また逢う日まで
裏世界。
喫茶店近くの道路。
そこにいたのはジム・アンダーソンだった。
彼は道端で筋トレをしていた。
腕立て伏せをしていたのだ。
武宮は彼を見て、安堵したように笑った。
「相変わらずだな。ジム」
「お、タケミヤボーイ。ついにきたな!」
そういって、彼はトビウオのように飛びあがり、つま先で着地する。最後まで変わらないジム・アンダーソンに頬を綻ばせる。
彼は肩甲骨を動かすように肩をぐるぐると回しながら言った。
「すべてタケミヤボーイに聞いたんだろ?」
「全部聞いたよ。お前たちのことも、どういう存在なのかも」
彼らは英雄の残滓である。
つまり、これは武宮とジム・アンダーソンの別れの儀式だ。
それをわかったうえで武宮はここに来たのだ。
ジムとの特訓は道で行っていた。
なにもないただの通路の端である。
彼は遠い過去を見るように、灰色の空を眺めて珍しく神妙な面持ちで尋ねた。
「ハヤトボーイは行ったか?」
それは、彼の消失を意味しているのだろう。
「ああ」と武宮は肯定するようにうなずく。
「そうか。彼が一番長いからな。ようやく囚われの身から解放されたか」
それが何を意味しているのか。
武宮は察した。
いちばん長いというのは、始原の英雄という二つ名通りだろう。
英雄は全員違う時代を生きていた。神代隼人がすべての始まりだったのだろう。
武宮はジム・アンダーソンに向き合う。
彼と共に歩んできた道を惜しむように言った。
「なあ、ジム」
「なんだ? タケミヤボーイ」
「一緒に筋トレしないか?」
武宮はそんな提案をした。
最後の思い出作りはやはり筋トレである。
「ナイスな提案だぜ! タケミヤボーイ!!」
ジム・アンダーソンはサムズアップで了承してくれる。
そこから2人は筋トレを始めた。
武宮は腹筋をする。
ジム・アンダーソンは腹筋をする。
同等のペースで腹筋をするのだ。
彼は腹筋をしながら訪ねてくる。
「タケミヤボーイ? 筋トレは楽しいか?」
「ああ、そうだな。悪くない」
武宮にとって新たな趣味と呼べるべきものが見つかった。
なにもない空っぽの武宮にとって、はじめて愛すべき趣味が見つかったのだ。
それは武宮にとって欠けていたもののひとつだったのだ。
趣味なんて持てたことがなかったからだ。
「タケミヤボーイ。俺はオマエを信じてるんだぜ?」
「信じてる?」
「そうさ。本物の俺たちと世界を変えてくれる。世界を救ってくれる。そんな英雄になれるとな」
その言葉に武宮は気まずさを感じる。
武宮は強くなりたいだけだからだ。
「言ったろ。俺はそんな凄い人間じゃない。英雄のように動けない」
「だとしてもだぜ! きっとなれる! 英雄に! そんな予感を感じるのさ!」
そういって、彼は腹筋を止めた。
武宮もまた、真似をするかのように腹筋を止める。
「ジム。俺は英雄になれるような器じゃない」
「……タケミヤボーイ」
「だけど、オマエたち英雄となら俺も何者かになれる。そんな気がする」
「……」
「俺が本物の英雄を解放する」
武宮がそう言うとジム・アンダーソンは安心したように笑った。
「HAHAHA、最後くらい笑顔を見せてほしいものだね!!」
彼はサムズアップをする。
武宮は小さく笑った。作ったような笑みだ。
「ああ、笑顔はいいものだ。だろ?」
「ザッツグレイト! その通りだ!」
そのまま、ジム・アンダーソンも溶けて消えていく。
まるで世界に溶けるように消えていくのだ。
★
そこは道路を少し歩いた先にある空き地だった。
なんとなく、そこにいるような気がした。
似たもの同士、感覚も似ているのかもしれない。
「ソジュン」
「お涙頂戴の別れは不要ですよ」
彼は冷めたような口調で前置きをしてつづける。
「俺はあなたに利益しか感じないんです。本物の英雄を解放してくれる。そんな期待しかあなたに持てない。利己的な人間ですから」
ソジュンは眼鏡をくいっと上げる。
ひとつ、口をつく。
「ですが、そこそこの付き合いです。忠告してあげます」
「ソジュンはそういうノリが多いな」
「俺のサガというやつですよ」
彼は無機質な真顔でつづけた。
「俺は自己中心的で傲慢で、とても冷酷で、人の命をなんとも思っていない。人の心を簡単に踏み砕く」
「…………」
「本物の俺は最悪です。人間の敵といっても過言ではありません。会話は成立しない。俺が無理やり成立させることもありますが」
「それは」
武宮はそれを否定する術を持ち合わせていない。
本物の英雄と会ったことがないからだ。
「だから俺を解放するときは気を付けてください」
彼は酷く無機質な目でつづける。
「容易に裏切る。容易に人を切り捨てる。それが『知の英雄』ソジュンです。利己のためなら容赦はしない。どこまで独善的な怪物ですから」
「俺はそんなことをしないと思うが」
「するんですよ。目に見えている情報がすべてではない。俺を疑いなさい。俺を警戒しなさい。いつでもソジュンは裏切りますから」
