裏ボスに転生したので、勇者とのアツいバトルを希望する。~暇なので冒険者のフリをしていたら、いつの間にか美少女たちと魔王に挑むことになってました~

雨森 戯

第1話 転生先は裏ボスらしいよ

 死ぬっ!


 人生最期の記憶は、ソレだった。大型トラックに轢かれての一撃必殺。平々凡々な日本の社会人たる石垣樹の人生は、あっけなくKOされた。

 それで、気が付いたらここだ。山をくりぬいたかのようなゴツゴツとした岩肌の壁が四方を囲む大部屋。染み出した水たまりが足元を濡らす、そんな日本とは思えない場所に、ぽつんと一人。

 俺は、転生していた。


「マジかよ。本当に転生じゃね? しかもこの部屋とこの身体……ラグラグの『ナグロク』じゃんか」


 しかも、生前ハマっていたゲームの世界に。今も生きてるけど。

 『ラグロ・ラグナ』。古典的なドット絵のRPGだが、戦闘から建築、恋愛に至るまで自由度が売りだったそこそこの評価のゲームだ。ネームドのキャラ量も尋常ではないのだが、中でも勇者ジョブを付けている時にだけ戦える裏ボスのナグロクは、俺が最も好きだったキャラクター。今足元の水たまりに映る青年の顔も身体も着ている服も。この場所まで、全てが最後の戦いの時と全く同じシチュエーションだった。

 突然の事態に困惑と興奮を抑えきれぬまま、思い付きで左の手のひらを前に出す。軽く力を込めると、紫と黒のおどろおどろしい球体がブワッと現れた。


 ドッッッ!!!


「おぉ……すっげ。ナグロクの固有魔法じゃん。壁が全部木っ端みじんだ」


 軽く手首を振っただけで、音が付いてこれないほどの速さで飛んでいったソレは部屋の壁に直撃。大きな噴煙と爆音を伴って、ボス部屋にぽっかりと大きな穴を開けた。

 ゴゴゴゴゴ……。

 地響きのような音を立て、部屋の岩が急速に修復されていく。非現実的な目の前の光景が、自分が地球に居ないのだという意識をより一層強くさせた。


「にしても、まさか転生先がナグロクとは。もしかして、勇者が来て戦ってくれたりするんじゃないか?」


 その状況を想像して、思わず口角が上がってしまう。

 何を隠そう、俺は主人公とナグロクのバトルがめちゃくちゃ大好き! ナグロクだけが使用する先ほどの固有魔法や専用武器もさることながら、戦いの後に少しだけ語られる考察の余地がビンビンにある半生も、俺の心にどストライク。おかげで何週やり直しても必ずコイツとだけは戦っているのだ。

 そんなナグロクが、今や俺。恐らくだが、このまま待っていれば勇者は現れるはず。


「でも、せっかくの異世界なんだしな。ただ待ってるだけは勿体ねえだろ」


 楽しそうな事には、何歳になっても飛びつきたい。社会人生活に疲弊した俺の中の少年心が、そう告げて来た。

 そうと決まればさっそく出発しよう。大きな洞窟の入口、ゲーム内だと絶対に破壊出来ない岩盤製の大きな扉をゆっくりと開ける。そのまま人気の無い薄暗い洞窟をいくらか進んでいくと、先の方に光が見えてきた。

 少し小走りで、光へと向かう。一瞬眩しさに包まれた後で、バッと視界が開けた。


「うおおおっ! この街並み! 人の服! クソデカい王城! 完全にリーヴだ!」


 目の前に広がる景色に、思わず興奮した声が出た。ここはラグロ王国の首都、リーヴ。ゲームのスタートの地でもある。


「主人公が目覚める家の地下にダンジョン……。そうそう、これがまたエモいんだよな」


 何故その演出なのかはゲーム内で明かされていない。だが、それがゲームを面白くしていると俺は思う。ナグロクと主人公の関係も気になるばかり。今も考察勢が、日夜自分の妄想を書き連ねている事だろう。


