私のDear Lover~ずっと会いたかった光~
空海エアン
第1話 再会
「逃げろ!全員逃げろ!」
「1級戦闘士達はなにやってる!!応援は…!」
命を震わせる怒声と、恐ろしい咆哮。
「オオォ…!…!!」
音にならないほどの轟き。あまりにも大きすぎるゆえに地響きと化したそれは、禁止区域の汚染生物のもの。
「嫌だ…ッ死にたくない…」
本来禁止区域の外にいるのは大体の場合がそこまで手強い汚染生物ではない。そもそも人外級の1級戦闘士達が失敗するなど予想もしていなかったため、油断もあったのかもしれない。
「もうすぐで応援が来る...!もうすぐだ!死ぬな!」
右腕を失った男性が泣きながら顔が溶けて明らかに絶命した様子の戦闘士に叫ぶように呼び掛けている光景が端目に入り、身震いした小柄な女性__ルナ・ラントレア。
死が間近でルナに息を吹き掛けて来るようで、思わず故郷の家族を思い出す。
「おじいちゃん…」
戦闘士の端くれとして重症を負った仲間に駆け寄ったはいいものの、運悪く最高危険度区域から飛び出してきた汚染生物が目前まで迫っているという状況に置かれていた。
一言にまとめると、絶体絶命。
「ルナ…!逃げなさい!」
ルナが抱えている重傷者、2級戦闘士であり友人でもあるライラが叫ぶ。
治療はしているがこのままでは間に合わない。
大事な友人を置いて逃げるつもりはなかったし、それでなくとも身体は恐怖で動かない。
「グオオオオォ…!!!」
動けたとして、それほどのスピードでないにしても、巨体を揺らし体液を撒き散らして突進してくる汚染生物を友人も連れながら避けられるはずもない。
体力面でいつも試験を落とされているルナには特に、無理な話だった。
「ライラ…少しだけ頑張って避けて」
「ちょっと、なにをするつもりなの?」
もはや脳死の域で、友人を生かすことを選択したルナは立ち上がった。足は馬鹿みたいに震えているが、それでも一歩踏み出し、友人から距離をとる。
「こっちよ!!」
思ったよりも大きな声が出て、金縛りが解けたかのように足が動くようになった。
こんなところで死にたくはないけれど、ライラが死ぬのはもっと嫌だ。
「ルナ…!!?いやぁぁッ!!!」
反射で汚染生物の軌道から逸れることのできたらしいライラを見てほっとする。
一生懸命自分の武器を汚染生物に投げているが、なぜか性質的に引き寄せられるらしいルナのヒーラー能力のほうが興味を惹けているようだ。
汚染生物は引き寄せたルナの方へ一直線に向かってきている。本当に恐ろしい形相だ。
ああ、これは死んじゃうな、とそう思った。
「いや!!いや!!!誰か!!ルナァァ!!」
ぐっと瞳を閉じ、ライラの悲痛な悲鳴を最後に、吹き飛ばされる、はずだった。
「失せろ」
汚染生物の苦しげな咆哮と同時に、場違いなほど落ち着いて、それでいて激しい感情を乗せた声が風圧と共にルナのすぐ前から聞こえた。
「…ん、?」
恐る恐る目を開くと、目の前には風に揺らめく黒緋の長い髪。ルナの様子を伺うように少しだけ振り向いたその顔には、心配と安堵の表情が浮かべられていた。
なんて、綺麗な目。
息が止まりそうなほど美しい光緑の瞳に、ルナは状況も忘れていた見入ってしまう。
確実に初対面なのに、なぜか懐かしい気持ちにさせられる。
というかそういえば一方的に見たことはある。
「怪我は」
「え、あ、と、大丈夫です!」
見ると、目前まで迫ってきていたはずの汚染生物はなぜか遠いところに吹き飛ばされたように横たわっていた。しかし、すぐに立ち上がろうとしている。
彼は武器を大槍に変形させ、一拍遅れてルナの顔に風が舞うほどの速さで駆け出す。
彼が誰なのかなんて、聞かなくてもわかった。
「な、なんでセンリがここに…!?」
彼は1級戦闘士センリ。大型戦闘士派遣企業に属する大スターだった。SNSやテレビ放送、雑誌や広告で誰もが見たことがあるはず。
今回の作戦には名前はなかったはずだが。
「っ、そうだライラ!!」
立ち上がりかけた汚染生物が再びセンリに沈められている様子が見えたが、今は友人が心配だった。
