Pride and Preference 10
「AI?」
小バカにするように、ベス子が鼻で嗤った。いや、最初こそ軽く口先で短く息をついた程度だったが、じきに喉を震わせ、はっきり声を立てて、頭をそっくり返らせながら、きゃはははははとけたたましく哄笑し始めた。
ジリンと愛熊は顔を見合わせた。小首を傾げながら、しかし特に困惑した風でもなく、ただベス子の意外な反応を見守っている。非礼を咎めるでもなし、どちらかと言えば何かを期待するような色さえ浮かべながら、ウサギの次のアクションを見物してやろうという構えである。
そのうち高笑いし続けるのにも疲れたのか、ベス子がちょっと怒った声で言った。
「いつまでぼーっと見物してるのよ! 『何がおかしい!』とか、そこはツッコむところでしょう!」
「ああ」
ジリンが、ようやく納得した、という顔で頷いた。
「そういうシナリオのつもりだったんだ?」
「つ、つもりとかじゃないけど、人がせっかく悪者っぽく演出入れてるのに」
「自覚はあったんだね」
ゆったりとまた頷いてから、あくまで平静な口調で、
「じゃあ今度はちゃんと合いの手入れてあげるから、もう一度、ベス子さんが高笑いするところから――」
「もういいのよ! 調子狂うなあっ。ほんとに
「エージェント?」
ジリンが訝し気に反問した。ベス子がふふん、と得意げにあざ笑い――グラフィックは依然不愛想なウサギの顔のままだったが、腰に手を当てて胸をそらせていることから、相手を小バカにしているシーンを意識しているものと推察された――とっておきの一言という感じで、片手を突き出しつつ、決めのセリフを吐きつけた。
「ジリンさん、あなた、人間じゃないでしょ? 私を試すとか言って、あなた自身が本物のジリンさんのデータをトレースしてるAIエージェントじゃないの」
沈黙が降りた。鍋の下で燃えて続けているぱちぱちという音の背景で、晩秋の夕風がただ樹々をざわめかせているのが、静かな地鳴りのように響いている。
得意の絶頂に見えたベス子の様子が、困惑したような間を置いて、いらっとしたものに変じた。化けの皮を剥がれたはずのジリンが、さして動じる風もなく、それどころか何やらジェスチャーで愛熊をせっついていたからだ。愛熊はその解読に手間取っている――ぽかったけれども、どうもそれ自体演技で、その演技を隠している様子もない。さんざんわざとらしいやりとりを終えてから、愛熊が言った。
「ええと……『えっ、なんだって! ジリンさん、それは事実なんですか!?』」
完全な棒読みであった。まるで子供の学芸会のけいこのように、ジリンが同じ調子で合流する。
「んーと、それじゃあ……『ば、ばかなことをっ。この僕が、AIであるはずなど、な、な………む、おかしい、セリフが止まってしまう。なぜ否定の一言が言えないんだ?』」
「『ああ、なんてことだ! AIは嘘がつけない! AIエージェント三原則がこんな形で出てくるなんて!』」
「『バカな! それじゃあほんとに僕はAIエージェントだったというのかい? そんな自覚もないのに!』」
「『ほーっほっほ。とうとう正体を現したわね。これでこの〝庭〟の実権は私のものよ!』」
「何ふざけて掛け合いやってるのよ! って、私のセリフまで勝手に作らないでくれる!?」
慌てて叫んだベス子に、なおもひょうひょうとジリンが言い返す。
「でも、ベス子さんの次のセリフ、これで合ってるんでしょう?」
ベス子が口をつぐんだ。やはりなんの変哲もないウサギの顔のままだが、それは〝中の人〟の本体が、ぐうの音も出ずに棒立ちになっているようにも見えた。
「ま、じゃあ、冗談はこの辺にして……そろそろ解決編にしませんか?」
愛熊がジリンに呼びかけた。が、ジリンはのったりと駄々をこねるように、
「えー、もう終わりにするの? 僕はもう少し遊んでいたいんだけど」
「私はいいかげん退社したいんです! それに、こちらのお嬢さんも、多分下校時間が迫ってるんじゃあないんですかね?」
ウサギがびくっと身を震わせ、思い出したようにわめき始めた。
「な、何言ってんの? わ、私たち、高校生なんか……じゃなくてっ、ごまかしてないでっ、認めたらどうなの!? 〝ジリン〟なんてキャラクターはいないんでしょう? あなたは最初から政府がプロデュースしたAIなんでしょう!?」
「その政府って言うのは経済産業省のこと?」
ジリンの問いかけに、ベス子は答えられなかった。それは単純に、「政府」という存在にさらなる内わけがあることも知らず、どう返答したらいいのか途方に暮れてしまった子供のような、そんな反応だった。
「で、七年前の〝令和のクマ嵐〟でツキノワグマの大量駆逐へと世論を誘導して、環境破壊の立役者となった悪者が、架空人格の僕ってわけだね?」
「そ…………!」
何かを言いかけたベス子が、恥じ入るように顔を伏せた。急に小さくなってしまったようなウサギのアバターへ、いたわるように、しかしはっきりした口調で、ジリンは尋ねた。
「君たちは、アルテミス女学院の初等部だった娘さんたちだね? 七年前に、僕の『クマさんパラダイス』をずっと応援し続けてくれていた?」
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