第2話 魔剣と異世界ー2

「はじめまして、ノエル様。ではお勉強を始めましょうか」

「は、はう……」


 僕は今、人生(五年)最大のピンチを迎えていた。


 辺境伯家――レイデン家。

 父上が武功を上げまくって辺境伯家にまで成り上がった。

 あまり貴族制度には詳しくはないが、多分辺境伯家はとても偉い。めっちゃ家広いし。

 なんとなくイメージでは辺境を守る貴族という感じだが、それは国防を担うということでもある。


 ともなれば執事も沢山いる。

 辺境伯家の執事ともなれば優れた家柄はもちろん、教養にも秀でていてまぁつまるところ前世的に言えば超エリート集団である。

 ミレイは、ドジっ子でそうは見えないが。

 まぁつまり何が言いたいかと言うと、その執事たちをまとめる執事長なる人は超優秀であるということ。


「執事長のエドガーと申します。ガイヤ様より、本日からノエル様の教育を仰せつかりました」

「はう……」


 さて、なぜ僕がさっきから、はう。しか言えないかと言うと怖いからである。

 蛇に睨まれたカエルがそうであるように、根源的な恐怖すら感じる。

 御年60歳を迎えるエドガーは、ビシッと整えられた執事服と、シルバーの髪。 

 トランプを武器にして戦いそうな片方眼鏡。

 常に眉間にしわが寄っている。

 我が父と同じぐらい眉間に皺が寄っている。二人とも目からビームを出そうとしてるのかな?


「さて、魔剣について知りたいとのことですが、まずは基礎的な学問を収めていただきます。すべては基礎から。わかりますね」

「は、はう……」


 五歳にしていい目ではない。泣くぞ、お漏らしするぞ。

 もう少し、わかるかな? とか優しい声がいい。ミレイを呼んでくれ。

 ショタ好きコンプラ違反メイドの方がましだと思う日が来ようとは。


「読み書き、算術。世界の理、魔術と歴史。ある程度を抑えたら魔剣についても学びましょう」

「一体……どれぐらいかかるの?」

「そうですね。ノエル様次第ですが3」


 三か月か! それぐらいなら頑張れるぞ!


「三年です」

「はう……」


 そういってドスンと置かれた本の山。

 開いてみると、まぁ読めない読めない。文字書きなんて教えてもらってないもんね。

 文字の表をもらって、エドガーに教えてもらう。

 うぅ、こんなの…………ん? あれ? なんだが……すっと頭に入ってくる。

 そうか!!


「これが若さチートか!」

「ん?」


 五歳のスポンジのような脳に、一応は大学まで進んだ精神年齢と勉強のコツが合わされば勉強なんてイージーだ。

 しかも所詮は、子供用のお遊戯レベルよ! 見る見るうちに吸収していくわ! うわ! 勉強たのし!


 夜。


「…………さすがに驚きましたね。まさか一日で読み書きができるようになるとは」

「ふふん!」

「これでしたら、予定よりも早くいきそうなので……本日は追加で算術についても学びましょう」

「なんでだよ! 予定よりも早くいきそうなら早く終わってよ!」

「では、これを」


 無視である。不敬だぞ。

 我、辺境伯の息子ぞ? 処すぞ?


 ドスン! と置かれた計算ドリルのような本。


「これが終わりましたら……本日は寝てもよろしい」

「うぅ……鬼だ……ん? ふふ、これが終わったら寝てもいいんだよね?」

「む?」


 おいおい、日本の教育水準を舐めちゃいけないぜ。

 これでも一応理系出身ですからね。足し算、引き算なんて一瞬よ?

 とんでもない速度(五歳時にしては)で解答していく僕を見てエドガーが驚いている。


 ははは! これが知識チートよ!

 初めてエドガーが恐れおののき後ろに下がったな。

 だが負けじとエドガーも、色々よくわからない本を出してきた。おい、寝ていいって言ったのはどこに行った?

 だが僕も変なプライドがあったのか、食らいつくように勉強した。あと普通に勉強自体は楽しかった。


 

 そんなこんなの一月。


「はぁはぁはぁ……いいでしょう。認めます」

「はぁはぁはぁ……なにを?」


 なぜ僕はエドガーとバトルをした後みたいな状態になっているかわからないがエドガーが僕を認めてくれたようだ。


「魔剣について学ぶことです。8歳……を見込んでいたのですが、どうやらノエル様は私の常識の範囲外のようだ」

「褒めてもらっているととらえても?」

「ふっ……さぁどうでしょう。ですが、これほど楽しかったのは……いつぶりでしょうか」


 すると僕の頭を優しく撫でるエドガー。

 顔を上げるといつもの眉間に寄った皺がほぐれて微笑んでいた。

 なんだか優しいおじいちゃん?


