僕だけ入れる裏世界


 彼らは各々、談笑している。

 そんな中で武宮とハヤトは2人で会話をしていた。


「そう言えば彼らの夕飯って」


 どうしているのか? と聞こうとしたときのことだ。

 ぐう、と武宮の腹の虫が鳴った。


「夕飯はこっちで食べていくかい? 普段はろくなものを食べてないんだろ?」


「その、ごちそうになります」


「いいさ。新しい門出を盛大に祝おうじゃないか」


 そう言って、彼らとともに、食事を囲むことにしたのだ。

 この裏世界の食糧事情については、歩きながら説明があった。


「実は俺たちは武宮と違って食事を必要としないんだ」


「え?」


 彼からあったのはそんな一言である。

 朧やエンジェルが食材の調達に行ったたため、食事が必要なものと勝手に勘違いしていた。食事を調達するイコール食事は必要という方程式が頭のなかで出来上がっていたからだ。


 食事を必要としないというのは生命維持機能の放棄に等しい。

 英雄というくらいだから普通の人間とは肉体構造が違うのだろうか?

 そんなことを思ったが、彼は首を横に振った。


「まあ、これは俺たちが異能を封じられているのにも関係しているんだけど」


「異能が使えないのと関係ですか?」


「そう。俺たちの”本当の肉体は”この世界に封じられていて…………ああ、ごめん、これはまだ伝えるべき内容じゃなかった」


「? 封じられている?」


「気にしないでくれ。真実を知るべきときにちゃんと話すから」


 彼の言い分をなんとなくで理解して、これ以上は”本当の肉体”という件について触れないことにした。

 想像だけでとどめておく。

 彼らは幽体のようなものなのだろうか。英雄というくらいなのだから、幽体になっていてもおかしくはない。それとも思念体のようなものなのだろうか。どうして彼らはこの世界にいるのだろうか。


(いや、それもやめておこうかな)


 武宮は考えることをやめた。

 深く追求しないでほしい、という目をしているし、口ぶりからそのうち話してくれるようだったからだ。

 こうなってくると気になるのは別の点。

 彼らが食事を必要としないということを前提に聞いてみる。


「じゃあ、別の質問を。食べなくてもいいのに、どうして、食事をするんでしょうか?」


 不要なはずの食事をするのは非合理的な行動に思えた。武宮にとっての食事とは生命を維持するための行為だからだ。

 食事をしなくてもいいなら、材料の無駄でしかない。食事をするべきではないと思った。

 

 武宮の不思議そうな顔がおかしかったのか。彼は懐かしむように小さく笑った。


「俺たちが生きているという実感を得るためかな。食べることは生きることだよ」


 彼は停止した空を眺める。

 武宮も真似して空を眺めてみる。動きや色といった情報が削ぎ落された雲や太陽は、モノクロ写真のようであった。


 食べることとは生きること。

 それを武宮はまだ理解しきれていない。


 彼はそれらの件について、これ以上言及されたくないのだろう。


 話を変えるように「ああ、そうだったね。最初の質問に答えるよ」と口をついた。


「どうやって、この裏世界で食材を集めているかなんだけど…………」


 ――――裏ダンジョン。

 彼は明確にそう言った。

 表世界にダンジョンがある。

 それと同じように、裏側の世界にもダンジョンがあるようだ。

 情報が抜け落ちた世界であっても、ダンジョンだけは別枠らしい。


 しかし、同じダンジョンではない。裏ダンジョンというだけあって、出てくる魔物が段違いに強いのだという。「挑戦難易度はおそらく、表側世界における最難関ブラックダンジョンの何十倍も高い」と彼は力説する。


 食材の確保。その秘密は裏ダンジョンにあった。裏ダンジョンはあくまでも異世界。裏世界のように色や動きの情報が抜け落ちたコピーではなく、色や情報がしっかり実物として存在しているのだという。そのため、裏ダンジョンでは物体干渉が可能である。ダンジョンから取れた素材を利用し、創良・フランチェスコがAIやロボットという科学的技術を駆使して、野菜や米を管理しているらしい。


 武宮はそれを聞いて、余計にわからなくなった。そんな大変な過程を踏んでまで、食事をとる彼らの理屈が理解できないのだ。

 武宮が食事をとる意味について深く考えていた時のことだった。


「今日はカレーよん。みんな、いっぱい食べてね」


「…………野菜、たくさん」


 朧忍が手に持っているのはニンジンや玉ねぎやニンジンのような野菜の類で、肉は見当たらない。

 エンジェルはそのまがまがしい筋肉で、米樽を抱えていた。


「作るのは俺ですがね。感謝して食べてくださいよ」


 ソジュンが眼鏡を持ち上げて、偉そうに言った。

 食事当番は毎日、ソジュンらしい。

 知の英雄というだけあって、彼は料理が得意なようだった。ソジュンがぶつくさ言いながら、公園にある野外テント。その厨房にたつ。ガスコンロがあるだけの簡易厨房に立つと、手際よく、野菜を切ったり、肉をきったり、料理をはじめた。


