孤独マン・イン・ザ・異世界

ウルトラダークネスマスターマン

第1話 取れない染み

小学生くらいの頃、夏休みに、道路で車に踏んづけられたっぽいカマキリを見つけた事がある。

そのカマキリはもうピクリとも動かないし、体液みたいなのが道路に染みてた。

太陽の下でぼーっと、不思議なくらい眺めてた。

別に死んでる姿が面白いわけでもなく、知的好奇心的なものでもなく、ただ目的もなく見てた。


今、車にはねられて動けなくなってる俺も、あの時のカマキリっぽいかな…。


不注意だった。深夜の横断歩道で、車に気づかなかった。凄い音と衝撃で体が宙にふっとばされた。でも不思議と痛みが少ない気がする。少なくとも思考できるくらいには。これがアドレナリンってやつなのかな。

高校2年の冬、17歳。

人生これからって時にこのまま冷たい道路に横たわって死んじまうのかな。

友達、居なくて…楽しいこともなくて…いつも孤独で…つまんなくて、でも、毎日ご飯を食べれたし、暖かい布団で寝れてたし、別に不幸ってわけじゃなかったけれど。


体が動かせない。

暗い空に光ってる月だけが見える。

体が、寒い。




真っ暗闇で、月が見えなくなった。すると体の感覚がすべて消えた。地面の感覚も、寒さも。痛みも。完全に真っ暗になると、なんだか夢の中にいるみたいな気分になってきた。なんというか、さっきまで感じてた感覚がないせいか、現実味がない。


というか今、立ってる?足を前に動かそうとすると…


あ、歩けてる…

歩行している感覚がある。

さっきまでのが嘘みたいにいつも通り体が動かせる!

でも、なんでだ。

ここはどこだ?


何事もなかったかのようにそのまま歩いていると、暗闇の中に人影のようなものが現れた。


段々近づいていくと、シルエットが浮かび上がってくる。人間の、若い女性のような形で、背を向けていて、白い布のようなものを身に纏っている。


格好以外は普通の女性…のように見える。


只者では無さそうだが、勇気を出して話しかけてみようか?

いや、悩んでいてもどうせ、ここに出口なんて無さそうだ。


「あの、すいません……」


するとその女性はゆっくり振り向いた。

そして微かに微笑んで優しい口調で答える。


「はじめまして。」


「あ、はじめまして…」


この女性、おそらく俺が見てきた中で一番美しいんじゃないかってくらい…なんというか、可愛いい。いや、神々しい…?

黒い瞳に、白くて綺麗で長い髪で、肌も白くて綺麗で、羽織っている布も一つの汚れも見当たらなく綺麗だ。というか、思っていたよりも若い見た目をしている。俺と同い年くらいか?


少し間があいて、気まずさに耐えきれなくなった俺が話し出す。


「あの、此処ぉ、どこなんですかね?」


「ふふふ、ありがとう。ここに来てくれて。」


「え?」


「待っていたんです。あなたのような人を。」


予想外な言葉に少し驚く。人生でこんなに綺麗な女の人にこんなこと言われたの初めてだ。そもそも人とちゃんと面と向かって話すことがひさびさなせいか、だんだんと心臓が強く鳴り始めた。


「ここはどこか、と聞かれればそれは難しい質問ですね。でも、ずっとこの場所で暗いままじゃありませんよ。あなたは。」


はぐらかされてる…?

