コーネリア様 まかり通る!

風風風虱

第1話 無制限魔女 コーネリア様

「コーネリア、お前を皇太子妃候補から除名する」


 舞踏会の席上でのことである。

 突然、ローランド皇子はコーネリア・シュルツシュタイン公爵令嬢に宣言した。衆人環視のその席である。


 ヴァンクリフ王国には次代の王、すなわち皇太子が12歳になった時、4人の皇太子妃候補が指名される。以降毎年の舞踏会で皇太子妃候補たちは競い合い序列をつけられる。そして、皇子が20歳、成人した時に序列1位のものが晴れて皇太子妃となるのだ。


 そして、皇子18歳を祝う舞踏会の席でコーネリアは皇太子妃候補除名を言い渡された。


 コーネリアは現在序列1位。皇太子妃最有力であった。それが罷免となれば皇太子妃レース後半へ向けての大波乱となる。


 舞踏会会場のあちらこちらでざわざわと声がさざ波のように起きる。その大半は驚きと困惑であった。豪胆さで鳴らすコーネリア嬢もあまりのことにうつむいたまま、一言もない様子であった。ただ金色の美しい長髪が小刻みに揺れていてその動揺を隠しきれずにいた。


「さあ、ベラドンナ。こちらに来なさい」


 ローランド皇子が呼ぶと1人の女性が現れて皇子の横にピタリと寄り添った。黒檀のような黒い髪に新雪のような清らかな肌をした美少女であった。


「お前は、このベラドンナに卑劣な嫌がらせを繰り返した。

靴に針を仕込んだり、上から泥水を浴びせるなど。あまつさえ、階段から突き落としたというではないか!

嘘とは言わせない。たしかな証拠も証人もある」


(ベラドンナ……?

お、おい、誰だよベラドンナって)

(あれだよ、あれ。最近学園に入ってきた庶民の娘)

(綺麗でおとなしそうだけど、裏じゃ色んな人に言い寄ってたって噂……)

(えっ、じゃあ、ローランド皇子にも言い寄ってたの? マジか、命知らずだな)

(そ、そうね。でも、嫌がらせって、なんか……地味っていうかその……温ぬるいわね)

(うむ、温い)

(あの無制限魔女の嫌がらせにしては、温いしせこい)

(本当にコーネリア様の仕業? むしろ陰険策士マリアンヌ様じゃないの?)


 ローランド皇子の言葉に会場はさらに混乱の度を深めた。そこここで醜聞ゴシップの小さなつむじ風が巻き起こる。

 だが、皇子にはそんな声はまるで聞こえていないようだった。王族らしい威厳のある良く通る声で朗々と話し続けた。


「皇太子妃候補にあるまじき行為だ。よって我が名によりお前を皇太子妃候補から除名することにする!!

そして、空位になった皇太子妃候補にこのベラドンナを任命する」


(おいおい、皇子、とんでもないこと言い出したぞ)

(前代未聞だな)

(つまり、ベラドンナに落とされってことでしょ? 色香に迷ったってやつ?)

(待て待て、そもそも皇太子妃候補の罷免とか任命って皇太子の一存で決めれないでしょ?)

(いや、重要なのはそこじゃない!

今、問題なのはコーネリア様がこれにどう反応されるかだ)

(……た、たしかに……)

(えっ、ちょっと待って、これただではすまない気が……)

(無制限魔女の暴走……これは死ねる)

(マジ、死人がでるぞ……)


「……けん……」


 皇子とコーネリア嬢を固唾を飲んで見守っていた人々の間の困惑が恐慌へ変わりつつある時、ようやくコーネリアが小さく呟いた。


「ううん? なにか言ったかコーネリア?

お前の言い訳など今さら聞く耳を……」


「ざけんじゃねーよ!」


 怒声と共にコーネリアの体から膨大な魔力が吹き出した。


「皇太子妃候補除名だぁ?

