一つしかない真実
森本 晃次
第1話 プロローグ
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、説定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ちなみに世界情勢は、令和6年8月時点のものです。お話の中には、事実に基づいた事件について書いていることもあれば、政治的意見も述べていますが、どちらも、「皆さんの代弁」というつもりで書いております。今回の事件も、「どこかで聞いたような」ということを思われるかも知れませんが、あくまでもフィクションだということをご了承ください。
探偵小説であったり、推理小説などの、
「ミステリー」
といわれるジャンルは、小説であったり、ドラマなどで、
「謎解き」
であったり、
「トリック」
などというのを、いかに駆使するか?
といわれる、
「本格派」
と呼ばれるものと、
「それ以外のものを、
「変格派」
といわれるようであるが、その変格派と呼ばれるものの中には、
「社会派推理小説」
と呼ばれるものがあり、その中には、
「社会情勢によって翻弄される人間の杞憂が含まれていたりする」
というものもある。
そもそも、
「殺人事件」
などという凶悪事件には、衝動的や、偶発的なものでない限り、
「殺害動機」
というものが存在し、それが、殺意となり、事件が起こるというものだ。
だから、犯人が事件を起こす際、犯行をごまかすために、
「トリック」
を用いたり、謎を残すということで、捜査をかく乱し、自分の罪から逃れようとする。
それを探偵や刑事が捜査し、それによって得られた情報をもとに推理が行われ、
「犯人究明」
ということになるのだ。
実際に、殺人事件などというのは、
「日本のどこかで、毎日のように起こっている」
ということであるが、不思議なもので、
「人生で、殺人事件に遭遇するなどということは、一度でも珍しい」
といわれるのに、そんなに事件が多いというのも、実に不思議なものである。
実際に、東京都内などでは、
「一日に、変死体が10体近く上がる」
ということで、
「変死体というものが発見されれば、司法解剖に回す」
というのが当たり前である。
つまり、
「一日に、東京だけで10体と考えると、一年間で、3,600体の死体」
という単純計算ということになる。
「成人してから約50年間」
と考えても、その間、約20万近くの変死体と東京都内だけで、遭遇する可能性があるということだ。
それを考えると、
「殺人事件」
であったり、
「変死体の発見」
というものを、一生のうちに一度もないというのが当たり前のように言われているというのも、確率から考えると、おかしなものだといえるだろう。
だからといって、
「まるで刑事ドラマの主人公のように、毎週、殺人事件に遭遇している」
などという人も聞いたことがない。
さらに、刑事ドラマなどで、よく、
「証人探し」
ということで、聞き込みなどを行っているのを見るが、
「今までに、刑事に聞き込みをされたり、参考人ということで、警察に出頭を要求されたりなどということもない」
といえる。
しかし、事件は確実に起こっている。
それは、ニュース番組であったり、新聞がなくならないのが、その理由として挙げられるだろう。
確かに、情報番組というのは、最初から、テーマを決め、企画して制作されたものであるが、定期的な時間帯によるニュースというと、
「地元で起こった事故や事件」
ということで、もちろん、殺人事件には限らないが、数件の事件が起こっている。
コンビニ強盗であったり、交通事故などというものがそうだ。
事故の場合は、殺意があるわけではないので、事件とは分類されるが、考えてみれば、その事故であっても、遭遇するというのも、まれなことである。
これも、一種の、
「あるある」
といってもいいかも知れない。
そういえば、数年前、世界を震撼させた、
「世界的なパンデミック」
というものがあった。
日本でも、その伝染病は蔓延し、政府による、
「緊急事態宣言」
などというものが発表され、その宣言をもとに、
「蔓延防止」
を目的とした、
「人流抑制のための、休業要請」
というものが出されるほどの、パニックだった。
毎日のように、マスゴミから、
「本日の新規感染者数」
と、
「現状の感染者数」
などというものが、自治体単位で発表されていた。
