第24話 女神の面影
白い空間に立ち尽くしたまま、
瑞葉は胸の光を抱くように押さえた。
さっき聞こえた声の余韻が残っている。
——水羽。
耳ではなく、
胸の奥に直接触れたような音。
(……どうしてだろう
初めて聞くはずなのに……
懐かしい……)
ふわり。
白い光が、雪のように静かに舞った。
その光の中心に、
“誰か”の輪郭がゆっくりと形を帯びていく。
細い指先。
たゆたう衣。
水底の光を宿したような瞳。
完全に形を得るのではなく、
“気配”として語るようにそこにある。
瑞葉は息を呑んだ。
「……あなたが……
私を呼んだの……?」
光はわずかに揺れ、
頷いたように見えた。
——ずっと、待っていたの。
響きは優しい。
触れたら溶けてしまいそうなほど。
瑞葉は胸に手をあて、小さく呟く。
「待っていた……?
私のことを……?」
光が一歩近づく。
瑞葉の肩に、そっと風が触れるような感覚が落ちた。
——“水羽”。
あなたの名前。
あなたの魂が持つ、本当の響き。
瑞葉は目を見開く。
「……魂の……名前……?」
光はすぐに答えず、
瑞葉の頬の涙跡にそっと触れるように輝いた。
——あなたは泣いていたわ。
苦しかったでしょう。
瑞葉の胸が静かに震える。
影の少女の泣き顔が浮かぶ。
崩れていく世界。
必死に伸ばされた手。
(……置いてきたわけじゃない……
私がそうしたくて、したわけじゃないのに……)
胸が締めつけられ、瑞葉は唇を噛む。
光は、その痛みごと抱くように語った。
——あの子は“影”。
あなたの痛み、悲しみが形を取った存在。
けれど……それだけではないわ。
瑞葉は顔を上げる。
「……じゃあ……何……?」
光は揺れる。
その揺れは、どこか悲しみを含んでいた。
——あなたに話すには……
まだ早いの。
瑞葉の心臓がひとつ大きく跳ねた。
(……私の何を知ってるの……?
どうして涙の理由まで分かるの……?
“水羽”って……本当に私の……?)
問いが胸に溢れる。
けれど、光はそれを遮るように
瑞葉の髪を風が撫でるように揺らし、囁いた。
——今は思い出さなくていいわ。
“もう一人のあなた”がどれほど……
あなたを想っていたのかだけ、覚えていて。
瑞葉は息をのむ。
“もう一人のあなた”。
その言葉に、
影の少女の泣き声が脳裏に刺さる。
(……あの子……
まさか……)
瑞葉の手が、無意識に震えた。
光は優しく微笑んだように見えた。
——大丈夫。
あなたは独りじゃない。
これから、すべてを話すわ。
白い世界がふわりと揺れ、
水底のような響きが広がった。
物語の核心が、
静かに、確かに開き始めていた。
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