和解

N.C.D.の朝。

 今日は、少し趣向を変えて王城の庭園「ロイヤル・ガーデン」へと足を運んだ。

 咲き乱れる薔薇のアーチをくぐると、そこには絵画のように美しい光景が広がっていた。


 白亜のガゼボの下、二人の女性が優雅にティータイムを楽しんでいる。

 一人は、リュミエール公国第一王女、シルヴィア。

 もう一人は、九条財閥令嬢にして当国の財務大臣、九条カレンだ。


「……なるほど。では、カレン様は幼い頃から帝王学を?」


「ええ。ピアノやバイオリンと並行して、財務諸表の読み方を叩き込まれましたわ。お父様は厳格な方でしたので」


「ふふっ、奇遇ね。私も公務のマナーやダンス、そして『国を背負う覚悟』については、嫌というほど家庭教師に教わりましたわ」


 銀のポットから注がれる紅茶。

 カチャリ、とソーサーにカップを戻す音さえも、音楽のように洗練されている。

 本物の王族と、経済界の王族。

 育ちの良さがカンストしている二人の会話は、庶民が立ち入る隙など微塵もない「天上界」のそれだった。


「(素晴らしい……)」


 我は茂みの陰で、その光景を鑑賞した。

 ギャルやアイドルのような賑やかさも良いが、この圧倒的な「品格」こそが、国家の格を底上げしているのだ。


「あら?そこにいらっしゃるのは、チサト様ではありませんか?」


 カレンが目ざとく我を見つけ、嬉しそうに手を振る。

 シルヴィアも微笑み、手招きをした。


「おはようございます、私の王様。隠れていないで、ご一緒しませんこと?」

「見つかったか。二人の会話があまりに美しかったものでな」


 我は二人の間に座り、執事が淹れた紅茶を受け取った。


「どうだ、二人は気が合うか?」

「ええ、とても。カレン様とは『ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)』について、深く語り合えますもの」


 シルヴィアがカレンの手を取り、親愛の情を示す。


「この国の経済システム……富を独占するのではなく、インフラや福祉として民に還元する仕組み。あれはカレン様の発案でしょう?素晴らしいわ」


「恐縮ですわ、シルヴィア様。ですが、対外的な外交……特に欧州の古い貴族たちを黙らせるあの威光は、シルヴィア様にしか出せません。私など、ただの金貸しの娘ですもの」


「まあ、ご謙遜を。あなたの商才は魔法のようですわ」


 互いにリスペクトし合う美女たち。

 金と権威。

 二つの最強のカードを持つ彼女たちが手を組めば、N.C.D.の外交と経済は盤石だ。


「チサト様」


 カレンが、少し頬を染めて我を見た。


「私、幸せですわ。日本にいた頃は、家柄や資産ばかりを見られて……対等に話せる友人なんていませんでした。でもここは違う。皆様、それぞれの才能であなた様を支える『同志』ですもの」


「私も同じ気持ちよ。王女という肩書きを脱ぎ捨てて、一人の女性として……そしてあなたを愛する者として、心から笑い合える場所。こんな素敵な国を作ってくださって、ありがとうございます」


 シルヴィアも潤んだ瞳で微笑む。

 二人の高貴な淑女からの、最上級の感謝と愛。

 我は満足げに頷き、二人の手を取った。


「礼を言うのは我の方だ。君たちがいるからこそ、この国はただの成金国家ではなく、気品ある王国として成立しているのだからな」


 そして、我はシルヴィアに向き直った。


「シルヴィア。今日は君に頼みがある」


「なんでしょう?」


「これから、君の故郷……リュミエール公国へ行く」


「えっ……?」


 彼女が目を見開く。


「我の『お遊び』は終わりだ。君をさらったままでは、ただの誘拐犯だからな。一国の王として、正式に君を迎えに行く。……覚悟はいいか?」


 シルヴィアは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに王女の顔に戻り、力強く頷いた。


「はい。……喜んでお供いたします、陛下」


◆◇◆◇◆


 数時間後。

 欧州、リュミエール公国。

 古城と湖が美しいこの小さな国の上空に、N.C.D.の最新鋭ステルス・ロイヤルジェットが飛来した。


 空港には、国王であるシルヴィアの父と近衛兵が待ち構えていた。

 本来なら「王女誘拐犯」として撃墜されてもおかしくない状況だ。

 だが、我は悠々とタラップを降りた。

 背後には、N.C.D.の圧倒的な軍事力を象徴する無人護衛機が随伴している。

 これは会談ではない。力の差を見せつける「示威行為」だ。


「お父様……」


 シルヴィアが、我の腕に掴まりながら前に進み出る。

 国王は、娘の姿を見て息を呑んだ。

 城にいた頃の窮屈そうな表情ではない。

 自信に満ち溢れ、愛する男の隣で輝くような美しさを見せる娘の姿に。


「……増野チサト、と言ったな」


 国王が重々しく口を開く。


「我が娘を連れ去り、太平洋に謎の国を作った男。世界中が貴公の噂で持ちきりだ。……娘を、どうするつもりだ?」


「簡単なことです、国王陛下」


 我は一歩も引かず、堂々と宣言した。


「我はシルヴィアを愛している。そして彼女も我を愛している。N.C.D.とリュミエール公国。両国の繁栄のために、彼女を『第一王妃』として迎え入れたい」


 周囲がざわめく。

 どこの馬の骨とも知れぬ男からの求婚。

 だが、我はすかさず「結納品」を提示した。

 それは金銀財宝ではない。

 リュミエール公国が長年抱えていたエネルギー問題を一瞬で解決する『チサトニウム』の供給権と、周辺国からの圧力に対するN.C.D.による『永久安全保障条約』だ。


「……ッ!」


 国王の手が震える。

 娘の幸せと、国の未来。その両方が、目の前の男によって保証されている。

 断る理由は、何一つなかった。


「……よかろう。娘を……シルヴィアを、頼んだぞ」


 歴史的な和解。

 そして、その日の夜。

 リュミエール公国の王宮から、世界に向けて緊急生中継が行われた。


『――本日、N.C.D.国王増野チサト氏と、リュミエール公国第一王女シルヴィア様の婚約が正式に発表されました!』


 カメラのフラッシュの嵐。

 バルコニーに立つ我とシルヴィア。

 我は彼女の左手の薬指に、世界最大級のダイヤモンドが輝く指輪を嵌めた。


「チサト様……愛しています」


「ああ。共に歩もう、シルヴィア」


 世界中が熱狂し、祝福する。

 正体不明の独裁者だった我が、伝統ある欧州王室との繋がりを得て、名実ともに「世界の王」として認められた瞬間だった。


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