いや、それよりももっと聞きたいことがある…


「そうだ…!そういえば、僕はさっき車にはねられて、それでっ…それで…ここに……」


「はい、なんとなく見当はつきますよ。あなたの格好をみれば。」


急いで自分の格好を見ると、全身の服が血まみれだった。しかし、体から出血しているような感覚はない。

上半身の服を脱ぎ散らかしてみると、本当に体が出血していない。元のままで、ケガも何もなかった。

ペタペタと自分で自分の体を触っても、どこも痛くない。


「もう痛くありませんか?大丈夫ですか?」


「あっはい!全然…何ともないですね…」

「あ、服着ます…」


本当に不思議だ。

自分で脱いだ服をもう一度着て、また話そうとすると

突然、目の前の少女が俺の胸に飛び込んでくる、


それに耐えきれず後ろに倒れそうになると、俺は頭を自然に引っ込ませたが、手を後ろに打つことに失敗し少女はそのまま俺の上に覆い被さる。

バサッという音がなり、互いの血に濡れた服と真っ白な布が重なる。


「あっ俺の血がついちゃいますよ!?」


少女が俺に覆い被さったまま、俺の目を見て話し始める。


「急ですが、あなたにお願いがあるんです。」


「きゅ、きゅうっ」


俺の心臓の鼓動がさらに強く、速く、激しくなる。しかもこの少女に気づかれてしまうくらいに。

そして俺にも、この少女の心臓の鼓動の感覚がだんだんと伝わってくる。

俺よりも落ち着いた鼓動だ。

でも、確かに俺に伝わるくらいには強い鼓動だ。

まるで一生に一度のチャンスをつかもうとしているような、強い意志を感じる。


「あなたには、もう一度人生を始めてもらいたいんです。」


さっきから一斉に信じられないことが起きすぎて頭が変になりそうになるが、それをなんとかしようとして、状況を整理しようとする。


「いっ、ちょっ、ちょっと待ってください!じゃあ俺は死んだんですか!?」


「はい、ここに来たということは、あなたの体はもう既に…」


一旦冷静になろう。

呼吸を整えて、落ち着きを取り戻す。そしてゆっくり話し出す。


「じゃあ、もう元の世界には戻れないんですか?」


「何か、未練があるんですか?」


「…いや、特に未練があるわけじゃないんですけど、でも、もうこれで俺の人生終わりだと思うと、嫌な気持ちになるんです。」


「俺の人生、今思い出せるような楽しいこととか一つもなくて、それでも、もしかしたら大学に行けば、就職すれば、大人になれば、何か今よりは楽しいことが待ってるんじゃないかって、思ってて…」


…本当は、未来への期待なんてそんなにない。

でも、こんなところで終わりたくはない。


「なるほど、そうゆうことだったら、もっといい方法がありますよ?」


「もっと…いい方法?」


「元の世界とは別の、違う世界に行くということです」


「え…?」


「私は、あなたを別の世界にもう一度生き返らせることができます。」


「そこは、あなたが住んでいた世界と少し似た世界。でも、そこには〝魔法〟があるんです。その世界で暮らしている生き物たちは皆、それを使って生きている。」


あまりに現実離れした言動に、俺は気を取り直そうと上体を起こす。

すると同時に、彼女は起き上がって、俺から少し離れてしゃがんで、微笑んでこちらを伺っているようだ。


「魔法だとか、別の世界だとか、いきなり言われても何が何だか…」


「まだ、生きる活力が湧いてきませんか?なら こうしましょう。」


また彼女は俺に近づいてきた。今度は一体何をする気なのかと身構えていると、 


「もし嫌なら、私を押し退けて逃げてみてください。」


「一体何を───


俺の言葉を遮るように、その柔らかい唇を静かに、目を閉じて重ねてきた。

それとは反対に、急激に俺の目が見開く。


ようやく落ち着いてきた心臓が、また激しく唸りだしてしまう。また、彼女の唇の感覚を意識すればするほど、その鼓動はより激しさを増していき、体が熱くなって胸が苦しくなっていく。これ以上刺激を与えられたら、心臓が爆発して本当に死んでしまいそうだ。

そんな自分の気持ちとは裏腹に、彼女はだんだんと強く唇を押しつけ始めた。


あまりの衝撃で気が緩み、今度はお互いの唇の隙間から、わずかに彼女の唾液が入り込んできてしまった。

あまりに心臓が苦しくて、逃げようと思いつくが、なぜか体が動かない。

一秒一秒が長く感じ始めると、彼女が唇をいきなり離す。


「……んはぁっ…はぁ…」

 

「っ!はあっ、はぁっ、はぁっ…」


お互いの唇先から繋がって垂れている液の糸が、ゆっくり自分の顎に生暖かさを残していく。

お互いの酸素を求める声が、ただ辺りに聞こえる。



しばらくして落ち着いてくると、この女の子はもしかしたら、何か良からぬことを企んでいるのかもしれないと思いつく。

だって明らかにおかしいじゃないか?普通、顔も知らない赤の他人に急に近づいて、こんな恋人のような、キスまでするなんて。普通はありえない。


「…逃げませんでしたね。嫌じゃなさそうな顔、してますよ…?」


今、自分がどんな顔をしているのか。そんなこと想像したくもない。でも、他人に晒せないような顔をしてるだろうということは想像ついてしまう。


「もちろん、ただあなたとキス…したかったわけじゃないんですよ。ちゃんと理由があるんです。」


「…もし次の世界で無事に生き残ることができたら、この続き。しても構いませんよ。」


絶対に罠だ。こんな都合の良いことが俺にあるわけがない。絶対に騙そうとしてるに決まってる、こんな約束なんて…



「分かりました」


「やる気、出たようでよかったです。では、目を閉じて…」


言われた通り目を閉じる。とっくに、俺の脳みそはキャパオーバーしていた。もうこの人のことしか考えられなくなってしまった。


意識が、薄くなっていく。

咄嗟に俺が質問したのは、決して疑いからの言葉ではなかった。


「最後にあなたの名前!聞いてもいいですか!」


「…わたしの名前は、ルクシー。覚えていてください。」


絶対に忘れない。そして必ずここに帰ってくることを俺は強く決意した。




気がつくと、地面に草のような感覚を感じる。そして、寒い。しかし、さっきの事故の夜よりは暖かい。


ゆっくり目を開けると、青い空と少しの雲だけが見える。


「ルクシー、日本人では無さそうだな…」


ひんやりとした冷たい風が、なぜだか爽快だ。

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