第18話

【とあるファンの証言その二】


 ブイチューバーについて偏見がなかったと言えば噓になる。

 意識的には何かそういう変な存在がいる、そういう存在を好きな人たちがいるくらいのふわっとした認識だった。

 誰かは馬鹿にするように書き込みでこう言っていた。


「あんなものはただの絵だ」


 誰かはこうも言ってた。


「あれはリアルじゃパっとしない奴が着ぐるみを着てるのと同じ」


 あとファンに対してはこうも。


「あいつらは夢の国に行って着ぐるみに恋をする奇行種」


 試しにブイチューバーというものをちょっとだけ視聴してみると、なるほど確かにその通りだった。ゲームにありがちな出来の悪いアバターが少しだけ動き、ただ喋っているだけだ。しかも上半身だけ。それをネットの世界に生きている存在と称している。あくまで人間ではないと言い張っている。

 正直そのときは一笑に付す程度だった。


「馬鹿らしい」


 思わずそんな声が漏れた。

 こんなものに夢中になっている大人たちがいる、お金を投げている人たちがいる、その事実に苦笑した。全財産をかけて生身のアイドルを追いかけていたことがあるので、ことさらそう感じたのだろう。

 そんなお金があるなら美味しいもの食べろよと。

 いまの姿からは想像できないだろうが、一時は「こんなものを大人が見るようになったらおしまいだ」くらい俺は達観していた。

 それが徐々に変わり始めたのは、ほんの些細な気まぐれからだった。

 いつものようにユーチューブでお笑いの動画を漁っていると、ふとあるブイチューバーのサムネが目についた。

 よくあることだった。軽いブームだからなのか、過去にブイチューバーを一度だけ試し見したせいなのか、たびたびおすすめとして表示されることがあったのだ。本来ならそれをいつものように無視してスクロールはずだった。だがその日は、根負けしてちょっとだけ気になってしまった。

 というのもバイトで昼夜逆転して起きていた早朝の時間帯、そんな珍しい時間にやっていたのだ。しかもタイトルに『ニュース』というワードが含まれている。

 初めて僅かな関心が生まれた。そうか最近のブイチューバーはニュース番組もやるようになったのかと。

 それがきっかけだった。

 でも中を覗いてすごく驚いた。扱っていたのが一般的なニュースではなく、ブイチューバー界隈のごくごく内輪のニュースだったのだ。そのとき俺が抱いた心証はがっかりなんてものじゃない。

 いったい誰が誰の話をしてるんだ。

 まだこいつすら得体が知れないのに。

 まるでよその国のことのように、何の話をしているのかさっぱりわからなかった。

 だが、その原稿を読む子のキャラが尋常じゃないくらいに濃かった。声も話し方も妙に癖になる。たちまち耳も目が離せなかった。

 ただの絵という偏見が、着ぐるみという認識が、見事にぶっ壊された瞬間だった。それくらいのインパクトだった。

 そこからブイチューバーというものに興味を抱くのは早かった。

 みんなもこの子と同じような面白い子たちばかりなのかと。とにかく水を求める魚のように、他の子のことも知りたくなった。

 もっと彼女たちのことを知りたくなった。

 その後わかったのは、どうもその子には同期も先輩もいるらしいこと。グループに所属していること。グループそのものを推すことをかつての俺のように『箱推し』と表現すること。

 まずは同じ時期にデビューした同期の子を見てみた。それから数珠繋ぎとなった彼女たちを次々と追っていった。さらに別の会社のブイチューバーグループにもたくさん飛んだ。

 その果てで、俺はカラーズと出会った。

 箱推しとなり、彼女たちの虜になるのにそう長くはかからなかった。

 そして気づけば再び恋をしていた。

 もう誰も推さない決めた男が。

 もう誰にも恋はできないと諦めていた男が、恋をしていた。

 彼女たちは俺に生きる意味を与えくれた。

 死んでいた男に再び生きる理由を与えてくれた。

 もちろん箱推しと言ってもその中で『最推し』がいる。俺はその子に本当の愛というものを教えてもらった。彼女はそう思わせてくれるほど、ファンを大切にしてくれる素晴らしい子だった。

 スパチャを投げると「ありがとう」とちゃんと感謝してくれる。

 定期的に「みんな大好きだよ」と愛を伝えてくれる。

 ライブに向けて練習を欠かさない努力家だ。

 どんなときも明るくて面白い。

 ゲームで失敗したときくらいしか怒った姿を見たことがない。

 彼氏がいなくて、男の影がまったくない。

 男とコラボしたりデュエットしたりもしない。

 プライベートでも男性と関わらないようにしているそうだ。

 昔から男の人が苦手で処女らしい。

 まさに絵にかいたような完璧なアイドルだった。

 この子なら信じていいと思った。

 彼女が嘘ならこの世界の全てが嘘だった。

 俺は、残りの人生の全てをかけてこの子を応援しようと誓った。

 そんな状態だと惚気て正気を失っていたんじゃないかと思うかも知れないが、俺は冷静だったし、まともだった。

 かつて信じていたアイドルに裏切られた苦い経験から、方々に警戒していたし、それなりの打算もあった。

 彼女は芸能人ではない。きっと顔だってモデルのように美人ではないだろうし、体系だってそうだろう。ならイケメン芸能人や人気男性アイドルと裏で繋がって、俺たちを裏切るはずがない。

 悲しいスキャンダルなど一生、絶対に聞くはずがない。

 だからこそ安心して信じた。

 食費を削ってでもスパチャを投げた。

 高い限定グッズも買った。

 それが。

 どうして。

 こんなことになってしまったのか。

 いま俺は怒りに震えている。

 彼女を殺してしまいたいほどに。

 この世界なんて壊れてしまえばいい。

 俺たちはその純粋さ故に彼女たちに辿り着き。

 その無垢さ故にまた裏切られ。

 怒りと復讐心に捕らわれる。

 ただ己の未熟さと幼稚さを呪う。

 全てよ、呪われてしまえ。

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