「っと、という事は、俺がナグロクだって事は知られない方が良いか。ラスボスとか以前に禁忌の存在だって噂だしな」


 人間と魔族のハーフ。このラグロ・ラグナの世界の禁忌。ナグロクの考察の中で最も有力なものだ。これが本当なら、勇者との戦いどころではなく、人間総出で迫害されてもおかしくない。勇者とは戦いたいが、別に人間と争いたい訳では無いのだ。極力この事は隠しておくのがいいだろう。

 そんな事を考えつつ、城下町を歩く。子供の賑やかなはしゃぐ声や焼きたてのパンの香りを楽しみながら歩いているうちに、とある事に気が付いた。


「あの家、ゲームだと更地になってたはずだよな。あっちの店は男の人じゃなくてお婆さんが立ってたはずだし……」


 目に付いた違和感。そらで思い出せるほどやり込んだゲームと違う街並みに、一つの仮説が生まれた。


「もしかして、完全にゲームと同じな訳では無いのか?」


 どうもそういう事らしい。ゲームの世界ではなく、ゲームによく似た世界。となると少し話が変わってくる。

 情報収集が必要なのだ。ゲームと全く同じ世界ならやり込みの記憶だけでも何とかなっただろうが、違いがある以上はそうはいかない。下手をすれば、勇者が居ない可能性すらある。


「……情報ならギルドだな。チュートリアルでもそう言ってたし」


 何かを始めるならまずギルドへ。プレイヤーの行動自由度が高いラグロ・ラグナの基本だ。その中でも最初に向かうべき場所、冒険者ギルド。足は自然とそちらに向いていた。

 街の中心部へと、数分歩く。マップは頭に叩き込んであるので迷うことも無い。すぐにお目当ての場所、レンガ造りの塔が無骨さとノスタルジックなオシャレさを両立させた、冒険者ギルドへ到着した。

 緊張を解きほぐすように深呼吸をしてから、扉の付いていない大きな入口をくぐる。中は、喧騒に満ちていた。それはゲームの比じゃない。吹き抜けの大広間にはざっと数えても百人ほどの人たちが見える。卓を囲んだり、壁際で話し込んだり。それはまるで会社のパーティーのようだった。

 そんな中なので、新人が入っていっても気にかける人はほとんど居ない。視線がいくらかこちらを向いて、それから直ぐに戻っていく。こういう展開でお決まりな新人いびりに絡まれることもなく、ギルドの中を歩くことが出来た。


「エルフに、ドワーフ、リザードマン、ワーウルフ……本当に生きてる、歩いてるっ!」


 周囲の冒険者たちに見とれつつ、ギルドの受付へ向かう。せっかくなので、冒険者ギルドに登録しておこう。


「登録料は十ミリスだ」


 いかついおじさんに促されて、ポケットに入っていた硬貨を取り出す。すると、ソレと交換で目の前に一枚の紙が出て来た。


「ほい、ここに名前を書いてくれ。書けるか?」


 頷いてペンを借りる。ゲームだとこのタイミングで名前が決まるのだ。ふざけて『ナグロク』と書きたくなるが、バレても困るので名前そのまま、イツキにしておこう。

 名前を書き終えると、おじさんに紙を渡した。登録と言っても水晶に手をかざしたり使える技を披露するわけではない。本当にただの登録だ。派遣会社よりも簡単で拍子抜けしてしまうほど。


