第37話 援軍

戦場は、昼も夜も容赦なく私を責め立てた。風に舞う土埃、鎧の擦れる音、遠くで聞こえる兵の叫び、そして絶え間なく響く鉄の衝突――そのすべてが、神経の奥底まで張り巡らした思考に侵食してくる。


初めは国境で起きた小競り合いだと思っていた小さな争い。それが、この一月で、まるで罠にかけられたかのように戦いの規模は膨れ上がった。


今まで何度も死線を乗り越えてきた。幾度も死を間近に見つめ、勝利を勝ち取ってきた。しかし、今回の戦いは、これまでの戦とは明らかに違っていた。戦況は刻一刻と悪化し、進めば進むほど泥沼にはまっていく感覚。胸の奥で、嫌な予感が渦巻く。


揺らいでいる姿を臣下に見せるわけにはいかない。


自分に言い聞かせるように、深く息を吸い込む。当主としての自分は、決して動揺を見せてはならない。兵たちの士気を削ぐわけにはいかないし、真田の皆を守る責任が私にはある。

私の背にかかるのは、家臣たちの命、民の暮らし、そして……城で待つ綾乃の命を含めたすべてだった。


司令を出し続けながら、胸の奥で思いは巡る。戦場で命を懸ける者たちの顔。家臣たちの必死の声。守るべきものの重さが、鎧の重さを二倍にも三倍にも感じさせる。


冷静でなければならない。しかし、どれだけ理性で抑えようとしても、胸の奥の焦燥は消えなかった。


そんな折、情報が届いた。援軍の到着――それは予想していなかった知らせだった。

しかも、成城家が真田方に付くという。付かず離れずの関係を保っていた成城家が、なぜ味方を?


しかし、これで戦局が変わるかもしれない。

――胸の奥で、希望の光がわずかに揺れる。

勝利の二文字はまだ見えぬが、確かな可能性の兆しがここにある。


風の中で、兵たちの声が耳を打つ。砂埃に紛れる声のひとつひとつに私は耳を澄ませ、指示を出す手を緩めずにいた。心の奥で、成城の到着が戦局の行方を決めると祈りながらも、同時に疑念が消えない。


成城が、本当に味方であるのか。


背後にいる家臣たちは、私の動揺に気づかぬように、無言で従う。彼らの信頼が、私の心を支えた。


戦場の向こう、遠くに見える増援の旗。成城の軍が到着した。規模は、予想よりはるかに大きい。胸の奥で、鼓動が早まる。これが味方するなら、戦況は確実に変わる。



「成城時正、真田家にお味方するため参陣に参った!」


黒く光る毛並みの馬に跨った、成城時正という男。


少年時代何度か相見えた。

その時の面影を残しながらも、今目の前にいるのは、真田の岐路を左右する精悍な顔つきの武将だ。


「成城殿、此度の加勢感謝する」


「何の。これを機に真田との縁も深められたらと思っておりまする」


「して、此度は何故味方に?」


この危機に援軍は有難いが、その理由とは一体。



次に時正から告げられた事実は、私の胸を打ち砕くに十分すぎるものだった。

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