反撃

「……で? 名前は?」


「……増野、千悟でござる」


「職業は?」


「……コンビニの、バイトでござる」


「深夜の河川敷で、全裸で何をしていた?」


「……宇宙旅行の、帰りでござる」


 バンッ!!


 取調官が机を叩く音が、狭く無機質な部屋に響いた。

 ドラマで見るようなカツ丼は出てこない。あるのはパイプ椅子と、冷たい机と、呆れ果てた警官の顔だけだ。


「ふざけるのも大概にしろよ! 薬物検査の結果はシロだったがな、頭の検査が必要なんじゃないか?」


 拙者せっしゃは、警察署のロゴが入った薄汚い毛布にくるまりながら、唇を噛み締めた。


―――屈辱だ。


 数分前まで、拙者せっしゃは太陽を掌で転がし、ブラックホールの深淵を覗き込んでいたのだ。

 それがどうだ。今はただの「変質者」として、小役人に説教されている。


「(……悔しい)」


 だが、この感情こそが、拙者せっしゃに欠けていた最後のピースを埋めた。  物理的な「力」だけでは、この社会では生きられない。

 ルール。法律。常識。

 それらをねじ伏せない限り、拙者せっしゃはいつまで経っても「イコネンのチー牛」なのだ。


「反省の色が見えんな。……とりあえず、頭冷やしてこい」


 ガチャリ。

 手錠をかけられ、拙者せっしゃは留置場へと連行された。


 鉄格子の中。

 トイレの芳香剤と、カビの混じった臭い。

 硬い畳の上に座らされ、拙者せっしゃは静かに目を閉じた。


「(……さて)」


 試練(取り調べ)は終わった。ここからは反撃(テスト)の時間だ。

 拙者せっしゃは、脳内の「チートスイッチ」に意識を集中する。

 物理法則は変えられた。ならば、人の「認識」はどうだ?


「(願いは三つ。……一つ、この手錠を外せ)」


 カチャリ。

 金属音がして、手錠がひとりでに外れ、床に落ちた。


「(二つ。……服だ。それも、今のこの最強の肉体ボディに相応しい、最高級の戦闘服スーツを)」


 シュウウウ……。

 光の粒子が拙者せっしゃの体を包む。

 薄汚い毛布が消滅し、代わりに現れたのは――イタリアの伊達男も裸足で逃げ出すような、ミッドナイトブルーのオーダーメイド・スーツ。

 シャツはシルク。靴はピカピカの革靴。

 鏡を見なくてもわかる。今の拙者せっしゃは、完全に「デキる男」だ。


「(そして三つ目。……ここから出る)」


 拙者せっしゃは立ち上がり、鉄格子に手をかけた。

 鍵? そんなものは必要ない。  必要なのは、「認識の改変」だ。


「(『拙者せっしゃ』は、最初からここにいなかった)」


「(今ここを歩いているのは、ただの善良な市民である)」


 強く念じ、鉄格子の扉を軽く押す。

 本来なら開くはずのない電子ロックが、恭しく音を立てて開いた。


 拙者せっしゃは、コツコツと革靴の音を響かせて廊下を歩く。

 すれ違う警官。当直のデスク。

 誰も、拙者せっしゃを見ない。

 まるで、そこに道端の石ころがあるかのように、完全に意識から除外されている。


「(フフ……。見えていないのか? それとも、『いてもおかしくない』と思わされているのか?)」


 どちらでもいい。

 確かなのは、拙者せっしゃが「社会のルール」すらも超越したという事実だ。


 自動ドアが開き、朝の光が差し込む。

 拙者せっしゃは警察署の正面玄関から、堂々と娑婆シャバへと帰還した。


「(勝った……!)」


 朝の風が心地よい。

 自由だ。そして、全能だ。

 拙者せっしゃはスーツの襟を正し、街へと歩き出した。


 駅前広場。

 出勤するサラリーマンたちが、ゾンビのような顔で改札へ吸い込まれていく。  昨日までの拙者せっしゃなら、その群れの一部だっただろう。下を向き、誰とも目を合わせず、社会の歯車として摩耗していくだけの存在。


 だが、今は違う。

 すれ違う人々が、ハッとして振り返るのがわかる。

 圧倒的なスタイルの良さ。高級スーツの質感。そして何より、全身から溢れ出る「強者」のオーラ。


「(見ろ。愚民ども。これが『選ばれし者』の姿でござる)」


 拙者せっしゃの自尊心は、成層圏を突破していた。

 一人称が「われ」に変わりそうなのを必死に抑える。まだ早い。まだ拙者せっしゃは何も成し遂げていない。


 その時だった。


「ねーねー、そこのお兄さん!」


 甘ったるい、しかしどこか挑発的な声がかかった。

 拙者せっしゃが足を止めると、目の前に派手な色彩が飛び込んできた。


 金髪の巻き髪。  露出度の高いオフショルダーのニット。

 超ミニスカートから伸びる、健康的な太もも。

 いわゆる「ギャル」だ。それも、クラスカースト最上位に君臨するような、強烈な陽キャオーラを纏った一軍女子。


「(……ッ!? な、何奴!?)」


 拙者せっしゃの陰キャセンサーが警戒色に染まる。

 普段なら、カツアゲか罰ゲームを疑って全力逃走する相手だ。


 だが、彼女は拙者せっしゃの顔――いや、胸板のあたりを熱っぽい目で見つめ、上目遣いで言った。


「マジかっこよくない? 超スタイルいいじゃん! モデルかなんか?」


「……は?」


「ねー、この後ヒマ? あたしドタキャン食らって超ヒマなんだけどさー。よかったら、お茶しなーい?」


 ツンと人差し指で、拙者せっしゃの胸をつつく。

 

―――逆ナン。

 

 人生で一度も経験したことのないイベントが、昨日のカフェに続いて二度目。  しかも、今度は相手からグイグイ来ている。


「(こ、これは……! 昨日のアイリ氏とは別ベクトル! 肉食系女子の襲来でござるか!?)」


 拙者せっしゃは確信する。

 これは偶然ではない。

 この体が、フェロモンか何かを垂れ流しているのだ。

 磁石が砂鉄を引き寄せるように、欲望に忠実な「女」を引き寄せている。


「……悪くない」


 拙者せっしゃは口元を歪めた。

 昨日までの拙者せっしゃなら、「あ、あひぃ」と奇声を上げて逃げていただろう。


 だが、今の拙者せっしゃには、この強気なギャルを受け止めるだけの「余裕という名のスペック」がある。


「お茶か。……いいだろう。ちょうど喉が渇いていたところだ」


 キザだ。死ぬほどキザだ。

 だが、ギャルは「キャー! 声もイケボ!」と大はしゃぎしている。


「(チョロい……! 世界が、あまりにもチョロすぎる!)」


 拙者せっしゃは、金髪ギャルの肩を抱き寄せる


(脳内シミュレーションでは百回練習したが、実戦では初めてだ)


 ふわりと香る、甘いココナッツの香り。


―――三十歳、魔法使い。


 拙者せっしゃの、否、我のモテ期は、留置場からの脱出と共に、爆発的な加速を始めたのである。




ボーナスタイム終了まで、


――――残り、26日

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