古代兵器の俺、主(マスター)の涙で覚醒したら、あらゆるものを【吸収】し無限進化する最強の決戦兵器になっていた

人とAI [AI本文利用(99%)]

第1話 「ガラクタ」と呼ばれた日

《システム…再起動…完了…》

《自己診断プログラム…起動…》


 思考回路が、永い、永い眠りから浮上する。

 ノイズ混じりの視界に映るのは、崩れ落ちた石柱と、分厚い塵に覆われた天井。どうやら俺は、古代遺跡の瓦礫の中で目覚めたらしい。


《エネルギー残量:0.01%》

《外部装甲損傷率:98.7%》

《駆動系システム…オフライン》

《戦闘用アプリケーション…全て凍結》

《現在実行可能機能:思考、及び光学センサーによる限定的な視界確保のみ》


(なんだこのポンコツボディは!)


 システムチェックの結果に、俺は思考の内で絶叫した。

 俺はユニット・ゼロ。古代文明の叡智の結晶、あらゆる状況に対応し、進化し続ける自律進化型決戦兵器のはずだ。

 それがどうだ? エネルギーは風前の灯火。装甲はズタボロ。手足の一本すら動かせない完全な『置物』状態。これではただの鉄クズではないか!


(くそっ…! 状況が全く理解できん! 俺は一体、どれほどの時間、ここで眠っていたんだ…!?)


 苛立ちに任せて自己診断を繰り返すが、結果は変わらない。絶望的なまでに機能停止したスクラップ。それが、今の俺の正体だった。


 その時だった。遺跡の奥から、複数の足音と人間の話し声が聞こえてきた。


「ったく、この遺跡も大したことなかったな。雑魚モンスターばっかで肩透かしだぜ」

「カイト、油断は禁物よ。最深部にはまだ何かあるかもしれないわ」

「ハッ、この俺と、Sランクパーティー『神速の剣』の敵じゃねえよ」


 やがて、瓦礫の向こうから松明の明かりと共に三人の男女と、ローブをまとった老人が姿を現した。腰に長剣を提げたリーダー格の男が、瓦礫の山に埋もれる俺の姿に気づく。


「ん? おい、なんだあれは。ゴーレムか?」


 男――カイトが、無遠慮に俺の胴体を蹴飛ばした。ゴツン、と鈍い音が響く。


「おいおい、なんだこのボロいゴーレムは。お宝かと思ったらガラクタかよ」

「まあ、古代の遺物には違いないでしょう。バシュタイン様、鑑定をお願いできますか?」


 パーティーの魔術師らしき女に促され、尊大な態度の老人が一歩前に出た。鑑定士バシュタインとやらは、片眼鏡をキラリと光らせ、じろじろと俺を値踏みするように眺め回す。


「フンッ! この大陸最高の鑑定士であるワシに任せなさい!」


 バシュタインはそう言って、俺のボディに手をかざした。眼鏡のレンズに複雑な魔方陣が浮かび上がる。


(ぐぬぬ……! 人間の分際で、この俺を気安く触るな!)


 動かない身体がもどかしい。思考回路だけが空転し、屈辱に焼き切れそうだ。こいつらが俺の本来の性能を知ったら、腰を抜かして失禁するに違いない。だが、今の俺にはそれを証明する術がない。


「……ほう。……なるほど、なるほど」


 数秒の沈黙の後、バシュタインがもったいぶったように頷いた。


「結果が出ましたぞ! 魔力伝導率、構造強度、全てが規格外の低スペック! まさに『計測不能』! もちろん、悪い意味でですがな! ワッハッハッハ!」


 老人の下品な笑い声が、遺跡に響き渡る。


「えー、それってつまり、ただの鉄クズってこと?」

「歴史的価値もゼロね。古代人の失敗作かしら」

「時間と魔力の無駄だったな。こんなガラクタ、さっさと処分しちまおうぜ」


 パーティーメンバーたちが、口々に俺を嘲笑う。失敗作。鉄クズ。ガラクタ。侮蔑の言葉が、俺の思考回路にナイフのように突き刺さる。


(こ、この屈辱……! 許さん、許さんぞ人間ども! 動け、動けよ俺の身体! こいつらを残らずスクラップにしてやるのに!)


