とりあえずラブコメ ~俺とアカリとユイのカオスな日常~
とっきー
第1話 とりあえず隣の席になりました
四月。春の匂いが校庭の桜といっしょに風に乗って流れ込んでくる新学期の朝。
俺――春海ユウトは、ホームルーム開始ぎりぎりの教室に滑り込みながら、心の中で深いため息をついていた。
理由はひとつ。
席替え。
これまでの人生、席替えに関してだけは、なぜか運命に嫌われてきた。
黒板から一番遠い列の一番後ろ。
あるいは窓側の“先生からギリ見えないけど陽がめっちゃ当たる席”。
あるいはエアコンの直撃で絶対に風邪を引く席――
とにかく、快適な席は一度たりとも引いたことがない。
今日も覚悟はしていた。
どうせまた端っこの席で、ひっそり3年間を終えるんだろう、と。
しかし。
「席順、これでいきまーす。文句は受け付けませーん」
担任が読み上げた席順表を見た瞬間、俺は思わず机を二度見した。
2列目、真ん中あたり。
しかも、隣が――
「今日から隣の席です! よろしくね、春海くん!」
ぱあっと光が差すみたいな声がして、横を見る。
そこにいたのは、
クラスの中心で輝き続ける太陽みたいな女の子――星野アカリ。
髪は肩にかかるくらいの長さで、光に透けるとほんのり金色が混ざる茶髪。
長すぎず短すぎず、ゆらっと揺れるたびに誰もが一瞬視線を奪われる。
笑えば周囲の空気まで明るくなるようなタイプで、男女問わず人気がある。
噂によれば――
・男子の3分の2が彼女を好き
・女子にも「天使」と呼ばれている
・告白の成功率は0%(そもそも“誰にもなびかない”)
……などなど、良い意味でも悪い意味でも“学校の看板”みたいな存在だ。
そのアカリが、
なぜか俺に向かって、両手を振って全力スマイル。
「え、あ……よろしく」
俺が固まった声で返すと、アカリはさらに距離を詰めてきた。
「春海くんって、休み時間なにしてるの?」
「え、いや……普通に、スマホ見たり……?」
「そっか! じゃあ一緒に見よ!」
近い。
距離が。
物理的距離が近い。
いや、気のせいじゃない。
机と机の間にあるはずの“個人スペース”が完全に消滅している。
アカリは軽く身を乗り出して画面を覗き込み、
俺が何気なく開いた天気アプリに、なぜか感動していた。
「今日、晴れるんだ~。
ね、春海くんは晴れの日好き? 雨の日好き?」
「え、あ……晴れ、かな……」
「わかる! 晴れって気持ちいいよね!」
そんな普通の会話すら、彼女とだと漫画みたいに弾む。
そして問題は、俺たちの会話よりも、周囲の反応だった。
後ろの席の男子──通称・“観察好きの高橋”が小声で言う。
「……おい見ろよ……星野が……あいつと……」
「なんで春海なんだよ……昨日まで俺のこと名前で呼ばれてたのに……」
「おいおい、あれ距離近くね? やっぱアカリちゃん天使か?」
「天使だけど……あれは天使が一人だけに微笑んでる距離じゃん……」
ざわっ……
教室内の空気が一瞬で不穏に揺らぐ。
まるで“春海ユウト=星野アカリの隣”という事実を認めたくない男子たちの怨念が渦巻いているようだった。
いや、違う意味で背筋が寒いぞこれ。
女子からもひそひそ声。
「星野さんって、隣の人にあんな感じだったっけ?」
「いや、なんか……今日特別じゃない?」
「なんか楽しそう……いいな、あれ」
アカリ本人はそんな周りの視線などまるで気づいていない。
無邪気に俺を見上げて、また笑う。
笑顔が武器級に強い。
「春海くんって、席どこが良かったの?」
「え、あー……まあ、どこでも……」
「じゃあここでよかったね! 私の隣だし!」
「……え?」
「うん、隣の席って仲良くなるチャンスじゃん?
春海くんって、なんか話しやすそうだから嬉しいな」
嬉しい……?
俺なんかの隣で、嬉しい……?
いやいやいや、落ち着け。
これが“陽キャの通常営業”というやつだ。
向こうに深い意味はない。
決して俺に興味があるとかそういうわけじゃ――
「春海くんって、見た感じ静かだけど……
ほんとは話すと面白い人なんでしょ?」
「え、いや、どうだろ……」
「じゃあ今日からいっぱい話そう!」
完全に俺の心の読解を上回ってくる。
太陽みたいな笑顔を向けられて、
ドキッとしないほうが無理だろ。
男子全員、よくこれに耐えられてるな。
……いや、耐えられてないのか。
背後から感じる視線が痛い。
そんなこんなで新学期初日、
俺は学んでしまった。
とりあえず言えるのは一つだけ。
俺の高校生活――
絶対、平凡じゃすまない。
むしろ、この瞬間からもう何かが動き始めている気がする。
太陽みたいな女の子が隣に座っただけで、
こんなにも世界が変わるなんて。
まだ何も始まっていないのに、
なぜか胸がざわつく。
そして、かすかに期待する。
――“もしかしたら”って。
そんな春の始まりだった。
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