彼はそう言うと消えていく。
「俺はいつでも消えることができたんですよ」
彼は消えながら、言葉を残す。
彼だけはこの世界に心残りなんてなかったらしい。
「嘘つきソジュンに気をつけなさい」
ほかの英雄は救済を求めているようだった。
地縛霊のような心残りが彼らをこの世界に縛り付けている。
しかしながら、1人だけ噓つきがいた。
ソジュンだけは違った。彼だけはこの世界に心残りなんてなかったらしい。
どうして、彼だけ未練もなく残ることができたのか。似たものである武宮には理解できた。彼は自分自身を”未練がある英雄”とだましてこの世界に居座っていたのだ。
自分自身すらだます大ウソつきである。
まさに嘘つきソジュンだろう。
武宮は彼の言葉とは裏腹に少しだけ楽しみになった。
本物のソジュンがどんな人間だったのか見てみたくなったのだ。
★
シャルロッテ・ヘルマン。
彼女はソジュンが消えた瞬間に屋根の上から高らかに笑った。
「ふははっ、武宮ではないか!!!」
そう言って彼女は民家の屋根の上から降りてくる。
すたっと着地して、中二病のように眼帯を押さえた。、
「武宮、ずいぶんと格好良くなったな!」
「そうだろうか?」
武宮は最後まで格好いいがいまいちわからなかった。
格好いいとは何なのか。
筋トレや戦技などさまざまな学びを得たが唯一理解できなかった項目である。
「格好良いとは何か? そんな顔をしているな! 武宮!」
「よくわかったな」
「四カ月半の長い付き合いだ。オマエのことも少しくらいわかるようになるさ」
そう言って彼女は自分の軍服帽子のつばを触った。
「格好いいとは何か。言ってみろ。武宮」
「それは…………」
武宮は思い出す。
教科書を読み上げるように言い放った。
「雰囲気じゃないのか?」
当初何度も繰り返しシャルロッテが口にしてきたことだ。
なによりも雰囲気が大事らしい。
ふわっとしたものだった。そのせいで頭のなかで具体化できていない。
雲をつかむような話だった。
「ああ、そうだな。じゃあ、今日は最後のレッスンだ。もう一つ踏み込んでみよう」
シャルロッテは大人びた顔になる。
背丈は子供だ。
顔つきだって子供だ。
だというのに、大人のお姉さんのような大人びた表情で、優しい声音で言った。
「どうしてだろうな? 恰好良い雰囲気はどうして必要だと思う?」
「……」
武宮はまるで見当がつかなかった。
それに対する答えを持ち合わせていなかったのだ。
格好いいとは雰囲気である。それが教えてもらってきたことだ。
それ以上の学習をしていなかったのだ。
「吾輩は『統率の英雄』と呼ばれていた」
彼女は郷愁に浸るような顔でつづけた。
「人は格好いいに惹かれる。人は堂々したものに惹かれる。それをなんて呼ぶか知ってるか?」
「…………わからない」
格好いいに惹かれるのはわかる。
なぜなら、武宮はシャルロッテの在り方に惹かれたから。シャルロッテがどんなに横暴にふるまっても、彼女についていこうと思ったのだ。
それを言語化できなかったのだ。
「堂々たる姿は人を惹きつけ、強い言葉は人を魅了する」
彼女はそれを言葉として象(かたど)った。
「人はそれをカリスマという」
聞いたことがある言葉だった。
言葉の意味だけを知っていたのだ。
「英雄とはカリスマでなければならない。それが絶対の原則だ。英雄に強さは必要ない」
「それはどういうことだ」
強いから英雄になれる。
強くなれば英雄になれると思っていた。
コミックのなかの登場人物は強くなることで、英雄になろうとしていた。強くなれば英雄になれるような立ち振る舞いだった。ゆえに彼女の言い分を飲み込むことができなかった。
強さとは英雄の最低条件ではないのか。
そう思ったのだ。
「吾輩は最弱の英雄だ。ほかの連中みたいに特別な技能があるわけでもなければ、特別な力があるわけでもない。特別な運命をたどってきたわけでもない」
「そうなのか?」
「そうだ。それでも英雄になった。世界を変革した」
たしかにシャルロッテがそういう片鱗を見せたことはなかった。
子供のようだったのだ。
「吾輩は人心掌握に長けていた。人任せな英雄が吾輩だ」
「それは、その気にしているのか」
最弱であることを気にしいているのか。
強さが絶対の基準だったからそう思ってしまった
シャルロッテはニヒルに笑う。
「だが、それでいい!」
彼女は元気よく続ける。
「裏世界に来てからだったな。ほかの英雄どもと初めて会った。絵が上手くて器用な忍に漫画を作らせたし、【創造の英雄】にホロウォッチというものを作らせた。コミックを手軽に楽しみたいからだ。これが意味していることは何だと思う?」
「社長みたい?」
何もない裏世界にて。
コミックは隼人に作らせたらしい。
ホロウォッチや紙は創良に作らせたらしい。
命令だけする姿は裏世界の社長のようだった。
彼女はクスクスと笑う。
「そうかもな。でもな、武宮。どのみち人間は1人じゃ生きていけないんだ」