「ライラ、大丈夫だった?治療の続きを」
「馬鹿!!!」
近寄るなりとんでもない声量で怒鳴られ、思わず肩が跳ねる。燃えるような怒りを湛えながら、ライラはぐしゃぐしゃに泣いていた。
「この大馬鹿!!絶対許さないから!今日のこと一生忘れない。私に一生の悪夢を見せようとしたこと!私の目の前で終わろうとしたこと!!」
「ライラ…」
すがり付くように、存在を確かめるようにルナを抱き締めるライラは震えている。嗚咽が酷いが恨み言だけははっきり聞こえていた。
「あんたは私より長生きするんだから…そうしないと許さない」
「ライラ、ごめん。ごめんなさい」
大声を出したら傷が開くし汚染生物が引き寄せられないかと心配したが、周りには次々と応援が駆け付けており、もう警戒しなくても大丈夫そうだった。
そうして気を抜きかけたせいか、ライラの慟哭がより身に染みてルナの瞳を濡らす。
「ありがと、ライラ…」
ルナの震えたお礼にライラはようやく安堵したように柔らかく笑った。そうして限界が来て気絶したライラは救護隊に運ばれていった。ある程度傷は塞げたのでもう大丈夫だろう。
ルナはまだ治療ができる。応急処置が必要そうな者がいないかと辺りを見回し、いつの間にかセンリがいないことに気付いた。
「あなたは?何級?」
辺りを見回していたルナに、救護隊の1人から声がかかった。
「初級ヒーラーです。2級ブロッカー、ライラの監視下のもと作戦に参加しています」
「そう、初級ならここではもうすることはないわ。救護ヘリに同乗して重傷者の治療を補助して」
「了解しました」
センリの行方は気になったが、通りすがる応援の話を聞くに彼は危険区域の1級戦闘士達の応援に向かったらしい。センリが行くなら直に事態は収集するだろうと口々に話していた。
彼は噂に違わず戦闘士最強の名に相応しい実力を見せてくれた。2級戦闘士が束になっても敵わなかった汚染生物をまるで息をするかのように屠ってしまったあの勇姿が目に焼き付いて離れない。
「同乗します!!初級ヒーラー!治癒能力は+Aです!」
「+A!?ああ、助かる!」
ルナが乗り込んだ救護ヘリは瞬く間に飛び上がる。
大腿部の肉が裂け骨まで露出している戦闘士に治療を施しながら、ルナは一瞬だけ外に目を向けた。
お礼が言えなかった。
ルナの脳裏にはしばらくの間、光るような美しい緑の瞳が焼き付いていた。
__________
後日聞いた話によると、センリの参加であの作戦は成功として収められていた。
1級戦闘士達は全員無事だったそうだ。
「良かった…とも言えないわね。うちの2級も2人入院中。他社の戦闘士の中には死者も出た」
スピード退院してきて事務所の前で愚痴るライラはすっかり元気になっていた。
ルナはまた散々お説教を食らい、改めて無事で良かったと抱き締められた後である。
「1級戦闘士達もここだけの話、重傷者が出たそうよ。センリが来たおかげで生還できたって」
ルナはあの現場にいたかなりの数の負傷者を思い出し心が痛むのを感じた。
住民へのイメージと士気維持のため戦闘士達は死ぬまでネガティブな情報を流されないが、死んで初めてニュースに死亡者として名前が載ることがはたして正しいことなのか、ルナにはわからない。
「そう、なんだ。本当に強かったもんね」
「強かったなんてもんじゃなかったわ」
ライラが悔しそうに拳を握る。
「本当に1級って一線を引いた存在なんだって改めて思い知らされた。一振りであの巨体を吹き飛ばせるなんて人外よ」
2級の中でも優秀なブロッカーだと言われている彼女は、それでも遥か高みに位置する一級戦闘士の実力を目の当たりにしてある意味ショックだったようだ。
「ウチの1級さんたちは穏やかだから忘れちゃうよね。1級の壁の高さ」
「そ、現役時代は2人ともすごかったらしいけど手合わせしてくれないしなあ」
戦闘士派遣企業の規定で管理者と事務長はいずれも1級戦闘士と定められている。そのため、どんな小規模企業にも1級戦闘士が必ず2人いる。
