第35話:処刑人と、紫煙の断罪
「く、来る……! 『処刑人』たちが来る……!」
村の広場。猫耳少女のニアが、西の森を睨んでガタガタと震えていた。
彼女の獣耳は、俺たちには聞こえない遠くの足音と、殺気を捉えているらしい。
「落ち着けって。ここには俺たちがいる」
俺はニアの頭をポンポンと撫でてやる。
フサフサの耳が恐怖で伏せられているのが可哀想だ。
「で、どうだヴァイス」
「……ああ。感知した。数は30。だが、先日の『聖女』一行とは質が違う」
ヴァイスが指先の糸から情報を読み取り、冷ややかに告げた。
「殺意の塊だ。邪魔な木々を魔法で吹き飛ばし、強引に直進してきている。交渉の余地はないな」
森の方角から、木々が倒れる音と土煙が上がっているのが見えた。
隠れるつもりもなく、最短距離で獲物を狩りに来ているのだ。
「……気に入らねぇな。森は俺の庭だぞ」
俺はタバコの火を消し、ゆっくりと立ち上がった。
「総員、迎撃だ。……ただし、ニアたちの前だ。あまり残酷な殺し方はするなよ」
「「「御意!!」」」
ゴブ郎、シルヴィ、シドたち眷属、そしてクロウ。
最強の家族たちが、一斉に殺気を解放した。
◇ ◇ ◇
村の入り口にある防壁の前。
そこへ、全身を真紅の法衣と甲冑で固めた集団が現れた。
聖法皇国エクレシアの非正規部隊――**異端審問官・実行部隊『処刑人』**だ。
「見つけたぞ……穢れた亜人どもめ」
リーダー格の大男が、巨大な戦斧を担いで嗤(わら)った。
その目には慈悲も理性もなく、あるのは狂信のみ。
「神の土地を汚す害獣は、一匹残らず浄化せよ!!」
「「「オオオオオ!!」」」
処刑人たちが、神聖魔法で強化された身体能力で突っ込んでくる。
ニアたち獣人が悲鳴を上げた。
「ひっ……!」
「大丈夫だよ、猫ちゃん」
ふわり、と。
ニアの前に、銀髪の美少年――末っ子の**シド**が降り立った。
「こいつら、いじめていいやつ?」
「あ、ああ……」
「わーい! じゃあ遊ぶー!」
シドが無邪気に笑い、指を弾いた。
**シュバッ!!**
「ぐあッ!?」
先頭を走っていた処刑人たちが、見えない何かに足をすくわれ、盛大に転倒した。
地面スレスレに張られた、シドの**「鋼粘糸」**だ。
「な、なんだこの糸は!? 切れない!?」
「えへへ、僕の糸は粘着力すごいんだよー」
シドが糸を引くと、数人の男たちが芋虫のように吊り上げられ、空中で激突させられた。
ゴチンッ!! という鈍い音が響く。
「おのれガキがぁぁ!!」
別の男たちがシドに斬りかかるが、
「おっと。私の可愛い弟に手出しはさせませんよ」
横から滑り込んできたのは、長女の**レミ**だ。
彼女はおっとりとした笑みを浮かべたまま、背中の蜘蛛脚(エーテルアーム)を振るった。
硬質な脚が男たちの武器を弾き飛ばし、そのまま優雅に蹴り飛ばす。
「キャハハ! 遅い遅い!」
「そこ、隙だらけ」
さらに、**ミファ**や**ファソ**たち他の姉妹も参戦。
美男美女軍団による、一方的な蹂躙劇。
処刑人たちは剣を振るうことさえできず、次々と糸でぐるぐる巻きにされ、転がされていく。
「ば、馬鹿な……! 我らは神に選ばれた戦士だぞ!?」
リーダーの大男が愕然とする。
そこへ、俺とヴァイスが歩み寄った。
「神様も人選ミスするんだな」
「き、貴様……この異端の村の長か!?」
大男が俺を睨みつけ、懐から水晶のようなものを取り出した。
「ええい、小賢しい! これならばどうだ!」
水晶が眩い光を放ち始める。