おめぇ、ヴァンクリフのきさきってのがどんなもんか分かっていってんのか?

妃ってのはいかなる時も王の元を離れず!

王を守護する最後の砦!!

それがヴァンクリフの妃なんだよ。

やい、べラドンナっとか言ったな?

貴族も庶民も関係ねぇわ。アタシの代わりになりてぇなら、一対一サシで勝負だ」


 コーネリアはすっと右手を上げる。と、右手にこぶし大の火球が現れた。それを見て、ローランド皇子が慌てて叫ぶ。


「ま、まて、コーネリア。こ、こんなところで魔法など、魔法を使うなど!」

「うっせぇわ!!」


 コーネリアは構わず火球をローランド皇子とベラドンナへ投げつけた。


「うひゃあ?!」


 迫りくる火球から逃げようとして、皇子はそのまま尻もちをついた。火球は二人にあたる直前、方向を上に転じ、そのまま舞踏会会場の天井を突き破った。豪華なシャンデリアが粉々に砕けてローランド皇子の目の前に落下した。


「ひいいいい」


 半泣きで悲鳴を上げる皇子。それとは対照的にべラドンナは微笑みを浮かべたままピクリとも動かない。


「ほほう。思ったよりは肝が座っているな」


 コーネリアは少し感心したように言った。


「さすが、皇太子妃候補を狙うだけあるってことか。

ならこれはどうよ!?」


 コーネリアの姿が一瞬消える、と次の瞬間、ベラドンナの目の前に現れる。魔力による身体能力向上で一気に間合いをつめたのだ。そのまま、右ストレートを放つ。

 ベラドンナのボディを捉えたと思えたが、ベラドンナの体はそこになかった。

 ストレートは虚しく空を切る。

 ベラドンナもまた、常人では見切れない早さでコーネリアの背後へ回り込んでいた。

 その表情は笑顔のまま変わらないのが不気味であった。


「ぬう」


 コーネリアは空を切った拳の反動をそのまま利用して体を回転させ、間髪を入れず回し蹴りで背後に回ったベラドンナのこめかみを刈りにいく。が、その蹴りもまた空を切る。

 ベラドンナはちょっと離れたところにいた。口に手をあてあくびを噛み殺す。


「ふぁあ、のろいですね。無制限魔女とかもとんだ名前倒れです」

「なめるな!」


 コーネリアは吠えるとベラドンナを猛追する。が、どんなに早く拳や蹴りを繰り出してもベラドンナの体を捉えることはできなかった。息が上がり始めるコーネリアをみて、ベラドンナはくすくすと笑い始めた。


