第2話 掌の上の運命
空が白んで朝日が昇っても、私は一睡もすることが出来なかった。
抗いようのない未来に向かって時は過ぎてゆく。
長い間緊張状態であった真田と縁を結ぶことは、国中に安定をもたらす明るい知らせとなった。
しかし、私のように、真田に恨みのある者もいる。その者たちは、敵方に嫁ぐこととなった私に憐みのような目を向けた。
祝福する者
感謝する者
憐れむ者
様々な人間の感情、言葉、眼差しを一身に受け、眠れぬ日々が続いた。
胸の内で何度も兄の名を呼んだ。
兄上、どうか教えてほしい。兄上を討った敵の元へ嫁ぎ、その身を投じるなど、どうやって受け入れたら良いのか。
受け入れなければならない現実と、それを拒否する心。抗ったところで、私の運命は父の掌の上だというのに。
そして、ついに輿入れの日を迎えた。
寝室の襖から覗く空はどこまでも澄み渡り、風は静かで、鳥たちが遠くでさえずっていた。私の目には、すべてが別れの色をして見えた。
「姫様…大変美しゅうございます」
父があつらえた煌びやかな打掛を見に纏い、私は皆と最後のお別れをした。
幼い頃から私を育ててくれた千夜が、私の手を包むように握り、その小さな肩を震わせながら涙をこらえていた。
「綾乃様、どうか、どうかご無事で……」
母が亡くなったあと、兄が討たれたあと、私を抱きしめ、泣きたいときには何も言わずそばにいてくれた千夜。他の誰にも見せられない弱さを、千夜の前では見せられた。
だからこそ、千夜と別れるという決断をしたことが最もつらかった。
真田からの知らせでは、必要とあらば千住から従者を伴うべしとのことだった。
しかし、大切なものは全てここに置いていくと決めた。
私は、千住のために、千住綾乃を捨てるのだ。
「千夜、私は大丈夫よ。心配しないで」
涙が零れそうになるのを必死で堪えた。
千夜は私を抱きしめた。
細くとも力強い腕が今まで私を支えてくれた。そこにある温もりが、私を最後までここに繋ぎ止めようとするかのようだった。
「姫様…」
「千夜……ありがとう。今まで……本当に」
千夜の声は震えていた。
私も、知らぬ間に声が震えた。
戦国の世は何が起こるかわからない。もしかしたら、2度と会えないかもしれない。そう思うと、胸が締めつけられた。
しかし、千住の姫として生まれた私は、ここに住まう者たちのために、成すべきことを成さなければならなかった。
心は、ここに置いてゆく。
私は動き始めた輿の中で、生まれ育った城を振り返らぬよう目を閉じた。
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