「**『聖遺物・裁きの光』**!! 亜人もろとも灰になれぇぇぇ!!」
「あっ、タケル様! あれは高密度の攻撃魔法です!」
クラウディアが警告する。
だが、俺は足を止めなかった。
「……眩しいっつってんだろ」
俺はライター(鳳凰の柄)を取り出し、親指で着火した。
ボッ。
小さな青白い炎が灯る。
「灰になるのは、お前のそのふざけた信仰心だ」
俺はライターの炎に意識を集中させた。
**《炎操作》**。
俺の魔力に呼応し、小さな火種が爆発的に膨れ上がる。
**《煙霧変調》――『断罪の炎』**
膨れ上がった炎は紫色の嵐となり、大男が放った「裁きの光」を正面から飲み込んだ。
「な、なにィィィッ!?」
神聖な光が、俺の紫炎にあっけなく食い尽くされる。
炎の嵐はそのまま大男を包み込み――しかし、肉体を焼くことはなく、彼が持っていた**「水晶」**と**「武器」**だけを灰にして消滅させた。
「あ……あぁ……」
大男はへたり込んだ。
自慢の聖遺物も、武器も、鎧さえもボロボロに朽ち果てている。
俺の『浄化』の概念が、彼らの「敵意」と「武力」だけを焼き尽くしたのだ。
「ひ、ヒィィッ……! 悪魔……いや、魔王だ……!!」
戦意を喪失した処刑人たちは、這いつくばって逃げ出そうとする。
だが、逃がすわけがない。
「逃げられると思うなよ。……おいクロウ、番犬の仕事だ」
「ワォン!!」
周囲の森から、20匹のブラックウルフ隊が一斉に飛び出した。
逃げ道を完全に塞ぎ、喉元に牙を突きつける。
「詰み(チェックメイト)だ」
ヴァイスが冷ややかに告げた。
◇ ◇ ◇
捕縛された処刑人たちは、武装を解除され、拘束された。
「す、すげぇ……」
「オラたちを追ってた奴らが、手も足も出ねぇなんて……」
一部始終を見ていた獣人たちが、ポカンと口を開けている。
ニアが震える足で俺に近づき、抱きついた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう……!」
「言ったろ? ここは安全だって」
俺はニアの頭を撫でながら、捕らえた処刑人たちを見下ろした。
「で、こいつらをどうするかだが……」
「聖女エリラに引き渡すのが筋だろうな」
ヴァイスが提案する。
「彼らは聖教国の面汚しだ。エリラに突き出せば、本国の法で裁かれるだろう。我々が手を汚すまでもない」
「だな。後で連絡して引き取りに来てもらおう」
聖教国とのパイプ役である聖女エリラに身柄を預ければ、外交カードにもなる。
これで西の憂いもなくなった。
だが、これで終わりじゃない。
**ズズズズズズ…………**
その時、微かだが、確かに地面が揺れた。
足元の小石が跳ねる。
「……地震か?」
「いいえ、違います」
シルヴィが真剣な表情で、西の最深部――ドラゴンの巣の方角を睨み据えた。
『……来ます、主様。森の主が、この騒ぎを嗅ぎつけて……完全に目を覚ましました』
空気が変わる。
これまでのワイバーンや処刑人とは次元の違う、圧倒的なプレッシャーが、森の奥から押し寄せてくるのを感じた。
「……いよいよ、親玉のお出ましってわけか」
俺はタバコをくわえ直し、ニヤリと笑った。
「上等だ。要塞も、戦力も、飯も十分だ。……迎え撃つぞ!」
最強のスローライフを守るための、最後の戦い。
**「対・古龍決戦」**の幕が、今上がろうとしていた。
(第35話 完)
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