「よし、イツキ。これがお前のギルドカードだ。ギルド経由でこなした仕事や会得したスキルはその中に入力される。紛失した場合は一からになるから気を付けろよ」

「ありがとうございます」

「何か質問は?」


 お、嬉しい言葉。せっかくだし、勇者の事を聞いておこう。


「勇者って、今はどこに居るんでしょうか」

「なんだ、お前も勇者に憧れたって口か? 残念だが、勇者なら数日前にこの街から出て魔王城の方に向かっちまってるな。追いつきたいなら、まずは力をつけるこったな!」

「そうしますね、ありがとうございます」


 小さく会釈をしてギルドを後にする。賑やかな大通りから静かな路地に場所を移し、ふうっ、とため息をついた。


「良かった。勇者と呼ばれる存在は居るんだな」


 ひとまずは安心だ。だが、魔王討伐の為にここを離れたということは、戻ってくるのはだいぶ先の可能性が高い。それまでの間どうするか。考えるよりも先に、答えが出た。


「じゃあ、当分は冒険者として活動すっかな!」


 目標が決まると、途端にワクワクしてくる。この素晴らしく自由な世界、攻略法は無限大だ。

 ゲームのキャッチコピーを思い出しつつ、新たなる人生を謳歌するため歩き出す。まずは腹ごしらえと行こうじゃないか。




「……え?」


 転生してから既に五年は経過していた。すっかりこの世界の生活にも慣れてしまって、未だ魔王討伐の為に旅をしている勇者を待ちつつ、ギルドの掲示板で依頼を眺めている時だ。


「だから、勇者が死んだんだってよ! 魔王城への道でドラゴンにやられたらしい!」


 ギルドに駆け込んできた甲冑姿の男が、その兜を脱ぐなり叫んだのだ。思わず首をひねって聞き返すと、その男を取り囲むように冒険者たちが集まっていった。


「勇者パーティに居た僧侶の話だから間違いねえ! ドラゴンの大群がやってきて勇者に一斉攻撃、亡骸も持って帰られたから復活も無理なんだと!」


 そこから先の話は聞こえてこなかった。気が付けばギルドを飛び出して、街のはずれの城壁まで来ていた。

 勇者が、死んだ。

 その一言が、脳に響いて揺らしてくる。ここに転生してからというもの、それを楽しみに体の使い方なんかを練習しながら生きて来たというのに。


「ああ……どうしよっかな、これから」


 目標が無くなって、気力が失せていくのが分かる。新しいことを始めればいいだけなのは分かっているんだが、いかんせんこれまでの生きる目標を奪われてしまうと、そう簡単に立ち直ることも出来なかった。

 帰ろう。

 そう思い立って、足を動かした。身体能力は地球の時より数十倍は上がっているのに、鉛のように重たい足が、いつまでも家に着かせなかった。

 歩くのも面倒になって、いよいよその場に座り込もうとした、その時だ。


「やだっ! 助けて、誰かっ!」


 甲高い、女性の声がした。最後の方は途切れるようになってしまっている。

 声のした方を見ると、人影のようなものが王都の城壁にかぶさるようにして広がる林の方へ消えていくのが見えた。

 迷った。だが、ほんの少しだけだ。意識になじんだ身体を飛ばして、林へ走る。

 木々の間を切り裂くようにして駆け抜ければ、すぐさま相手に追いついた。


「見えたっ!」


 女の子を引っ張る、三匹のゴブリン。その姿を捉えるや否や、持っていた短剣を振りかざす。ただ力を込めるだけでも、裏ボスの力は雑魚魔物の体を一瞬で真っ二つにした。


「相変わらず脆いな……。大丈夫か?」


 短剣を腰に収めて振り返る。目に入ったのは、水色とグレーの独特なツートンカラーの髪色をした少女。高校生くらいの背格好で、顔はモデルも霞むほど可愛く、ボロボロで彼女の体には合っていないように見える少しぴちぴちの服は、ところどころがほつれて素肌が見えている。

 あまりにも、見覚えがあった。その全てに。


「あ、ありがとう、ございます」


 彼女はお礼の言葉を言いつつ、地面から立ち上がろうとする。その姿に手を差し伸べることもせず、俺は声を震わせた。


「……エリン?」

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