水天一碧

@honma2homa

第1話空

私は空っぽの人間だ。

思春期少年少女からよく聞く言葉だけど、記憶をごっそり抜かれていない限り私はそれを言うのを許さない。




【私は空っぽの人間だ。】


目が覚めた。ここはどこだろうか。


今日は20××/1/1らしい。

時計に書いてあった。

なぜ時計だとわかるんだ?なぜ日付が読めるんだ?

何も覚えていないのに、知識がある。

"何もわからないことがよくわかる。"

こわい。なんで周りに誰もいないんだ。

この日記はなんなんだ。

あったからとりあえず記録用に書く。


1/2。

1日過ごして気付いた。

この部屋には大量の日記があった。

私の過去が書かれてあった。

文章読むのめんどくさくなって、途中でやめた。


とりあえず読んだとこだけまとめる。


私は虚瀬 空。20歳。女。

何も無い空っぽな私にピッタリな名前で笑った。

読みはムナセ ソラ。

私は12年前。8歳の時の1/1。

家族を事故で失った。

父と母と祖父。

祖母と私だけ生き残り、2人で暮らした。

事故の時に頭を打ったか、精神的なショックか。私は一年しか記憶を保てなくなった。

そんで数年後祖母も死んだ。病気かなんかで。

そこから私は1人になった。


…らしい。


なんだこれ。出来の悪い物語を読んでいる気分だ。とりあえず今日は寝よう。



1/3

今日はどうやら誕生日らしい。

カレンダーに書いてあった。

まだよく分からないけど、とりあえずおめでとう。私。


1/4

頭が割れるような痛みで目が覚めた。

ここはどこだ。

…そうか家か。

何も覚えていないというのは怖い。

この状況で確実に"今"の私のものな頭痛すら愛おしく感じてしまうほどに。

……それはきもいな。なんか。

今日は外に出てみよう。

思えば1/1から1度も人に会っていない。

まずは世界に人がいるという私の"知識"を証明する。


1/10

ここ数日間、私の中にある知識をひたすら確認しに行った。

花がたくさん咲いていた。人が沢山歩いていた。車は色んな形があった。空は青かった。海も青かった。でも夕方になればオレンジ色になった。

私の知識通りだ。よかった。

どうやら、経験や知人などの記憶は無いが、生きていく上で必要な知識とおそらく過去の私が勉強した物事については記憶が残るらしい。都合のいい身体。


2/14

バレンタイン……だよな?

恋人……はさすがに居ないか。

いたら連絡くらい来てそうだし。

街中ですれ違う人みんなに大切な人はいるだろうに、それは私ではないんだ。


3/18

自分用の腕時計を買いに行った。

白い可愛いのがあったから即決。

いいな時計。私は"今"生きてるんだ。それを私以外が証明してくれてるみたいで結構すき。

大事にしよう。


4/5

私には知識しかない。

友人もいなさそう。

ひとりぼっちってやつなのか。

私を知る誰かに会いたい。



こんな調子で、色々綴ってあった。

読むのめんどくさくなったから4月5日以降は読むのを辞めた。


今の私は21歳。

私は私だ。去年の私は死んだ。今年の私は今年の私。同じことはせずに私にしかないことをしようと思ってとりあえず時計買いに行ったのだけれど去年の私に先を越されていた……。悔しい。


私は変わらず独りだ。日記を漁る気にもならないし、今日も私だけの今日を探しに行くとしよう。

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