 他の者たちは武宮を囲うようにしている。

 武宮は質問攻めにあっていた。


「辛かったなあ! 武宮! きょうから私たちが話相手になってやるぞ!!」


 どういう経緯でここにくるに至ったのか。それを説明したら、シャルロッテが子供のようにわんわんと泣き出したのだ。可愛らしい花柄のハンカチで目元を拭いている。

 武宮は自分のために泣いてくれる人に初めて出会った。だからどうしていいか、わからずに困惑する。


「とても感情的な子なんですわよ。愛らしいですわよね」


 創良は、うふふ、とご馳走を前にしたときのように笑った。。

 武宮は頬を引きつらせる。


「創良さんはやっぱり小さい女の子が好きなんですか?」


「違いますわ! 小さい女の子も大きい女の子も、すべて愛してますわ。夢は彩りみどりのハーレムでしてよ!」


「は、はあ」


「彼女の趣味嗜好はさておき武宮ちゃん。本当につらい経験をしたのねん。右目は大丈夫なの? 包帯は巻いてあるようだけど?」


「それは、はい。痛みはないですね」


「………………………耐性会得の影響? 違う? 秘薬?」


 急な出来事だった。

 武宮の目の前に朧忍が現れたのだ。

 フードのなかが見える。

 中にいたのはポニーテールで黒髪の女の子だった。年齢は中学生くらいだろうか。シャルロッテよりも少し年上くらいに見える。幼げな顔立ちは、儚さを感じさせる。じい、というジト目だ。彼女の黒い瞳と武宮の黒い瞳は見つめ合う形になる。


「…………ごめん。なんでもない」


 彼女はシャイだった。目が合ったことが恥ずかしかったようだ。

頬をぽうと赤らめて一瞬で距離を取ったのだ。忍者らしい速度だった。


 皆が微笑ましい表情でそれを眺める。

 隼人は朗らかに笑う。


「秘薬を使ったからもう傷自体は治ってると思うよ。ただ、右目の眼球は完全に死んでたから武宮が眠っている間に取り除いた」


 隼人は少し考えるそぶりをして


「あ、そうだ。包帯を取ったら、えぐいことになってるはずだよ。一回見せてほしいな」


 隼人はわくわくした子供のような興味津々の顔で前のめりになって、武宮にせがんでくる。好奇心が旺盛なのか穴の開いた右目が気になるようだった。

 英雄全員が咎めるような目を彼に向けた。


「隼人ちゃんはどうしてこうなのかしらん」


「……ハヤト、おかしい」


「隼人はともかく、わたくしが義眼を作って差し上げますわ」


「ええ、なんで……絶対面白いのに。みんなは見たくないのかなあ」


 ハヤトは不思議そうに首をかしげたときのこと。

 「あつっ」と彼はびっくりしたように頭を押さえた。熱々のカレーライスが乗った皿底で叩かれたのだ。


「ほら、ハヤトさん。馬鹿なことを言ってないでカレーを食べてください。皆さんも各自運ぶように」


「ほう。早いな。もうできたのか」


「そうねん。ご飯にしましょうか」


「…………とりあえず、食べる?」


 ソジュンの掛け声に従い、それぞれカレーをよそった。

 英雄たちは仲良さげだが、友達というわけでもない、が、しかし、不仲でもない。そんな独特な距離感らしい。

 円卓を囲むわけでもなく、彼らはそれぞれが、それぞれの好きな場所で食べていたのだ。


 ジャングルジムの上にはシャルロッテが座っている。彼女の定位置なのだろう。高いところが好きというのが、子猫のようであった。


 ジムは鉄棒に座る。平衡感覚がすさまじいのか、鉄棒のうえで足を組んで座りながら食べている。「ジャパンカレー? いや、韓国カレー? スパイスだからインドか? とりあえず、カレーは最高だな」とゲラゲラ笑っている。


