第5話 魔王対勇者

 魔王城の庭先にある巨大なコロシアムの中央で、魔王『エルレイン』は息を吸い込み、魔力を全身にみなぎらせる。 


「 超 極 大 投 影 魔 法 アルターナ ヴィジョン! 」


 世界中の空に、正方形の巨大な魔法スクリーンが、大量に創り出された。

 人間国の空にも、魔族国の空にも。

 四割ほどの魔力を消費して目まいを起こす。


「 にゃにゃ〜〜ん♪ 」


 巨大スクリーンに『猫耳娘』が映り、コミカルに動き出す。


「魔王さまのちょー忠実な使い魔、ねこにゃんだよぉ♪ おはようにゃ~ん♪」

 

 まるで実況配信。vtuberを連想させた。


「みんな知ってる? 知ってるよねぇ? 今日、この日に何があるか? 人間たちは怯え、魔族たちは歓喜しているはず。そう、お待ちかねの、勇者虐殺配信のはっじまりだよぉ〜! に ゃ あ 〜〜!」


 コロシアムの上空に、花火が盛大に打ち上げられた。

 魔族たちは湧き立ち、人間たちは暗く落ち込んでいた。


 鋼鉄の扉がごおんと開き、両腕を鎖で縛られた勇者メルルが、配下のサキュバスたちによって、魔王エルレインの前に連れてこられた。

 勇者のあごを持ち上げて、魔王は不敵に微笑んだ。


「見てにゃ、勇者のふてぶてしいお顔。まだ諦めていませ〜んって顔してるにゃ。これから何をしても、彼女のこの強い意志をへし折ることは難しいかもしれないにゃ。きっと、ものすご〜〜い拷問を受けても、勇者として威厳を保ったまま死ぬかもしれないにゃ」


「それではつまらないな……」


 魔王はにやりと。


「勇者よ。この虐殺配信の目的はなんだと思う?」


 わずかに沈黙して。


「………。わたしを虐殺する映像を見せて、人間たちに絶望をあたえるためだろう?」


 そのとおりだと言い くくくっと笑う。


「……絶望する者もいるだろう。嘆き身を投じる者もいるかもしれない。だが、我に怒りを燃やし、勇者のように気高き魂と誇りを持って、戦う意志を研ぎ澄ます者もいるはず……それではダメだ。我が望むは、すべての人間の絶望――!」


「にゃにゃんと! なんと魔王らしい――いや、魔王を超えた残虐な思考にゃ。いったいどうやって人間どもすべてに絶望をあたえるにゃ? 気になる、気になるにゃぁ!」


「――勇者。ひとつ我と『ゲーム』をしないか?」


「ゲームだと? ふざけるなっ!」


「勝てば、貴様を解放して人間国に帰してやろう」


「にゃあ! そんなことににゃったら、魔王さまの権威は失墜にゃ! 魔王としての立場を追われことになってしまうにゃ!」


「……わたしが、負けた場合はどうなる?」


「貴様は虐殺される。それだけだ」


「にゃにゃにゃぁー! 負けたら虐殺! それでは、すべての人間に絶望をあたえることはできないにゃ。ということは、ゲーム内容にその秘密があるんにゃね。いったい どんなゲームにゃ? 気になるにゃあ……」


「――我の、このクイーンサキュバスの『魅了』に30分耐えてみせろ」


「にゃぁ〜〜! 勇者には『状態異常』が効かない。子供でも知ってる、この世界の絶対的ルールにゃ。無理にゃ! 不可能にゃ! 絶対に負けるにゃ〜!」


 魔王がパチンと指を鳴らすと、勇者をコロシアムに連れてきたサキュバス四天王が詠唱を始めた。


 ゴッドチャーム!


 ポイズンデス! 


 パラライズエンド! 


 エターナルスリープ!


 状態異常の最上級魔法が勇者に降り注ぐ。

 だが、直撃する寸前、弾けて霧散した。

 その光景に、魔族と人間に違った衝撃が走った。


「こ、これが、『勇者の加護』……。状態異常への絶対防壁にゃ。これを打ち破ることは、戦争が始まって以来800年間 誰もできなかったことにゃ……」


「これでもやるつもりか?」


「ふふふっ。当然だ。100パーセント我が勝つ」


「いいだろう。勝負を受けてやる。それで、おまえの勝利条件はなんだ?」


「 貴様に『足を舐めさせる』。これが我の勝利条件だ」

 

 挑発するように つま先を、勇者の顔前に突き出した。


「それと、貴様が負けたとき、貴様を虐殺するのは我ではない」


「なに?」


「おまえが愛した人間たちだ」


「なんだとッ?」


「足を舐め魅了が完遂したとき、貴様を操り、人間たちの街を襲わせる」


「――ッ!」


「英雄視されていた貴様が人間たちを虐殺し、その貴様を人間たちが虐殺する。その光景を見て絶望しない人間などいないだろう。これが我のすべての人間を絶望させる計画だ」


「にゃんと、残虐で悪魔的な発想にゃ。魔王の範疇を遥かに越えてるにゃ。けど、魔王様が勝負に負けて、約束を破って勇者を殺せば、嘘つき魔王として。約束を守って勇者を逃がせば、情けない魔王として。どちらにしても魔王さまの権威は失墜にゃ。新たな魔王が生まれるのは必然にゃ。これは絶対に負けられない、魔王さまにとって命がけのゲームにゃ」