「エドガー?」

「ご、ごほん! では魔剣について勉強しましょう」


 なんだ、顔を赤くしやがって。こいつも実はツンデレだな? おっさんのツンデレも爺のツンデレも需要はないぞ?

 しかし、やっと魔剣の授業が開放された! やった! この日をずっと待っていた!


 とおもったが、既に時刻は夜9時。まぁ全然いけるけどな! 

 と思ったが、うつらうつらと僕の五歳の脳がシャットダウンを始めたようで。


「ふふ、おやすみですか?」

「うーん、でも魔剣が……むにゃむにゃ」

「魔剣は逃げませんよ。私も準備がありますので……今日はおやすみなさい」


 パンパンという手を叩く音。

 するとひょいっと僕は抱きかかえられた。

 この声は……ミレイかな?


「エドガーさん! ノエル様はまだ五歳ですよ? さすがにハードすぎでは?」

「時代を変える者に常識は通用しません」

「むぅ! さぁ! ノエル様はねんねしましょーねー。ぐふふ……一緒にねましょーねー」

「魔剣……魔剣…………」


 そして僕の意識は途絶えた。



 コンコンコン。


「旦那様。エドガーでございます」

「……入れ。なぜノエルを?」


 書斎。

 ガイヤ・ヴァン・レイデンは書類に目を通しているところだった。 

 ノエルを抱えたエドガーが、部屋に入ってくる。

 ノエルは爆睡を決めていた。


 眼鏡を置いてガイヤは二人を見る。


「あまりに可愛いらしい寝顔なので見ていただこうと」

「……」

「冗談でございます。明日から、ノエル様に魔剣についての指導をさせていただくことになりました」

「ん? それは少し早いのではないか?」

「いいえ。ノエル様は、一般的な初等部の学生が学ぶ内容をこの一月で納めてしまわれました。魔剣を学ぶに当たって剣術の指南をお願いしたく」

「……しかし」

「旦那様。ご子息は神童……というものでございます。1を聞いて10を知る。この才能を眠らせて奥にはあまりにもったいない。今は爆睡してますが」


 ガイヤは眉間にしわを寄せる。同じくエドガーも眉間にしわを寄せる。


「お前ではダメか?」

「基礎ならば。しかし……ノエル様の才覚を考えれば、魔術師の私ごときの付け焼刃では……とても」


 ガイヤは整えられた顎髭を触りながら目を閉じる。


「お前がそこまで言うか」

「その価値がノエル様にはあります」

「わかった。検討しておく」

 

 頭を下げてエドガーは部屋を出ようとする。


「しかし、楽しそうだな。エドガー」

「ふふ、原石を磨くというのは男ならば誰しも心躍るものでございます。その原石が大きければ大きいほどに」




 僕、起床!

 いやー、子供の体はすぐ眠くなるね! 

 前の世界では夜更かししたり、遅くまで鍛冶したりで生活リズムは終わってたが、早寝早起き! 最高だね!

 それになによりも。


「エドガー! エドガー!」

「ふふ、元気なのが来ましたな」


 今日は魔剣について教えてもらうことになっている。

 父さんとの朝食を済ませて、僕はエドガーの書斎へと走った。


「はやくはやく! 魔剣の作り方教えて!」

「まるで遠足に行く子供ですね。いえ……まだ五歳でした。そう思えば年相応? しかし……」

「そんなのどうでもいいからさ! はやく、エドガー!! 魔剣作りたい!」

「振りたいではなく作りたいと来ましたか。では、まずは魔剣について少し講義しましょう。そちらにお座りなさい」


 僕は、神速で座る。ぴしっと傾聴ポーズである。

 エドガーは最近良く笑う。なんだか本当におじいちゃんみたいに思えてきたな。


「ノエル様は、魔剣についてどこまで?」

「うーん、ほとんどわからない。でも父上が魔剣フェザーで岩を叩き割ったのを見せてくれた!」

「ふむ。ではまず魔剣の歴史から話しましょうか」


 黒板にエドガーがチョークでテキパキと絵を描いた。

 うっま。美術の先生か? 魔剣フェザーの絵かな?


「魔剣……かつて人類が亡びる寸前だった頃。とある鍛冶師が世界を救いました」

「鍛冶師がぁ!?」

「はい。鍛冶神の現身……ヘファイストスと呼ばれる鍛冶師が、初めて魔剣を作ったのです」

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