 創良はシーソーに座って食べている。がつがつ食べるジムとは真逆で、スプーンの運び方や持ち方を含めてマナーが完璧で上品な食べ姿だった。


 ソジュンはブランコに座り、足を組んでいる。小食なようで、カレーライスの量は多くない。


 エンジェルはジャングルの下あたりに座る。鉄棒に座るジムほどじゃないにしろ平衡感覚を鍛える訓練をしているようだった。


 少し離れた位置で立ちながら、朧が食べている。人との距離を取るのが、彼女の在り方なのだろう。


 武宮と隼人は日本人組で、公園のベンチに座っていた。

 彼ら英雄たちは少し離れた位置からたまに喋る。時折、口喧嘩のようなことをしている。それが彼らの距離感なのだろう。その雰囲気を武宮は居心地がいいと思った。

スパイスが香るカレーをスプーンで口に運ぶと、脳神経に衝撃が走る。カレーライスなんて人生ではじめて食べたものだから、味覚の暴力に意識が飛びそうになったのだ。


 カレーを食べたからだろうか。

 胸の奥が温かくなった気がした。

 はじめての感覚に、武宮は首を傾げた。


「どうした? 武宮。そんな辛気臭い顔をして」


「いや、ちょっとわからないことがあって」


「わからないこと?」


「なんでもないです」


 その温かさの正体について、質問しようか迷ったが、聞くべきではないと思った。

 深い理由はない。直観である。

 しかしながら、この胸に湧いた気持ちの正体は自分で突き止めるべきだと、無意識的にそう思ったのだ。人間として成長するためにはそうあるべきだと思ったのだ。

この温かさは食事による副次的な効果なのだろうか。しかし、いままで食事ではそのような効果は見られなかったから、武宮は悩みに悩むことになる。


 そこから20分程度。

 他愛のない談笑のあとに、食事を終える。

 それぞれが、それぞれの目的のために解散となった。


 その場に残ったのは武宮と隼人の二人だけで、隣同士でベンチに座っている。


「さて、武宮。カレーも食べ終えたことだし、一回、元の世界に戻ってほしい。で、明日、こっちに戻ってきてくれ」


「……元の世界? どうやって戻るんでしょうか」


 武宮本人は出入りができる前提の口ぶりだったが、出入り口があるのだろうか。あるなら、どうして彼らは出入りしないのだろうか。


「裏側に縛られているのは俺たちだけだ。武宮がこの世界に来た時点で向こう側と裏世界は繋がった。もとあった君の部屋から戻れるようになってると思うよ」


 自分の部屋から表の世界に戻る。

 なぜかはわからないが、武宮はその行動にあまり気乗りはしなかった。

 どうして帰りたくないのか。

 武宮は自分の感情が自分でもわからない。

 困惑した面持ちの彼に、ハヤトは肩を竦めた。


「武宮。俺はね、君に期待しているんだ」


「期待ですか?」


「ああ、俺は武宮を知っていた。俺は情報が抜け落ちた裏の世界から君を見ていた。だから、君がどんな境遇にあったのか。君がどんな目にあってきたのか。俺は知っているんだ」


 彼の見ていたというのは、裏世界のシステムを利用したのだろう。

 裏側の世界は色の抜け落ちた表世界の影であり、ラグはあるものの姿は見える。所詮はコピー品であり、干渉こそできないものの、何が起きているのか把握することができるからだ。


「君はあれだけの目にあいながら、自分の立場を世界のせいにしなかった。だってそうだろ。君の出した結論は”世界を変える”ことではなく、強くなることだ」


「でも英雄なら、世界の変革を望むべきじゃないんですか?」


 武宮が思い出したのは燐火・スカーレットだった。

 彼女は世界を変えたいと願っていた。世界が間違っているという主張で、強さを求めていた。武宮はそれを気高いと、心のどこかで思っていたのだろう。

 偽善者呼ばわりしたのは、彼女に嫉妬したのだ。

 彼女の在り方を羨ましいと思い、そうあれない自分を恥じたのだ。


「ああ、そうだな。でもきっと、世界を救いたいという願いじゃ世界は変えられない。矛盾しているようだけど、世界は自分の思い通りに変えるものじゃない。それは英雄じゃなくて王様だ。誰かがこうありたいと歩いた道が世界を変えていく。世界は変えるモノじゃない。世界は動かすものなんだよ」


 武宮は彼が何を言っているのか、分からなかった。

 変えていくというのも、動かすというのも同じことのように思えたのだ。


「まだ、わからないかもしれない。けれどいつの日か、武宮にも理解できる日がくると思う」


「そういうものですかね?」


「ああ。そういうものだ」


 彼は頬を緩める。


「ほら。とりあえず、今日は戻ったほうがいい。右目を失った日に引きこもっていては、監視ロボに怪しまれる。死んだものと勘違いして君の部屋を開け放ってもおかしくないからね」


「わかりました。明日からよろしくお願いいたします」


「ああ、よろしくね。とはいっても最初に指導するのはジムとシャルロッテなんだけど」


 そう言って、彼と別れた。


 帰り道は一人だった。

 裏世界に後ろ髪を引かれるようで、彼は何度か振り返った。彼にとっては表世界よりも裏世界のほうが心地よかったのだ。暴力を振るわれないからだろう。

 でも、前を向かなくてはならない。

 一日でも早く強くなりたかったのだ。彼は弱い自分を振り払うように、足を前に向ける。


 自室に戻ると、そこにはダンジョンゲートのような波を打った灰色のゲートが開いている。

 ブラックダンジョンでもホワイトダンジョンでもない灰色のゲートだ。

 それがおそらく表と裏をつなぐ扉なのだろう。

 武宮は迷うことなく、ゲートをくぐる。

 ゲートをくぐったときの感覚はダンジョンに潜ったときに近いものがあった。境界線を跨ぐような不思議な感覚だ。体全体がひっくり返る。そんな感覚である。


 その先は色のついた表側の世界だった。

 まだ、灰色のゲートは残っている。

 隼人がいうには『そのゲートは武宮にしか認識できない。君が死と生の境界線を潜り抜けたことによる境目。武宮しか入れない裏世界の入り口になっているんだ』と言っていた。他人には裏世界へのゲートを認識することすらできないらしい。


(僕だけが入れる裏世界から始めよう)


 その世界で七英雄を師として仰ぎ、強くなるのだ。

 武宮は覚悟を決めたかのように、拳を握り締めた。

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