「管理者さんは忙しいから仕方ないけどクレースさんはのらりくらりだよね」
「1級でもセンスだしね、2人とも。どんな風に戦うのか予想つかないや」
戦闘士にはカテゴリというものが存在する。
最も多いアタッカーとブロッカー、少数派のヒーラー、センスの4つだ。
「ヒーラーは素質ないとできないから少ないら仕方ないけどそれより少ないんだもんね。センスって」
「そうよ、しかも揃いも揃って変わり者…」
「もうライラ」
ルナはライラを苦笑して咎めたが、確かにセンスは変わり者が多い。
ルナが事務員として所属するここ、アレクシオの管理者と事務長は2人ともその変わり者の部類だ。
「ごめんごめん。でもセンスを目指す時点で色々予想がつかないわよね」
「あは、まあ…」
1級という時点で尊敬しかないはずなのだが、いかんせん変わり者カテゴリしか身近にいないので先の作戦でのセンリの動きがより印象的だったと言える。
「おや、誰の陰口で盛り上がってるのかな」
「あらやだ、クレースさん。素敵なアレクシオの1級センスさん達について語り合ってただけですわ」
ルナは後ろから急に声がして驚いたのだがライラは気付いていたらしい。軽口を返したその相手はまさに、噂をしていたアレクシオの事務長だった。
「ライラさんは気付いていたくせにルナさんを驚かせようとしたの?悪い友達だ」
「可愛いからいじめたくなるんだもの」
いたずらっぽく笑ったライラがルナに抱きついてくる。
クレースはそんな様子のライラに気分を害したふうでもなく、癖の強い前髪に指を通しつつ穏やかに笑う。
「仲良しだねぇ」
「学生の時からずーっと一緒ですから!」
微笑むクレースは優しそうに見えて、確かな実力を持った1級戦闘士には違いない。
戦っているところは見たことはないがどこに出ても何事もなかったかのように無傷で帰還しているのを知っている。
本来は見かけた時点で礼儀を正さねばならない相手だ。
「さて、突然だけどこれから重大発表があるよ」
本当に突然で、ルナとライラは顔を見合わせる。どうやらライラも初耳だったようだ。
「なんですか?重大発表って」
「はいはーい。詳しくは事務室で~。今から他の戦闘士達も招集するからね~」
どこからいたずらっぽく笑うクレースによって2人とも事務室へ押し込まれる。そこまで大きな間取りではないので、放送により次々と集まるスタッフや戦闘士達で一気に人口密度が増してしまった。
「事務長。重大発表ってなんですか?」
あらかた集まったところで口を開いたのは、アレクシオで3級戦闘士として所属しているリクという青年。
少し馴れ馴れしいところがあるが素直で快活なので先輩戦闘士達から可愛がられている。
「んーそうだね。だいたい集まったみたいだし。彼もそろそろ管理者から解放されるかな?」
一人言のように呟きながら事務所の続きの部屋に向かって歩きだしたクレースはそのまま扉の向こうに消えてしまう。
「なんだろ?」
「さぁ…クレースさん結婚するとか?」
「まさか!」
相変わらず自由な行動に、一同顔を見合わせてなにがなにやらといった様子だった。
「おまたせーっ」
そしてクレースは数分もしないうちにある人物を後ろに連れて帰ってきた。
それと同時に、一気に部屋全体がざわつく。
「ごめんごめん。今説明が終わったところだったみたい。さ、前へ前へ」
後ろに連れて来ていたその人の背を押し前に出す。そしてその人が誰なのか認識した途端、そこかしこで息を飲む音が聞こえた。
まさか、なぜこんなところに。
「ご紹介に預かったわけではありませんが、本日からこちらでお世話になります。センリです。よろしくお願いいたします」
予想以上に礼儀正しく腰を折って挨拶をしたのは、戦闘士界のトップオブトップ。
部屋は静寂に包まれ、1人1人がこれ以上ないほど衝撃を受けていた。
「え…なにこれドッキリ?」
静寂を破ったリクの言葉に、一同「それだ!」と納得しかけたのは仕方のない話だった。
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