3-① とある仮定【椿】 視点:辻霧

《20時11分/自宅》


 三川氏が帰宅してからアタシはホワイトボードにある文字を綴る。


TOWASKILLEROFPOLICE


 スタジオ内にあったテープ付きのCD20枚のタイトルの頭文字だ。

 そもそもあそこにあったCDはオールジャンル、邦楽・洋楽しっかりまばらではあったが、だった。アタシはその時点で違和感を覚えたが、これをテープの色ごとに分ける意味で斜線を入れると次のようになる。


TO/WAS/KILLER/OF/POLICES

 直訳すると「TOは警察の殺し屋だった」

 TOとは恐らく小澤おざわ氏の祖父、小澤 てる氏のことであろうと優先的に考えてしまう。別の意味があるなら話は変わるが、一度その前提のもとで話を進めよう。

 またもう一つ、このCDのアーティストの名前は漢字やカタカナやひらがなや様々だったが英名のものは7つだ。ここに焦点を当てて同じ順番に並べるとTSUBAKIになる。

「まさかその名前をこんな時、こんな場所で聞くとわね」


 椿。それは、あくまで噂や都市伝説の話だが、警察内で秘密裏に動いている粛清者のことだ。悪徳警官など、警察組織の信用信頼を失墜する存在を否応なしに抹消する殺し屋だ。

 基本的に警察官の肩書を有しているものに限っているが、組織に都合の悪い存在も対象になるとか、そんなことも耳にしたことがある。

 だけどそんなのは本当に噂程度のもので、刑事だった当時のアタシは決して深く意識することは全くなかった。

 問題はこの噂程度しかない言葉を、ありふれた普通の20代OLが知っているのかということだ。

 確かに今の世の中はインターネットの普及は急速だ。そんな嘘か本当かもわからない噂話なんぞネットで調べれば容易ではある。いたずらにそんなことをする性格であれば困ったところだが、それにしては伝え方に強い思念があることを踏まえると、到底ジョークの一環ではないことは伝わる。

「はぁ〜あ、『死人に口なし』とはよくもまぁできた言葉だ。ホントに今はキミの声でその真実を感きたいものだ」

 バンと強くホワイトボードを叩き、額を当てる。冷たくて寒くて虚しいものが伝わる。まるで死体のように―――。

「だけど、それを代弁するのが責務なら、上等。探偵としてとことん付き合ってやろうじゃないか」

 そのままアタシは今の思いの丈を吐き尽くす。


*****


 数刻静寂ののち、都合ドアのノック音が聞こえる。

「誰だ?」

 アタシは基本的に、呼んだ人間がわかっていれば鍵は開けておく。だけど、それ以外は基本的に施錠するのが常だ。

 一応警備会社と契約もしているところだが、監視カメラを見てみるか。


 スマホのアプリから玄関の様子を見ると、薄暗い夜に紛れるような薄汚い不審者が5人ほど家の前に立っていた。

「へぇ?」

 思わず声が出る。これはいわゆる襲撃者か。タイミングがいいことだ。


 ドアを開ける。

「は~い、こんな夜更けに依ら――――」

 アタシの言葉を遮るように金属バッドが、振り下ろされる。数ミリずれることで、地面を強く叩きつけ、カンという金属音が玄関のみならず住宅街一面に木霊する。

「全く、暴力的な依頼人は困るなぁ~。それに、それ以上暴れるとアタシ含め悪目立ちするから。それにそ〜んな大勢押しかけても今ので大体程度が知れた」

 アタシはバットを足蹴ると、そのまま地面に転がって行った。

「痛い目見たくなかったら速攻お引き取―――――」

 今度はスタンガンが電撃を迸らせながらアタシの腹部を狙ってきたが、数センチ移動して回避できる。本当に素人集団がただ襲ってきたようだ。そのまま持つ手に肘を入れてスタンガンはカシャンと渇いた音が鳴る。

「人の話を聞かないせっかちさんだなぁ~、そ んじゃあわかった」


 それからアタシは裏撃者を返りちにしてやった。数分もいらない。と言っても殺しはしない。皆さんそろって今は蹲って悶えた唸りが聞こえる。

「ひ、ひぃ〜〜〜!」

 悲鳴を上げたのは取りこぼしの襲撃者一名。その男は逃走を図ろうとした。

「待て!」

 アタシは追おうとすると、何かを投げてきた。咄嗟の判断で身を守る動作をしたがコツンとプラスチック程度の固さの小物が腕に当たった程度で痛みも無く、ただ床に転がった。

 ただの不意打ちと呆気にとられると、男の姿は視線の中に収まらなかった。慌てて玄関を出るが靴の鳴る音さえ聞こえなかった。逃げ足の速いことか。いや、どこかに隠れているのか?アタシはゴミ収集場所や隣家の庭を遠目に見るなどして周囲を探し回ったが結局見つかることはなかった。