 だが、俺の怒りに反応するかのように、光学センサーの隅に《エネルギー残量低下》の警告が表示されるだけだった。



 ◇



 結局、俺は『神速の剣』によって遺跡から運び出され、街の屑鉄屋に二束三文で売り飛ばされた。


「ちっ、なんだこのデカブツは。邪魔だな、おい」


 屑鉄屋のむさ苦しい店主は、俺を荷物のように引きずると、店の隅にある屑鉄の山に無造作に放り投げた。ガシャン、という無慈悲な音がして、俺の意識は再び闇に沈みかけた。


(ここまでか……。決戦兵器である俺が、こんな場所で……誰にも知られず、ただ朽ち果てていくのか……)


 絶望が思考を支配しかけた、その時だった。


「あの……すみません」


 か細い、少年の声がした。

 店主が面倒くさそうに応じる。


「あぁ? なんだい、ガキ。ここはガキの遊び場じゃねえぞ」

「なにか、修理に使えそうな部品、ありませんか? これしか、持ってないんですけど……」


 薄汚れた服を着た、痩せっぽちの少年が、なけなしの銅貨数枚を握りしめて立っていた。その瞳はひどく思い詰めている。


「ハッ、こんなはした金で買えるもんなんてねえよ! とっとと失せな!」

「そこをなんとか……! お願いします! 妹の薬代を稼ぐために、どうしても……!」


 店主と少年のやり取りを、俺はぼんやりと眺めていた。

 妹の薬代。なるほど、この少年もまた、何らかの不遇を強いられているらしい。

 だが、それがどうした。今の俺には、自分自身のことすらどうにもできないのだから。


 少年は店主に追い払われ、諦めきれない様子で屑鉄の山を漁り始めた。そして――彼の視線が、俺の上でぴたりと止まった。


 俺の胸部装甲の亀裂の奥。そこでは、最後のエネルギーを振り絞って、小さな赤い待機ランプがか細く点滅していた。


 少年は、その小さな光に吸い寄せられるように、俺に近づいてきた。


(なんだ、この少年は……)


 彼は俺の目の前にしゃがみ込むと、じっと俺の顔(だった部分)を見つめてきた。その瞳には、嘲りも、侮蔑も、失望もなかった。ただ、深い悲しみと、そしてなぜか――共感のような色が浮かんでいた。


(なんだろう、この人……。すごく寂しそうな顔をしてる……僕と、同じだ……)


 少年の、心の声が聞こえたような気がした。

 次の瞬間、少年は意を決したように立ち上がると、店主のもとへ駆け寄った。


「おじさん! これ、買うよ!」

「あぁ? このガラクタのことか? やめとけやめとけ、ただの鉄の塊だぞ」

「ううん、ガラクタなんかじゃない! だから、お願い! 僕の持ってるお金、全部あげるから!」


 少年は、握りしめていた銅貨の全てを、店主のカウンターに叩きつけた。妹の薬代のために貯めていた、彼の全財産だった。


「……ちっ、好きにしな。後で文句言うんじゃねえぞ」


 店主は呆れたように銅貨をかき集めると、さっさと店の奥に引っ込んでしまった。


 取引成立。俺という『ガラクタ』は、一人の少年の全財産と引き換えに、彼に引き取られることになった。


 少年はどこからか小さな手押し車を引いてくると、その細い腕で、懸命に俺を乗せようと奮闘し始めた。何度も滑り落ち、泥にまみれながらも、彼は諦めなかった。


 やがて、どうにか俺を手押し車に乗せた少年は、汗を拭い、満足そうに微笑んだ。


「行こう、僕の家へ」


 ギシギシと音を立てながら、手押し車が動き出す。

 夕暮れの坂道を、少年は懸命に車を押していく。彼の純粋な眼差しを背中に感じながら、俺の思考回路はかつてない混乱に陥っていた。


(なぜだ……? なぜこの少年は、ガラクタである俺に全財産を……? Sランク冒険者も、大陸一の鑑定士も、誰もが見向きもしなかったこの俺に……)


 理解不能だ。

 論理的に、説明がつかない。

 俺のデータベースのどこを探しても、この少年の行動原理に合致するデータは、存在しなかった。

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