4-② 一矢の備え 視点:辻霧

《11時1分/自宅》


 アタシは小澤おざわ ひかり氏の葬儀会場を離れ、帰宅する。中には一人の男性が居た。

「おや? まだ作業中だったかい?」

 彼に声をかけるとこちらを振り返る。ドアの音などに気付かず作業に没頭していたようだ。

辻霧つじきりさん、おかえりなさい。ちょうど作業が終わるところですよ」

 彼はブヤくんこと、部谷とりたに宮路みやじ―――説明割愛でいいか。少しの頼みで今はアタシの家に入っている。

 毛玉のような黒い癖毛に丸眼鏡をかけた男はタブレット片手にし、猫背気味に立っていた。

「それで、どうだった?」

「オールホワイト、何もなかったです~」

 語尾を伸ばし気だるげに話す。

「そうか。警備会社に契約したおかげかな」

「だと思いますよ~」

 アタシが彼に依頼したことは事務所に盗聴器が仕掛けられていないかということだ。 


 あの日、三川氏を家に呼んでCDのブラフを話した直後、襲撃に遭った。それとなく、スタジオに監視カメラなどが仕掛けられていると思ったが、こっちの方についてはわからなかった。それでプロに確かめてみた。

 アタシの仕組んだブラフの手の内を明かしてなお襲って来たということは例のスタジオにカメラのようなものが仕掛けられているのが確定と言っても良いのだろう。これで襲ってこなかったらそれこそここにもあっておかしくはない。

 だがプロの目で「無い」とわかれば


「無ければ安心だ。ただ、例の現場の方はどうしたものかね」

 間違いなく、あの場所にいる限りは筒抜けということか。ならあの時シールを剥がしたのは正解かもしれない。もしわかったとしてもあれは一種の暗号だから。

 ただ敢えて三川みかわ氏の前で話さなかったことについてはさすがに不安が残ったから文字に起こして口にもしないようにした。

 実際襲撃した輩は、結局目的は何だったのだろうか。目的を確認する前にアタシが返り討ちにして尋問もしなかったのが迂闊だった。

「それなんですが、ぼくの方で一つ秘密兵器を用意しました~」

 そう言ってブヤくんは手のひらサイズの黒い丸い金属の塊を出す。

「簡単に言えばジャミング装置です~。周辺に妨害電波を送る仕組みになっていて~、範囲は半径250メートル程度です~。要点は使い切り型で~、パソコンやスマホにもちゃんとジャミングが影響することです~」

「へぇ、良いものじゃない。まさかこれを売りつけると?」

「将来的にはそうしたいですよ~。さっきも言いましたがそれは使い切りなんです~、最終的には特定の機器に対してジャミングしたり、あとは充電して何回でも使えるようにしたりしたいです~。なのでそれは試供品ってやつです~。もしスマホを壊しちゃったら弁償しますよ~」

「そこまで気を遣わないでくれ、でもそうね、是非試してみようかしら」

 アタシはそれを握って、終幕に向かおうとした。


*****


《12時31分/碑文谷公園》


 自宅近くにあるこの公園は親子連れなども多いスポットの1つだ。

 これからアタシのやることは少しばかり緊張感のあるものだった。殺伐とした家の中でやるよりかは自然の匂いに包まれてやる方が気に病むことのないものだった。

 アタシはスマホを取り出し、ある人物に電話を掛ける。

「あぁ、もしもし。今時間を貰ってもいいか? 手短に話す」

 ある人物、頼れる人物に話をした。

「それは先日の襲撃と? アナタの言う通り、をしたよ。それはそれとして、耳に入れておきたいことがあるんだ」

 私は少し息を整えるために少しスマホから距離を取って、深呼吸をした。受話器からアタシの名を呼ぶ声が聞こえるが、すぐに戻った。

「すまない、少し深呼吸をしてね。アナタも耳にしたことはあるのではないか、【椿】についてだ。今アタシの調べていることがそれに絡んでいる可能性があってね」

 そこからアタシのわかってきたこと、考えうること、今後のことについての話し合いをした。


 これである程度の布石はできた。いつ実行するかは別の話なるが。


 電話を切り、澄み渡った晴れ空を見上げる。雲が少しあるが快晴と呼んでも良い。

 その空気を吸いながら目を閉じて想起する。私の頭に鮮明に残るあのスタジオ、そして違和感が残っていたあれだ。壊れていたスピーカーだ。


 そして考えれば考える程、アタシ・辻霧 綾世あやせという人間についてだ。

 アタシは恐らく与えられたパズルを完成させるための最後のピースなのかもしれないと。そしてアタシがやるべきことは小澤 光氏の無念を晴らすということも、一つの依頼として果たすべきことだ。しかし同時に、これは光氏が敢えて複雑に入り組ませた、何重にも縺れる糸を解く役割もあるのだと気づく。

「だとしても、まだ決定的なものが少ない。まだ何かあるはず」

 紐解くための糸口をまだ見落としている可能性があった。

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