第14話 痛み

城下を歩きながら、私は胸の奥にそっと生まれた好奇心を楽しんでいた。人々の呼吸、足音、呼び声が混ざり合い、町全体がまるでひとつの生き物のように息づいている。


私は時折立ち止まり、店先の品物や人々の表情を見つめる。この国に馴染むつもりはないという自覚を持ちながらも、この城下の空気に少しずつ心が緩むのを感じていた。



その時、細い路地の向こうから、不穏な気配が漂った。影が揺れ、低く渦巻く緊張感。直感的に私は息を呑んだ。



「……盗賊……?」


花乃が私の手を握り、目を大きく見開く。秀忠は一歩前に出て、私たちを守るように剣の鍔に手を添える。


背筋を伸ばした秀忠が、瞬時に威圧感を纏い、周囲を見渡す。


「姫様、絶対に動かないで下さい」


秀忠の低く冷静な声に、私は体がぴたりと止まる。心臓が胸の奥で強く脈打ち、血の温かさが顔にまで上がる。


盗賊は二人、三人……ではない、四人の男たちがこちらに向かってくる。刃を握る手が陽の光を反射してきらめいた。私の体は恐怖で硬直する。


動けない。だが、花乃は私を守ろうと前に出た。



「ほお。綺麗な身なりの女だな。お前も良い服を着ている。金を持ってそうだ」


獲物を見つけたかのように鋭い目を光らせる男。

秀忠は、いつの間にか剣を抜いていた。


「これ以上近づくと切る」


先程まで私に柔い笑みを見せていた秀忠はもういない。私達を守るためならば、本気で切る。それが伝わった。



男達は私達を囲むように広がった。



「金目の物を置いていけ!」


麻の小袖を着た男が秀忠に切り掛かる。命を奪われる恐怖に、思わず目をつぶる。


「くっ……!」



男の呻き声と地面に崩れ落ちる音がし、目をそっと開くと、盗賊の男が3人地面に伏していた。



「…すごい。」


僅かな時間の間に、屈強に見える男達を3人も。

護泰が信頼を寄せる臣下の実力を目の当たりにして、驚きと共に心強さを覚えた。



男たちの呻き、逃げ惑う人々の悲鳴が町中に響く。残された1人は、あっという間に倒された3人を見て、秀忠になかなか切り掛かることが出来ないでいた。



こう着状態が続く中、ふと男と目が合った。その鋭い目つきに背筋がゾッとした。


瞬間、男は駆け出し、私を庇うように立つ花乃の腕を掴もうとした。



無意識に、私は彼女を庇うように手を伸ばした。花乃を抱き留め、身を翻す。


その瞬間、背後の柱の出っ張りに背中をぶつける。鋭い痛みが脊椎を伝わり、息を詰める。布を伝って背中が血で冷たく湿る感覚。



「痛っ……」


声を出すと同時に、背中の痛みを堪えるため、私は自然に唇を噛みしめた。


秀忠は男が駆け出した瞬間、すぐに反応した。

男が花乃の手を掴む前に、秀忠は冷静かつ迅速に動き、男を制圧した。



「姫様っ!大丈夫ですか!!」


花乃がやさしく私の体を支える。ぎこちなく頷いた。大した傷では無い、が。背中の痛みが、現実を突きつける。



男達が全員地面に伏すと、周りで様子を見ていた町人達が男達の拘束に手を貸した。

これ以上の被害は起きないと判断した秀忠は、こちらに駆けてきた。



「姫様!!すぐに城に戻りましょう!」


血が背中の着物をじわじわと濡らす。血は止まる様子はなく、早く城に戻って手当を受けなければならないと感じた。


胸の奥では複雑な気持ちが渦巻く。


花乃を庇おうとした自分の咄嗟の行動は、私を小さく誇らせた一方で、私が何もしなくとも秀忠が敵を制圧していただろうと、余計なことをした自分を恥じさせた。



涙を浮かべる花乃。

今までになく焦っている秀忠。


大人しく守られていればよかったのに、勝手に怪我をして、2人に心配をさせた。


ごめんなさい。


その言葉は、痛みで声にならなかった。

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