1-⑤ とある視点より眺む小澤 視点:三川

《5月30日/18時10分/???前》


 明日は辻霧つじきりさんと、それと美咲みさきさんと話をする日だ。今回の件は心もとないボクに協力的であることでなんとかなっている。彼女なりに頑張っているはずだ。

 

 だったらボクもボクでできることはやりたいと思っていた。

 

 なんて言い聞かせながらボクが立っている先はと言えば、【NOCTURNE】と書かれた事務所だ。ここはひかりさんの勤めていた会社だ。代官山駅を抜けて少し歩いた先、渋谷が目と鼻の先にある。

 どうして場所を知っているかって? まぁサークル集まりでよく迎えに行っていたからというのがある。前にも言ったが僕も彼女も住む家は近いが、だからこそ最寄り駅の沿線も一緒なのだ。と言ってもボクのいるオフィスは渋谷で降りて乗り換えをするから、ある意味彼女は大層楽に通勤しているのだと思っている。

 と回想をここまで言ったところで、一応にもボクは記者という肩書がある。何かあれば交渉で取材ネタを勝ち取って、どこかで話をそれとなく光さんのことを聞けたら何たる奇跡かという絵空事に基づいてここまでやってきた。


 しかしそんなうまく行くはずもなく、いやそれどころか、新聞の名刺も出すなどして信頼性を勝ち取ろうとしたがかえって不審がられ、門前払いだった。おそらく光さんの死で取材が多いのかもしれない。

 若いOLの動機不明自殺。「会社での日頃どうでしたか?」とそこからこの会社の闇を暴かんとする同業他社はいるのかもしれない。随分と失礼極まりない。仕事をしている彼女はとても活き活きしていたのを他人かつ部外者のボクでもそう感じていた。とは言っても結局のところそれはボクの主観で他者から見たらそういうことを知らないと突きたくなるものか。

