、ガルスも』
「なるほど、そりゃ良い考えだな」
ガルスが笑って答える。
「じゃあ、さっさと脱出しようぜ。外で思いっきり太陽を見よう」
『はい。楽しみにしています』
三人は、メインホールへと向かって歩き出した。
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