彼女は諭すように言う。
「誰かが足りないところを補ってくれる。人はどんなに強くても一人では生きていけないんだ。だからこそ困っている人間に手を差し伸べろ。苦しんでいる人間を片っ端から救え。そうすれば、必ず、オマエ自身が困っているときに手を差し伸べてもらえるから」
「…………」
「オマエにはカリスマがついた。だから本物の吾輩たちを魅了しろ。世界の人間すべてを引っ張れ。それができると信じている」
「わかった」
武宮は彼女をさらに理解できた気がした。
英雄の在り方を本当の意味で理解できた気がしたのだ。
統率の英雄。その二つ名の価値を突き付けられた気がしたのだ。
「おおっと、あれだな。少し湿っぽくなったな! 最後に武宮。拳を突きだせ!!」
彼女は拳を握って突き出してくる。
武宮も真似するようにして、拳を突き出した。
拳と拳をぶつけ合う。
「アウフヴィダ―ゼン!」
「それは、どういう意味だ?」
はじめて聞く言葉だった。
彼女は説明してくれる
「ドイツ語でまた逢う日まで。”いまの“吾輩が消えても、本物の吾輩がオマエと仲良くなるさ! だからそんな悲しそうな顔をするな。最後は格好いいで締めたい!!」
武宮は悲しい顔をしていたようだった。
心を持ち直す。
自分を叱咤して、もう一度彼女と拳と拳を突き合わせたのだ。
「アウフヴィダ―ゼン」
また逢う日まで。
良い言葉だと思った。
悲しい別れでありながらも、希望を感じるからだ。
彼女は満面の笑みで消えていく。
また本物の彼女と会える。また仲良くなって、それで、新しい関係を築く。
自分の魂にそう誓った。
★
エンジェルとの別れに沢山の言葉はいらない。
すでに拳で語りつくしているからだ。
お互いに握手をしただけだ。
ただ一言、
「強くなったわね、武宮ちゃん」
彼(彼女)は言う。
武宮は答える。
「ありがとう。本物のオマエとも手合わせしたい」
「うふん、本物の私は異能付きだから100倍強いわよん」
彼女の握手の強さが、武宮を認めているような気がした。
彼(彼女)はそのまま消えていく。
手に残った強い感触が彼(彼女)の言いたいことすべてを乗せているような気がした。
――期待している。
そんな強い想いを感じるのだ。
★
裏ダンジョンのなか。
創良・フランチェスコの研究室に来たのだが、そこに彼女の姿はなかった。
武宮が入室すると、目の前にホログラムディスプレイが映し出されたのだ。
『ハローですわ! 武宮さん』
創良・フランチェスコはホログラムの集合体として射影された。
ホログラムになった彼女は微笑みかけながら、話しかけてくる。
『この映像を見ているということは、わたくしは消えているということでしてよ! あ、これ、一度くらいやってみたかったんですの』
そんなシャルロッテみたいなことを言っていた。
彼女は小さく笑うと、続けざまに言った。
『対面したら泣いてしまいそうだったので、こういう手を使いましたの!! 最後に伝えなくちゃいけないことも色々ありますので!!』
そう言って、ホログラムのなかの彼女は語り出す
『結論から話します。わたくしは「創造の英雄」。世界から忘れられてますけど、AI技術、ロボット革命の技術を世界に広げたのはわたくしでしてよ』
科学者としての矜持をもって、結論から話し始めた
ロボット革命やAI技術が何処で生まれたものなのか。誰が生み出した者なのか。あやふやになっていた。
その裏側にいきなり触れてきたのだ。
混乱する武宮をおいて、彼女はつづきを話す。
『わたくしから、1つ警告がありましてよ』
彼女はひとつ息を吸った。
まるで世界の秘密を話すかのような口調で言った。
『提督に気をつけなさいまし』
「提督?」
提督というのは何を指しているのだろうか。
言葉尻から偉い人のように思える。
武宮が首をかしげていると、それを予想していたのだろう。
ホログラムの創良・フランチェスコが話はじめる。
『表世界の東京。その巨大な監視塔に住まう怪物でしてよ。あいつはおそらく本物のわたくしが目覚める前に動き出す。じきに武宮さんの存在は知れ渡る。ですから英雄の解放を急ぎなさい。本物のわたくしたち、本物の英雄を味方につけなさいまし』
そういって、彼女のホログラムは消えていく。
『最後になりますが。わたくしは同性愛者ですから武宮さんを性的対象として見ることはできません。しかし、友としてなら、なかなかに有意義な時間でしたわ』
そう言って、ホログラムの映像は途絶えた。
提督。
その不安な存在を残しながらも消えていったのだ。
★
武宮英雄、最後の1人の元に向かう。
殺風景な空き地だ。
そこに来るよう、創良・フランチェスコの研究室に書き置きがあったのだ。
その何もない敷地に、1人忍びの少女がいた。
7人目の少女がいた。
最後の別れがはじまる。
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