第7話 洗濯かごに義妹のアレが入ってる

「……」


 翌日の朝。午前10時ごろ。


 今日も講義は午後からだったので、とりあえず溜まっている洗濯ものを片づけようかと洗濯かごに手を伸ばした瞬間、事件は起こった。


 ちなみに一応説明しておくと、家の構造上、洗濯スペースと洗面所、そして風呂は一連の導線で結ばれている。


 洗濯かごが置いてあるのは風呂場の入口横だ。


 まずはここへ無作為に投げ入れられたクシャクシャの衣類等を回収し、汚れの具合に応じて仕分けするところから仕事は始まる。


「……」


 美桜は僕が目覚めた時にはもういなかった。


 たぶん今日もバイトなんだろう。

 結局、なんの仕事をしているとかそういう具体的なことはまだ聞けていない。


 と、いうより。

 昨日からほぼまったく、義妹とは会話をしていない気がする。


「僕は、いったいどうすれば……」


 最後に風呂へ入ったのは志村美桜(19)だ。僕は昨日、夕飯の支度をする前にシャワーを済ませている。


 つまりだ。


 洗濯ものの山の頂上。

 神々しく鎮座する、脱ぎ捨てられたソレらの聖衣は……


「落ち着け。まずは落ち着くんだ、圭」


 幸い、最初に目に入ったのは上着だ。

 義妹が昨日着ていた、薄い水色のブラウスがフワッと置いてある。


「大丈夫だ。僕はまだ、なにも見ていない」


 ここまでは倫理的にセーフのラインだ。問題ない。ただ、この先へ進むにはかなりの勇気がいる。


「むしろ、美桜のだけ洗わないという選択肢もあるか……」


 ブラウスで優しく全体を包んで、そっと脇に一旦置く。そのあと自分の洗濯物だけを選び、洗濯機へ投下。


 そして再び、聖衣をかごへ戻す。

 これならイケるんじゃね?


「いやいや。ブラウスのすぐ下に下着があるとは限らんだろ」


 一度目視したいところではある。ただそれをやってしまうと本末転倒だ。


 でも確認もせずに持ち上げ、万が一掴み損ねて隙間からハラリハラリと落下してもらってもめちゃめちゃに困る。


「僕のだけ洗うってのがそもそも間違ってる?」


 そうだな。それがそもそもおかしいって話だ。


 自分の洗濯物だけがかごに取り残され、洗われていないと気付いた時点でアウトだろう。見たり触れたりしていなくとも、必ず「変態ッ!」と言われるのがオチ。


 その場合、実際どう扱ったかは問題ではない。疑わしきは罰せられることが必至だ。


「うーん。でも、洗濯物は溜めたくないんだよなぁ……」


 ここは兄らしく、泰然自若・無我の境地で全部一緒にウォッシングしちゃう、という選択肢が正解な気がしてきた。


 だって洗濯はどうせしなきゃいけないだろ?

 いちいち別々で洗濯をするなんて効率的にも経済的にもメリットがない。


 迷うな、圭。

 だって僕らはもう、家族じゃないか。


 母さんのパンTを洗う時、僕は興奮するか?

 いや、しない。まったくしない。だってアレは、ただの当て布だから。


 母さんのEカップブラザーを洗う時、僕は息を荒げるか? いいや、荒げない。だってアレは、ただの乳の固定装置だから。


 同じじゃないか。


 家族の下着を洗濯するのはただの家事。日常。そこには感動も刺激もない。ただ義務的に、こなすだけの作業。


「ふっ。僕としたことが。無駄な時間を過ごしてしまったようだな」


 こんなつまらないことで悩むなんて。僕もまだまだ子供だな。

 

 問題ない。さっさと終わらせよう。

 掃除機もかけなきゃいけないし、僕は講義がない午前中もなにかと忙しい。


 さて、と。


 それじゃあ、かごの一番上に乗ってるブラウスを持ち上げてっと……


「おっ! 美桜のやつ、なかなか情熱的な赤パン……」


 ん?


 なんか玄関先からガチャガチャ聞こえるな。


 そのままドタドタとこちらのほうへ近づく激しい足音が迫る。


 そして、対敵する。


「い、い……」


 えっ!? 美桜!?

 なんで? バイトに行ったんじゃなかったのか!?


 ああ。もしかして早番だったのか。


「あ、おかえり。はやかっ……」


「いやあああああ!!」


 美桜のスナップの効いた強烈な平手打ちが、僕の頬を的確に捉えた。また次の瞬間にはもう、僕の手の中にあった“お宝”はしっかりと美桜に強奪されていた。


「えっちッ! バカッ!! 変態ッッ!!!」


「ちょっ! 僕はただ洗濯をしようと思っただけで……」


 打たれた頬を押さえながら、僕は自己の正当性を主張した。


 ああ、痛ってぇ。

 女の子にビンタされたのなんて、人生で初めてだよ!


「普通そういうのって、本人に確認してからやるもんでしょうが! ナニ勝手に洗おうとしてるのよッ!」


 めちゃめちゃ怒っている。

 顔、真っ赤だ。


「いやだって。連絡先、知らないし……」


「もう! お兄ちゃんなんだから、そういうの早めにそっちから聞いてきてよ!」


「えっ?」


 なんか意外な答えが返って来た。

 言うてもまだそこまで仲良くもなっていないから、そういうの教えてくれないのかと思ってこちらから聞くのを躊躇してたんだ。


「い、1回しか言わないんだから。ち、ちゃんと、覚えてよね……」


 ああ、もしかして電話番号教えてくれんのか?


 それは助かる。


 大丈夫だ、美桜。

 僕はこれでも、短期記憶には自信がある。





 朝慌てていて、洗面所にスマホを忘れたんだそうだ。


 それで慌てて取りに帰ってきたところで僕と鉢合わせてしまった、というのが今現実で起こった事の答え合わせだった。


「案外、おっちょこちょいなんだな」


 彼女は僕に連絡先を教えたあと、自分が脱ぎ捨てた服や下着を洗濯かごからすぐに回収。自室へ持っていき、そのまま慌ただしく家を飛び出して行ってしまった。


 自分で洗濯するつもりなのかな?

 凄く頑張り屋さんなのか、義妹はこの家に来てからずっと忙しそうだ。


 常に時間に追われている。

 大体いつも「いま何時?」か「ヤバい!」しか言ってない気もする。 


 全然、頼ってくれていいんだけどな。


 僕にやましい気持ちなんて1mくらいしかないから、全然任せてくれていいんですけどね。兄としてそこはしっかりやらせていただきますよ。うん。


「まぁ、別にどっちでもいいんだけどね」


 あ、そうだ。

 忘れないうちに、今日の帰宅時間と夕飯はなにがいいかだけはショートメールで聞いておこう。仕事に入っちゃったら返信できなくなるかもだし。


 :今日何時に帰ってくる? 夜ご飯はなにがいい?


 秒で返信があった。



 :今日はお泊りだからいらない



  はぁぁぁぁ????

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