「クソ。一人取り逃したか」

 アタシは少しばかり心残りな思いを持ちながらタバコ一本に火を点ける。

「とりあえず、家に来た人たちだけでも処理をするか」

 処理、と言っても殺しではない。警察に引き渡すために一旦動けないようにする。


 部屋には4人の男。

「さて、お話をしよう。何が目的でアタシの前に現れたのかな?」

「……」

 4人とも口を噤む。

「CD? それともホワイトボード?」

「……」

 4人とも口を噤む。

「雇い主は? どうせ何か都合の良いもので釣られてここに来たことくらいわかっているわ」

「……」

 4人とも口を噤む。

「はぁ。埒が明かないね」

 回し蹴りで1人の頭を薙ぐ。1人はバタンと倒れ、白目を剥いていた。

「こうなりたくなかったら教えて欲しいな。もう一度聞くね――――」


 結局誰も口を固く閉ざしたままだった。目の前には気絶した男4人。追い打ちでこめかみあたりに5発蹴りに近い踏み込みをすれば脳震盪で済むだろう、とできるだけ足に色々込めて強く踏みつける。襲われそうになったから対処したと言い訳すればいい。

 何人か小刻みな座撃をしている様子だが大丈夫でしょう。正当防衛、正当防衛。念には念で脈を確認したから大丈夫。

 あとは万が一、意識が戻っても動かないように紐を。そんなものは置いていないし、ガムテープはあったが簡単に解かれるかもしれない。と思案しながら部屋にある倉庫を見ていると、どういうわけで買ったのか覚えていない未開封の結束バンドがあった。

 これならガムテープよりましだろうと思い、アタシは襲撃者を後ろ手に拘束して察に通報した。

 ちなみに逃走する場合の目印にタバコで根性焼きして火傷痕を作ることも考えはしたが、これ以上は一線を超えて後々怒られそうだからそれは控えた。


 警察に通報したのち、念には念で三川みかわ氏にも一連の出来事と注意することを伝えた。

「とりあえず、あっちもこれで事なきを得れたらいいがな」

 アタシは新しいタバコは随分短くなり2本目と行きたいところだったが、ここは敢えて珈琲にした。


*****


《20時46分/同所》


「全く、大変な目に遭いましたね……」

 来てくれた知り合い警察官に対して、タバコーつ吹かして余裕を見せたいところだが、穏やかな気持ちでないのは事実だ。本当に大変な目に遭ったという自覚がある。

 物々しい雰囲気の中、複数やってきた警察官たちはならず者のそいつ等を回収していった。

 しかしアタシの領域を侵犯した輩の顔を拝んだが、どれもこれも老いぼれた薄汚い男共だ。おそらくホームレスだろう。適当に食事、金、酒、女、エトセトラそれで釣ってアタシを襲わせようって魂胆が伺える。

 だとして依頼人は誰になるかはわからないところだ。襲うにしてはお粗末が過ぎる。その道のプロとは言えない。いくつか可能性はあるにせよ、全部がタラレバだ。

 とりあえず目先のこととしては、逃した一人の男の行方がわかればいいが。いや、それはまた別でいいだろう。問題はその男が置土産に投げ捨てたこれだ。

 アタシが手に取ったそれは麻雀牌。素子の牌だった。ただし、それは1~9のどれにも該当しない絵柄で、竹の組み合わせで「詮」とあった。


 心当たりがある。


 まさか噂には聞いていたが本当にそれがあるとは思わなかった。 

 警察を辞め、探偵の世界に足を踏み入れた頃に出逢った師匠・野崎のざき 東吾とうご

 彼はアタシに探偵としてのアレコレ全てを教えてくれた。今こうしてやっているのも彼の存在あってこそのもの。

 1年くらい彼の事務所で手伝いと称して実際に調査などをしてきた。とは言っても今請け負っているものに比べ大それたことではない。ネコ探しや浮気調査、フィクションの探偵に憧れた者たちが目の当たりにするノンフィクションの仕事だ。それからは独立して、今ではここを拠点に細々と暮らしている。


 さて昔話はここまでとして、アタシはその師匠からさっきの麻雀牌については軽く耳にしたことがある。だが、さっきも言った通り噂程度のものだった。だから本当なのかはわからないところがある。

「この時間なら大体決まってあそこかな」

 アタシは師匠にアポなしで会う決心をした。

 幸い、家に来た警察官が昔馴染みということもあって署での聴き取りも省かせてくれるほどの融通を聞かせてくれる。「全くしょうがないな、辻霧つじきりさんは」と渋々な言葉を言いつつも承諾してくれた。それとついでに一つ頼み事もして問題なき布石を敷いた。

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