実際に、多い時には、東京、大阪などのマンモス都市ではないが、県庁所在地となるくらいの大都市において、
「五万人」
という単位くらいで、
「新規感染者」
というものがあったという。
実際に、人口が、
「50万人」
ということであれば、
「一日で、市民の10人に一人が感染」
ということになる。
「最大で5万人ということなので、極端な数字」
なのかも知れないが、それでも、平均が
「1万人だった」
としても、単純計算で、
「2か月も経たないうちに、市民全員が感染している」
ということになる。
しかし、実際には、
「一度も感染していない」
という人が結構いる。
普通伝染病というと、
「一度感染すると、免疫ができるので、次に感染する可能性は、ゼロではないが、限りなくゼロに近い」
といわれている。
そういう意味では、このウイルスは、感染力が強いということで、
「一度罹った人が治って、再度罹る可能性は他のウイルスよりも、高い」
といわれていた。
そんな伝染病であるが、
「やはり、再度罹るという人は、若干多いが、それでも、まれな方だ」
ということで、逆に、2度以上罹った人への注目度は高かった。
そういう意味で、
「新規感染者」
というのは、その名のごとく、
「本当に初めての感染」
ということで、その数の累積が、本当に罹った人の人数といっても、過言ではなかったのだ。
それを考えると、
「事故や事件との遭遇」
ということよりも、さらにシビアに感じられる。
つまり、
「これだけ毎日感染者数の発表があるのに、自分のまわりに、新規感染者だけではなく、感染したことがあるという人も一人もいない」
という人が結構いるのは珍しいものだ。
実際に、
「会社で誰一人として感染者がいない」
というところも結構あったようで、実際に、
「一番蔓延がひどかった時期、一人でも感染者が出ると、10日近くは、休業しなければいけない」
ということで、実際に街では、宣言が出ているわけではないのに、シャッターが閉まっているところが多かった。
「感染者が出たため」
という貼り紙としての休業であるが、
「正直に話をしても、問題にならない」
というほどに、社会全体に蔓延していたということである。
ほとんど蔓延していないのであれば、普通であれば、悪いことだとは分かっていながら、信用問題にかかわるということで、
「隠蔽工作」
というものを考えて不思議はないからだ。
何しろ、実際に、
「世界的なパンデミック」
が発生した、その2,3年くらい前に、
「食品などの、表記偽装」
というのが、発覚して、問題になったことがあった。
「賞味期限の偽装」
であったり、
「産地偽装」
などという、
「瑕疵表記」
といわれるもので、どこか一つが発覚すると、
「出るわ出るわ」
毎日のように、
「今度は、別の食品会社で、瑕疵表記が発覚しました」
と、それこそ、
「ニュースソース」
というものが、不足することはないというわけであった。
だから、本来であれば、
「何かあれば、隠蔽しよう」
というイメージが強かったが、
「世界的なパンデミック」
というのは、そんな一企業における隠蔽工作など問題にならないというほどの、大きな社会問題だということである。
「自分の会社で、感染者が出ていない」
という人が多いというのは、結構言われていたものだった。
それを起因として、
「自治体が、感染者数と水増ししているのではないか?」
という、まるで、
「陰謀論的な話」
というものが起こったことがあった。
「感染者を水増しすることで、何が起こるというのか?」
ということに関しては、ハッキリとした損得は分からなかったが、だからこそ、
「どこかの、感染者を水増しすることで利益を得る」
ということが、目に見えないところで暗躍していると考えると、
「そもそも、この世界的なパンデミック時代が、何かの陰謀から出てきたものではないだろうか?」
という説もあったりする。
それが、
「ワクチン接種」
ということへの、陰謀論という形になったのだ。
「おそらく、どこかに、ワクチン推進で得をする組織があるんだろう」
というような話であった。
もちろん、
「表面上」
ということであるが、
「世界的なパンデミック」
という危機は去ったといってもいいが、それは、あくまでも、
「世間が騒がなくなった」
というだけで、実際に、感染者が絶えることはない。
これも、陰謀論の中の一つだと考えれば、考えられないこともない。