 給料などの成り行きで新卒入社した世界だが、こういうことになると記者という仕事も気分のいいものじゃないと感じてしまうなぁ。

「どうしたものかなぁ…」

 ボクは腕を組んでビルを見上げながらボソッとつぶやく。何の成果も得られなかった。無駄足とかそれ以前になんだか中途半端だ。

「あれ? 君は……?」

 門前払いされ、諦めの中、代官山駅を目指そうとした時、肩を叩かれ声をかけられた。ボクはおっとと転びそうになったがどうにか体勢を戻す。

「あぇ、えっと…」

 振り返るとそこには栗色で長髪毛先に少しパーマをかけた少し背の低い、若い女性だった。年齢的にはボクと同じくらいだろうか。

「もしかして、小澤おざわちゃんの後輩のえーっと……そうだ! 三川みかわ君だ!」

 彼女はボクとそして光さんの名前を言った。光さんの知り合いだということはちゃんと伝わってきた。

 どうやらこの人は光さんの同僚らしい。少し話を聞けないかと頼んだら快諾してくれ、駅近くの喫茶店内に入った。


*****


「改めて、初めまして、三川 あらたです」

 ボクは丁寧に名刺を取り出し、目の前の彼女に渡す。

「これはご丁寧に、頂戴いたします。ごめんね、今名刺切らして………ってオフだからそんな堅苦しい挨拶をしなくてもいいって~」

「とんでもない、押しかけたのはボク自身なんですから最低限の礼節をと思って」

「へぇ~、あの子の言う通りだわ、本当に真面目な子なんだね。それはさておき、私は小幡おばた 咲良さくら。ここで彼女と同じ営業をしていたわ」

 本当になんと都合のいいことか。この人になら少しは光さんのことを聞けるかもしれない。

「あぁ、えっと……」

 だけど少し躊躇いもあるな。この人との関係についてまだ掴めていないところもあるが出たとこ勝負でやるしかない。

「まず光さんのことを聞きたくてボクはここにいるのですが話を聞いてもいいですか?」

「だからそんな堅苦しくしなくてもいいって。でもなぁ~」

「え? よかった?」

 気になったあまり思わず伝え返しをする。

「あぁいやね、私もひーちゃんが自殺なんてするはずがないと思っていたのよ。だから……三川君みたいに疑問に思って動こうとしている人がいるなんてびっくりしたんだ」

「そうだったのですね……」

 ボク以外にも同じ立場の存在はいるんだと思うと、今やっていることがボクだけの思い込みじゃないんだと思えた。

「ひーちゃんは私と同期でね、それで同じ部署。同年に入社して営業に入った子は私たち以外にもいたけど異動したり……あとはやめたりして。だから遠慮なく何でも話せる相手がひーちゃんだけになったんだ。だから私も知れるものなら知りたいよ、あの子が死んじゃった理由を。だからなんでも聞いて、全部答えられる保証はないけど、頑張っている君のために貢献したい」

 先ほどから彼女は光さんのことを「ひーちゃん」と呼んでいる。光の「ひ」に由来するのだろうけどそれだけ親しい間柄の人だったんだなと思った。

「ありがとうございます! と言ってもボクも行き当たりばったりでここに来たもので……そうですね、ありきたりなことなんですが、彼女と最期に会ったのは職場ですか?」

「概ねその通りね。あの日は仕事帰りにいつも二人でお茶する喫茶店があって、あぁ、ちなみにここなんだけどね、そこで軽食と珈琲を嗜みながら1時間ほど雑談に更けていたわ」

「ちなみに仕事が終わったのは?」

「あの日は定時だったから18時を過ぎた頃だったわ、ちょうど今くらい。そこから19時前くらいまで喫茶店にいたわ」

 ということは、帰ってしばらくした頃にボクや美咲さんにメッセージを送っていたということになるのか。

 もし彼女の言うことが正しければにはなるが、それ以前の時間帯でボクは彼女からのメッセージを確認していない。

「ちなみにその時は喫茶店ではどんな話を?」

「ん~。仕事の愚痴とか、今度出る新作コスメのこととか、本当にいつものこと。すっごく盛り上がっていたわ。だから余計にね、信じられないのよ。さっきまで楽しく話していた数時間後に自殺したのだから」

「つまりは、いつもの光さんだったということですか?」

 まるで特別感に感じない日常的会話過ぎてそんな勝手な解釈をしてしまう。

「そうね。何気ない、いつもの、普通のひーちゃんだったわ」

「そうですか……少し遡って光さんの様子とか、何でもいいんですが、気になったことはありますか?」

「気になることねえ……」

 しばらく小幡さんは持っているコップを手でクルクルと回しながら考えている様子だ。

「ダメね、特にこれといったことがないわ。君の期待に応えられるかはわからないけど、本当に些細かもしれないけど、そもそもさっき話題にしたここでの雑談の時間ってほぼ週一でやっているのよ。言ってしまえばお互いのルーティンみたいなものね。だけどう~ん……大体一ヶ月前からそれが連続的に途絶えていたんだよねぇ」

「え?」

「それこそ最後にここでお茶した時も思わず『久しぶりだね、こうする時間も』って言ったら。『最近やりたいことがあってどうしてもねぇ~。本当にごめん!』ってなんならあの日の珈琲は彼女からの奢りだったわ」

 光さんが人に奢る話は決して珍しい話ではない。しかし、小幡さんにとってはさぞ珍しい話だったのかもしれない。

 だけど知らなかったルーティンだ。週一で同僚とお茶する時間を作っていたとは。まぁボクも彼女もそこまで込み入った事情を話すほどでもないから、知ったところでと思ってしまう。

 コムで集まる時も確かに雑談はするけど、小幡さんとは違って音楽の話題ばかりだ。仕事のこと、音楽以外のプライベートのことも話したことがなかった。

「一ヶ月前から途切れたルーティンについてなんですが、何か気になることとかなかったですか?本当に些細なことでもいいんですが」

「そう言われると……あれかな?」

「何かあるのですか?」

「いやね、あの子って結構仕事ができるタイプの子だったんだけど、ここ最近小さなミスが目立っていたなぁ~って、本当に書類の誤字脱字とか、計算ミスとかそういう小さいもの。幸い上司に大目玉を食らうことはなかったけど、頻度があまりにも多いことが珍しいなと思ったわ。あとはふとした時間にボーっとする時間が増えたような」

