第30話:狼魔獣か山犬魔獣か

20××年5月3日(金):桃源郷キャンプ地

            :幸徳井友子(かでいともこ)視点


「「「「「ウォオオオオオ!」」」」」


 前方から傷ついた獣人族が20人ほど現れた。

 最後尾を守って、戦えないお母さんや子供の逃げる時間を稼いでいたのだろう。

 追って来た魔獣は、アニメに出ていたような巨大な狼だった、いや、山犬か?


 山犬魔獣の口には、農民兵がくわえられている!

 一瞬、妖精が食べられてしまったのかと、血の気が引いて目の前が暗くなる。


【だいじょうぶ、魔獣と直接戦っているのは私たちよ。

 友子が哀しまないように、妖精族は後方支援をしているわ】


「スリープ、スリープ、スリープ、スリープ、スリープ……」


 ロッテの言葉に安心しつつも、返事をする余裕などなかった。

 タブレットの魔術欄をタップしまくり、精霊や妖精だけでなく、この世界の神様にも助けてと請い願いながら、眠りの魔術を放ち続けた。


 それまで激しく暴れ回っていた山犬魔獣が、一瞬で電池の切れたオモチャのように、パタリとその場に倒れて動かなくなった。


【友子の眠り魔術が決まったわ、今のうちに止めを刺して!】


 ロッテがスピーカー機能を最大にしてみんなに命じた。

 ロッテたちが操っている農民兵や山賊は、言葉にしなくても止めを刺すけれど、妖精族の入った着ぐるみ寝巻と獣人族は、言葉にしないと伝わらない。


「今のうちに皆殺しにするよ!」


 燃えるような赤毛の狼獣人が他の獣人に命じた。


「「「「「おう!」」」」」


「おかあさんだ、ぼくのお母さんだ!」


 赤い狼っ子がうれしそうに飛び跳ねている。


「わたしのお母さんがいない」


 銀の狼っ子は半泣きになっている。


〖だいじょうぶです、あなたのお母さんも他の獣人を守っています。

 かならず合流できます、信じなさい〗


 ヴィアが銀の狼っ子をなぐさめています。


「うん、お母さんは強いもん」


 私は何をしているのだ、まだ親に会えていない子供がいるのに、この程度の事でへたり込んでいられない!


「ロッテ、進むべきだと思う?」


【夜営すべきよ、助けた2つのグループは疲労が激しいわ。

 ここで十分に休んで、明日に備えるべきよ】


「分かったわ、みなさん、ここで夜営をします。

 周囲の警戒は私たちが責任を持ってやります。

 食料を配りますので、皆さんはしっかり食べて十分に休んでください。

 殺した魔獣は、私のストレージに入れるので、腐る事はありません」


 私はそう言うと、キャンプ地で狩った鹿型魔獣の肉を出した。

 狼獣人は完全な肉食だと思うので、野菜や果物は食べられない可能性がある。


 同時に、ウサギやリスの獣人は完全草食だと思う。 

 牛や馬、山羊や鹿に見える獣人も完全草食だと思う。

 だから、キャベツや白菜、ほうれん草や枝豆、リンゴやナシや柿をだした。


「「「「「うわぁ~」」」」」

「青梗菜だぁ~」

「レタスもある!」

「ブドウだよ、この季節にブドウがあるわ!」

「モモだ、モモの良いにおいがする!」


 大人たちはまだ私たちを完全に信用できないのか、警戒していた。

 だけど子供たちは、目の前に積まれた美味しいモノに心を奪われた。


 逃げているから何も食べられなかったのだろう。

 子供たちが美味しそうな食べ物に釣られるのはしかたがないと思う。


「「「「「あ!」」」」」

 