「皇太子妃候補序列1位でこの程度では、他の方々も推して知るべしですわね。

大体、実力はわかりました。そろそろこの辺でお遊びは終わりにしましょうか」


 そう言い終わらない内にベラドンナはコーネリアの懐深くに入り込んでいた。軽く手をコーネリアのみぞおち付近に置く。


「くあ」


 激痛とともにコーネリアは吹き飛ばされ、床に転がった。


「こ、こんな……」


 立ち上がろうとしてコーネリアはがっくりと膝をついた。

 ベラドンナがすっと右手をはらうと光の剣が現れた。


「動くと首以外が切れて痛い思いをすることになりますから大人しくしていてくださいね」


 剣を振りかぶりながらベラドンナが言った。まるで歌を歌うような清らかな声だった。


「だれがするか!」


 コーネリアは叫ぶと魔法の矢を放つ。が、ベラドンナはそれを簡単によける。


「だから、それ無駄ですから……」


 勝ち誇ったように笑うベラドンナ。

 とその後方から魔法の矢が飛んできた。

 全くの不意打ちだった。

 辛うじてよけて、後方へ目をむける。が、後ろには腰を抜かして泡を吹いているローランド皇子がいるぐらいで魔法の矢を放った者を確認することはできない。

 と、また、魔法の矢の接近を察知してベラドンナはそれをよけた。避けた魔法の矢はなにもない空間で方向を変えて再びベラドンナへと迫ってきた。


「な、なに?」


 勝ち誇ったベラドンナの顔が強張る。とりあえずそれも避けたが、魔法の矢は今度も方向を変えてベラドンナへむかってきた。


「反射結界。だと?」


 ようやくベラドンナは理解した。


 いつの間にか自分の周囲に反射結界を張られていたのだ。コーネリアが打ち出した1本の魔法の矢が反射結界で何度も反射して中心にいるベラドンナを攻撃しているのだ。


「お前の仕業か!?」


 ベラドンナは膝をついたままのコーネリアへと目を向けた。


「当たりぃ。伊達に接近戦を挑んだわけじゃないよん。からぶっている隙に周囲に結界を張らせてもらったわ。

ほんじゃ、こいつら、よけれるもんならよけてみなよ」


 コーネリアは5本の魔法の矢を一気にベラドンナに放った。


「ぬうう」


 ベラドンナは打ち込まれた魔法の矢を瞬足でよけるが、よけてもよけても反射結界内にいる限り、魔法の矢は執拗にベラドンナに襲い掛かるのをやめない。四方八方から無限に反射してくる魔法の矢は徐々にベラドンナの服をかすめ、頬をかすめ始める。ベラドンナの異様な回避能力もすべてを避けきることはできない。


「おのれ!」


 ベラドンナはついに魔法の矢を嫌って上空へと跳躍した。


「うがああ」


 中空に魔法陣が現れ、跳躍したベラドンナの体がそれに張り付いた。


「ま、まさか、粘着魔法陣トラップだと。こんなものもあの時に仕掛けたというのか?」

「だよん。

あんた、ちょこまかちょこまか良く動くからね。念をいれさせたもらった」


 コーネリアは目の前で両手を合わせるとゆっくりと開いていく。開いていく手の軌跡にそって光り輝く球が1つ、2つ、3つと現れる。


「まあ、軽く撫でる程度のつもりだったけど、アタシを本気にさせたあんたが悪いんだ。

もう止まんないよ。骨の1本、2本、大やけどぐらいは覚悟するんだね。

弾けろ!」


 合図とともに6つの光球が一斉に身動きの取れないベラドンナに命中して大爆発を起こした。


「ふう。アタシに喧嘩売るなんてぇーのは10年早いのよ」


 コーネリアは服の埃をはらいながら立ち上がった。そして、腰が抜けて放心しているローランド皇子の襟首を掴むと強引に立ち上がらせた。


「皇子様、それでは先程のお話の続きとしましょうか。アタシをどうするとか、言ってましたよねぇ?」

「い、いや、私はただ、愛のない婚姻というか婚約というのは歪んでいるというか、そういう古い因習をだね、打破すべきだと……」

「あのね、アタシらのような立場のものにはそー言うもんはないの。分かる?」

「そ、そんなのは理不尽だ!」

「世の中っつーのは理不尽でできているの。

それに愛がないならゼロから作りゃあいいじゃん。要は慣れよ慣れ」

「そ、そんな無茶苦茶だぁ!!」


 じたばた暴れる皇子を半ば吊り上げようにしたまま、コーネリアはため息をついた。


「もう。とりあえず王様のところへ行きましょう。今回のこと、きっちり報告して再発防止をしてもらうようにお願いしますからね」

「ま、待って! それは駄目だ。今回のことは内密に……

わぁ、ちょっと離して。

うわー、誰か、この女を止めてくれ。

衛兵、衛兵!」


 ローランド皇子の声に衛兵たちがやって来たが、コーネリアの一睨みで皆凍りついた。

 凍りついた衛兵たちの列の真ん中を、コーネリアは泣き叫ぶ皇子を引きずり悠々と歩いて行く。




 無制限魔女コーネリア様は今日もまかり通る


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