「ボーっとするような時間?」

「うん。こう空を見て、ポカーンとしているような、何を考えているかわからない様子だった。もしくは眠そうな感じ?」

 それはもしかして寝不足だろうか確かに彼女は学生時代よく夜更かしをしていたけど、それは音楽に捧げていた。社会人になってからは自重している様子だったが。

「それが一ヶ月くらい前に?」

「ええ、そうね。気分晴らしにルーティン以外で食事とかも誘ってみたんだけど全部断っていたんだよね」

「そうですか…」

 ボクらのサークル活動はちゃんと予定通り定期的に集まっていた。だけど小幡さんとの時間はなるべく減らしている様子だった。

 この違いについては……わからない。そもそも彼女がどれほどの頻度で光さんを誘ったかも事細かに追及するのもさすがに引き際なのかもしれないと思い深くは言わなかった。

 これ以上、小幡さんからは情報は得られそうにないなとボクも引き際を見つける。

「少し参考になったかもしれません。ありがとうございました。もしかしたらまたお話を聞くかもしれませんが」

「えぇ、もちろん。連絡先を交換しようか………ところで三川君はさ。ひーちゃんのことを自殺じゃないと思っているんだよね?」

「はい、そう思っていろいろと画策しています」

「そっか。それじゃあ私から言えた口じゃないけどさ、あの子のために頑張ってね」


 ボクが得られた情報は必ずしも有益になるかはわからない。でもボクの見ている彼女はどうしても限られてしまっている以上、ある意味ではいい話を聞けたのではないかと思っていた。

*****


《5月31日/18時52分/骨桜》


「と以上が事の顛末です」

 ボクは光さんの同僚を名乗る女性との会話について共有した。

「ふむ。わざわざ自身のルーティンを蹴っていた。だけどキミたち2人との時間は優先した」

「……なんだかヒカリのことがわかんなくなってきたなぁ。会社の同僚との時間を蹴っていたけどワタシたちとの時間は蹴らなかったこと。それに蹴ってまで何をしたかったのか」

「少し謎は多いが川口かわぐち氏、アタシは一つの考えがある」

「考え?」

「あぁ。『人のやることには何か意味がある』だ」

「意味……」

 辻霧つじきりさんの言葉に含まれる意図が見えない。

「昔、アタシのだ。どんなに辛いことも、後に繋がる何かしらの『意味』を持っている。その人はよくアタシに言ってくれた。慰めのような、励ましのような、ね」

「ただの気休めじゃないですか」

 一度タバコを吹かしながら「ただの気休めかもしれないがね」と言って続ける。

「だけど今のアタシの信念には常にそれが根底にある。それに、さっきの三川氏の話によれば、コムは、特に小澤氏か、彼女には独自の世界観を持っているように伺えるのはここまで出てきた情報だ。つまり彼女の生前に何かしら残したかったのかもしれない。そしてその鍵は……やはり音楽なのかもしれないな」

「音楽?」

 ボクは首をかしながら尋ねる。

「先日小澤氏の自宅から拝借した例のデモCDだよ」

「あのCD、そう言えば何かわかったことはあったのですか?」

「あぁ、いくつか。と言ってもアタシ1人でどうこうできた次元ではないがな。これについてはあとで具体的にスケジューリングをしたいところだ」

「わかりました。じゃあ今日はとりあえず」

「あぁ、まずは川口氏と久しぶりに話せて、それで小澤氏のことを少し知ることができて大変有意義な時間だったよ」

 とボクらは解散した。後日ボクは改めて辻霧さんの事務所に伺うことになったが、どういうわけかベースを持ってきてほしいと言われた。

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