 大人たちは、一瞬食べるなと言いそうになっていた。

 今会ったばかりの汎人族を信用できないのは当然だ。


 でも、命の恩人が出してくれた食料を、毒や睡眠薬が仕込まれているかもしれないから食べるなとは言えず、言葉に詰まっていた。


「ありがとうございます、助けていただいたばかりか、貴重な食料まで分けていただき、感謝の言葉もありません」


 燃えるような赤い毛並みの、大人の色気と圧倒される迫力を兼ね備えた狼獣人が、私に感謝の言葉をかけて来た。


【人として当然のことをしたまでよ、堅苦しい感謝はいらないわ】


 幸村君の戦国武将鎧兜を操っているロッテが、私に近づいて来る赤毛の女狼獣人に割って入った。


「これは失礼、命の恩人にぶしつけに近づきすぎたな」


【獣人の貴方たちを嫌ったり差別したりしている訳じゃないわ。

 そんな事は、3度も貴方たちを助けているから判ってくれるわね?】


「ああ、判っている、汎人族には身分制があるんだろう?」


【そうではないわ、我らの主は、困っている人を分け隔てなく助ける優しい人よ。

 貴方たち獣人族を助ける前に、農民兵に追われている汎人族を助けているの。

 その者が獣人族と敵対していると、貴方たちが誤解して逆恨みするかもしれない。

 両者に利害がないかはっきりするまでは、安全な距離を保ってもらいたいの】


「なるほど、貴方たちは私たちに恨まれる覚えはないが、助けた汎人族が信用できないから、逆恨みされたくないと言うのだな?」


【私が見定めた範囲では、悪人ではないと思う。

 だけど、亡国の王子だそうだから、いろんな国や部族に狙われたり恨まれたりしているかもしれないから、警戒が必要なのよ】


「亡国の王子なら、狙われるのも恨まれるのも当然だな。

 だが心配しないでくれ、貴方たちが私たちの命の恩人なのは間違いない。

 心から感謝しているし、恩を返さないといけないとも思っている。

 よほどの事がない限り、貴方たちを恨む事も害する事にないし、貴方たちがかくまっている人間を害する事はないし、獣人族の誇りにかけて誓う」


【そう言ってくれると助かるわ】


 私が何も言えない間に、ロッテが赤毛の女狼獣人と話をつけてくれた。

 直ぐに獣人を助けに行かず、ここで夜営する事も決まった。


 幸いな事に、今夜は天気が良くて雨が降る心配がない。

 深い森で日が沈むと肌寒いけれど、テントがなくても火さえあれば何とかなる。


「食料が足らなければ言ってください。

 日が暮れて少し寒くなってきたので、たき火用の薪をお渡しします」


 私はそう言って、ストレージから大量の切株を取り出した。

 椅子にするか細工物の材料にするしかない根の部分だ。


「精霊や妖精にお願いします、どうか切株を乾燥させてください。

 今直ぐ薪として使えるように、切株の水分を飛ばして下さい」


 私がそう言いながらタブレットの魔術欄をタップすると、まだ瑞々しかった切株が、材木として使えると見てわかるくらい乾燥して、色が変わった。


「「「「「「なっ?!」」」」」


 赤毛の女狼獣人だけでなく、肉や野菜や果物を食べながら私たちの会話に聞き耳を立てていた、獣人たちが一斉に驚いた。


 驚きのあまり、目を大きく見開き口をぽかんと開けて、マンガやアニメによく出てくる表情で固まっていた。


 私は、獣人族が驚愕の表情を浮かべているのを見て、ようやく自分のやっている事が非常識極まりないのだと分かった。


 私も最初はとても驚いていたのだけど、ロッテたちがここは伝説の桃源郷だと言っていたし、他に比べる者もいなかったから、少し魔力が強いくらいだと思っていた。


 だけど、獣人族たちの驚く表情を見たら、自分がとんでもなく特別なのだと、嫌でも強く自覚させられた。


「精霊や妖精が助けてくれるからできるのです。

 私が特別ではないので、そんなに驚かないでください」


【その言葉は無理があるわ。

 そもそも、今の汎人族は精霊や妖精に嫌われているの。

 精霊や妖精が汎人族に手を貸すなどありえない話よ。

 汎人族だけでなく、獣人族や受肉した妖精族も嫌われているわ。

 驚くなと言われても無理な話よ】


 そんな話は前もってしてよ、全然聞いていないわよ!

 

「そうなのね、全然知らなかったわ。

 それよりも、斃した魔獣をそのままにしていていいの?

 ずいぶんと暴れていたから、以前聞いた不味い肉になっていると思うけれど、命を奪った以上、どれほど不味くても食べるしかないわ」


【獣人族のリーダー、さっき言っていたように、斃した魔獣が腐らないように、我らのストレージに保管してもいい?】


「命を助けてもらい、貴重な食料まで分けてもらっているんだ。

 魔獣を斃したのも、貴方たちが大魔術を放ってくれたからだ。

 所有権は貴方たちにある、好きにしてくれ」


 ロッテが話をつけてくれたので、100頭ほどの大きな山犬魔獣全部をストレージに保管した。


 もちろん独り占めにする気はない。

 いえ、できれば全部獣人族に引き取ってもらいたい。

 とんでもなく不味くなっている魔獣肉なんて1グラムも欲しくない!

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