つまりは、
「疑えば、どこまでも疑うことができる」
ということになるだろう。
ただ、やはり、
「これだけの感染者数のわりに、自分のまわりに感染者がいない」
という人が結構いるというのは、おかしなものだ。
考えてみれば、
「季節性の伝染病」
ということで、冬の時期に流行する、
「インフルエンザ」
というものは、
「流行りだして、会社で誰か一人が感染した」
ということになると、
「一週間も経たないうちに、一つの部署の半分近くが感染した」
というのも、珍しくはなかったりする。
だから、学校などでは、
「学級閉鎖」
であったり、ひどい時には、
「学校閉鎖」
というものが行われたりするのであった。
「世界的なパンデミック」
というのは、それ以上のひどいものであったが、自分のまわりにいないというのは、確かにおかしい。
ただ、
「それだけ皆が感染対策をしている」
ということなのだろうが、それでも、
「感染者数と、実際のまわりの状況」
というものを考えると、
「明らかにおかしい」
といえるのではないだろうか。
インフルエンザと、今回の、
「世界的なパンデミック」
の大きな違いというと、
「ワクチンや特効薬の有無」
ということであろう。
そもそも、伝染病が発覚し、そのワクチンを作るとなると、かなりの、
「臨床試験というものが必要」
とされるだろう。
「海のものとも山のものとも分からない」
という伝染病ではあるが、だからこそ、
「ワクチン効果」
だけに限らず、
「新規のワクチン」
ということで、アレルギーなどによる、
「アナフィラキシーショック」
によって、死に至らしめるということになれば、それこそ、本末転倒ということであろう。
つまりは、
「感染予防ということで摂取するワクチンが、体内にあるものと副反応を起こし、伝染病とは関係ないところで死に至る」
ということになるのだ。
だから、本来であれば、
「数年にわたって、臨床試験を十分に行う」
というのが当たり前なのに、
「パンデミック」
というものが起こって、たったの一年で、全世界にワクチン配布ということになったのだ。
それこそ、
「ワクチンにての利権」
などということからの、
「陰謀論」
というものが出てきたとしても、それはそれで致し方ないといえるだろう。
実際に、
「おかしな現象」
ということで、
「まわりでは流行っていることが、自分の身近では、ほとんど見られない」
という現象は、不謹慎ではあるが、
「面白い」
といってもいいだろう。
そこに、何かの
「エビデンス」
というものがあるのか、それとも、一種の。
「都市伝説」
ということで、
「根拠はないが、現実にはそうだということで、にわかに話題となる」
ということなのだろうか?
どちらにしても、
「事故であったり、事件」
というものも、
「っ世界的なパンデミック」
というものにおける、
「感染者数」
というものなどが、
「自分にあまり関係ない」
ということで、蚊帳の外に置かれていることが多いということは、
「何かを暗示しているのではないか?」
とも考えられるが、それを証明するすべは、どこにもないといってもいいだろう。
それこそ、
「陰謀論」
というものに近いといってもいいのかも知れない。
実際に、
「事故や事件」
というものでも、今回の、
「世界的なパンデミック」
というものにおいても、
「少なくとも、一度は誰もが感じたことがあるのではないか?」
というような、一種の、
「都市伝説のような発想」
というものを考えていくと、実に面白い。
確かに、
「事故や事件」
さらには、
「世界的なパンデミック」
というと、その裏には、必ず、
「死」
というものが隣り合わせであるということから、不謹慎ではあるが、逆に、
「この都市伝説から、不謹慎だということで、目を背けてもいいのかどうか?」
ということではないだろうか?
実際に、
「死」
というものから、人間は逃れられないものだということで、皆、最後にはその死を受け止めるということになるだろう。
それを考えると、
「死に至った経緯」
というものを、別の角度から分析することで、
「死」
というものを明らかにし、
「死者に対しての、経緯と、供養」
という形で考えることもできるのではないか?
そんな考えもあるといえるだろう。
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