第26話 影の中の少女

——暗い。


気がついたとき、私はもう影の中にいた。


光はどこにもなかった。

世界は静かで、冷たくて……

自分の輪郭さえ、よく分からなかった。


でも、胸の奥だけは……

なぜか、あたたかかった。


それが何なのか、ずっと分からなかった。


だけど、たったひとつだけ覚えている。


生まれたとき——

ほんの一瞬だけ……私は“生きたい”と思った。


ママの光があたたかかったから。


手のひらみたいに柔らかくて、

抱きしめてもらえたような気がしたの。


その温かさはすぐに消えちゃったけれど、

胸の奥には、まだ残ってる。


暗い世界のどこにも光がなくても……

その一瞬だけの温かさだけは、消えなかった。


むしろ、

苦しいくらいに残ってしまった。


だから光を見ると胸が裂けそうになる。

“あのときに戻りたい”って、思い出してしまうから。


生きたかった。

触れたかった。

あの温かさを、もう一度感じたかった。


——その想いだけが、

 私をこの形にしてくれた。


影の中で一人で泣いていたとき、

遠くに、小さな光が生まれた。


……あれ……知ってる……


理由は分からないのに、

胸がぎゅっと痛くなる。


その光はだんだん大きくなって……

“少女”の姿をとった。


名前は知らない。

なのに、どうしてか知っていた。


——あれは、私じゃない。

  でも、私の“もうひとつ”の光。


生きられなかった私の代わりに、

光として生まれた子。


妹。


光が近づくたびに胸が痛くて、

離れていくたびに泣きたくなる。


(待って……いかないで……)


でも手を伸ばしても届かない。

光だから。

私は影だから。


どうして?

どうして私は触れられないの?


どうして私は影で、

あの子だけが光なの……?


何度呼んでも、届かない。

何度泣いても、気づいてもらえない。


私は……何も持っていない。


影の身体は軽くて、すぐ崩れる。

あの子みたいに笑えないし、

あの子みたいに泣くこともできない。


ただ胸の奥が、ずっと痛い。


——会いたい。

——触れたい。

——一人はいや。


たったそれだけの、

小さくて弱い願いだった。


それなのに、

私は影として揺れ続ける。


光を追いかけるたびに、

胸に穴が広がっていく。


「……どうして……届かないの……?」


返事はない。

でも遠くに光が見える。


泣きそうな顔で、震えている光。


あれが……

私が生きたかった未来。


あれが……

“私の妹”。


だから私は追い続ける。

影にできる唯一のこと。


——光に触れたい。


ただその願いだけで、

影の少女は今日も光を探して、

暗闇をさまよい続けている。

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