 巨大な砂時計が上空からドカンと落ちてきた。


「ふふふっ。いくぞ、ゲームスタートだ」


 魔王の眼が妖しく光り、あごを持ち上げていた勇者の瞳の奥をのぞく。


魅了の魔眼デビルアイズ・チャーム


 その瞬間、勇者が「はあ、はあ 」と息を切らせ始めた。


「聞いたことがない魔法にゃ。魔王さまの固有スキルかにゃ? んっ、勇者の様子が……」


「ぐっ! うわああああああああッ!」


「な、なんにゃ? いきなり勇者が苦しみ出したにゃ?」


「なッ、なにをした……?」


 困惑する勇者の『頭の上』に、魔王は脚からストッキングを脱いで落とした。


「敵に教えるわけ がないだろう。さあ、勇者よ。我の足先を舐めろ……」


 はあ はあ はあ はあ はあ はあ はあ はあ……ううぅっ。


 荒い息が、つま先にかかる。


「舐める舐めるぅ〜。舐めるにゃあ〜!」


 魔族たちは大興奮し、人間たちは悲鳴をあげて目を覆った。


 勇者の舌先が、魔王のつま先に伸び―――


「って、舐めにゃ――い!」


 寸前でピタリと止まる。


「どうやら完全ではにゃいけど、魅了が効いているようにゃ。800年の歴史上 始めて勇者を魅了したにゃ。さすがクイーンサキュバス、魔王エルレインさまにゃぁ!」


   うおおおおおおおおおおッ!


 魔族たちは興奮の渦に包まれ、人間たちは沈黙して青ざめていた。

 そんな人間たちを鼓舞するように勇者は息巻く。


「ま、負けない……。たとえ魅了されていたとしても、おまえなどに屈服しない。決して足など舐めぬっ!」


 勇者の折れない心が、人々の心に勇気の火を灯す。


「にゃっはっはっ! 情けない強がりにゃ! その様子では、あと30分も耐えられるはずないにゃ。むだむだむだにゃ〜」


 ――はあ はあ はあ はあ はあ はあ はあ はあ――。


 息を荒くする勇者の舌先が、何度もつま先を舐めようと伸びるが、寸前で堪える。

 そのたびに魔族は歓喜して 落胆し。そして人間たちは悲鳴を上げて安堵した。


 そうして、砂時計の残りもわずかとなった。


 視聴者数もどんどん増加していき、人間 魔族を合わせて5000万人を突破した。


「あ、あと一分にゃ……。あと一分で魔王さまの負けにゃ……」


 実況中のねこにゃんは狼狽している。


「や、やるではないか、勇者よ……」


「お、おまえもな、魔王……」


 さすがの魔王も焦りの色が見える。勇者も限界ぎりぎりなのは明白。

 すべての視聴者が固唾を飲んで結末を見守った。

 そのとき―――


「ぐうっ! うわあああああああッ――!」


 勇者が悲鳴を上げ、身体を掻きむしるように抱きかかえ、瞳を虚ろに変化させる。


「……勇者の雰囲気が変わったにゃ? こ、これはまさか……?」


 実況 魔族 人間 すべてが静まり返った。


 砂時計が、カウントダウンを始める。


  3


  2


  1


 ぺろり――。


 勇者の舌先が、魔王のつま先を――。


「―― 舐 め た っ ! 舐めたにゃぁ! 魔王さまの勝ちにゃ〜〜!」


 うおおおおおおおおおおおッ!


 魔族領からは割れんばかりの歓声が轟いた。

 そして人間領には悲鳴と絶望が蔓延した。

 勝ち誇り魔王は にやりと。


「それでは勇者よ、命令だ。この貴様の聖剣を持って人間たちを虐殺してこい……」


 異空間から取り出した白銀の聖剣を、地面に突き刺した。


 偉大なる勇者が魔王の命令を受けて自分たちを殺しにくる。それを想像して人々は神に祈った。

 虚ろな瞳で立ちつくす勇者にさらなる変化が起きる。


「 ぐぬおおおおおおおおっ! 」


 咆哮をあげて、両腕に巻かれた鎖を ブ チ ン ッ と引きちぎった。


「なッ、なんにゃあああッ! ま、まさか、魔王さまの魅了を解いたのかにゃ?」


 実況を聞いて人間たちの絶望する表情に、希望が満ちる。


「――魔王。命令に従おう」


 えっ?

 

 勇者の言葉に、人間たちの希望という灯が、絶望という風で吹き消されようとした瞬間―――。


「わたしの誇りと魂に従って、おまえを討ち滅ぼす!」


 うおおおおおおおおおおおおッ!


 民衆の燃え上がった心と共に、超高速の剣劇が始まった。

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