第11話「憧れた大魔法」

「……そうです。僕はあなたの魔法に、憧れて――アリシ――」


言葉は氷に呑まれた。


氷塊が振り下ろされたように大地を薙ぎ、演習場の地面は一瞬で凍りついた。

ただの氷ではない。波が跳ねるように盛り上がり、鋭い棘のように裂け、

そこだけまるで荒ぶる氷の世界――冬の牙そのものだった。


白い冷気が漂い、視界は薄い霧でぼやけている。


その上空から、力を使い果たしたアリシアがゆっくりと落ちてくる。


(さすがに……大魔法はやりすぎちゃったかな……)


ふわりと地面に着地したが、魔力消費で身体がふらつく。

氷が吐き出す冷気で視界はさらに悪くなり、まっすぐ前さえ見えない。

アリシアが息を整えながら辺りを見回すと、霧の奥から――


ぱち、ぱち、と拍手の音が近づいてきた。


アリシアはその方向に顔を向ける。


「いやぁ、さすがです。まさかあれ程の大魔法を拝める日が来るとは。」


薄氷の向こう、人影が輪郭を持ち、そのまま歩み寄る。

もう見えるほどの距離――


「あの象徴的な氷の大魔法――

 僕が憧れた通りの……。やはり、あなたでしたか。」


姿がはっきりと見えた。

ルシアスだ。


「――白銀の剣聖、アリシア様。」


驚きに、短く「はっ」と息がこぼれる。

だが、無事な様子に胸の緊張がほどけ――思わず声が漏れた。


「ルシアスさん!」


ルシアスは笑顔で応え、ローブについた氷を手ではらいながら言う。


「全く、憧れの大魔法を見れたのはいいものの……やりすぎですよ。

 たかが学院試験に大魔法なんて。先ほどの、あなたの言葉をお借りしますが……死んじゃうところでしたよ。」


アリシアは顔を赤くする。


「す、すみません!……ルシアス様に認めていただくには、大魔法が一番かなと……思いまして」


ルシアスはふぅ、と息を吐く。やれやれと微笑むように。


「認めるも何も、僕は初めから合格以外の選択肢なんて持ち合わせてないですよ。」


「……え?」


「そもそも僕は、アリシア様を測れる器じゃないですからね。」


アリシアは小さく息をのみ、そして素直に頭を下げる。


「ありがとうございます……」


一拍置き、問いかける。


「でも一体どこで?……いつから私のことを?」


ルシアスは口元だけで笑う。


「ギルドから紹介があった時点で、もしや、とは。

 あの水晶を割れる人なんて、あなた以外想像つきませんから。」


アリシアは一度視線を落とし、また顔を上げる。


「じゃあ……試験中ずっと?」


「えぇ。アリシア様だと認識した上で、お手合わせしていただいておりました。」


「そうだったんですね……」


アリシアは困ったように眉を下げる。


「その……魔力が切れかけていたので、あんまり魔法使えず。すみませんでした。」


ルシアスは横に首を振る。


「僕の方こそ、アリシア様の力を拝見したいというわがままで、

 無理を要する条件を付け、魔法のみという制約まで課してしまい……

 本当に申し訳ございません。」


「いえ、そんな……そもそも魔法学院の試験ですし、

 魔法ではなく剣を使ってしまった私に非があります。」


「魔力が切れかかっていたとなれば、剣を選ぶのは当然です。

 アリシア様に非はございません。」


ルシアスは言葉を区切り、柔らかく告げる。


「さて、試験も無事終わったことですし――

 これからはルミナリア王立魔導学院の教師として、よろしくお願いします。

 アリシア様が教鞭を取られれば、生徒たちの成長も飛躍的なものになるでしょう。」


「魔法を誰かに教えるというのは、あまり慣れていませんが……

 期待にお応えできるよう、精一杯頑張ります!」


ルシアスは満足げに頷き、歩き出す。

アリシアも後を追おうとした、その瞬間。


ふと、ルシアスは足を止め、首だけこちらへ向けた。


「――やはり、あなたは使えるのですね。闇魔法も。」


アリシアの心臓が跳ねる。


ぎゅ、と胸の奥が強く締め付けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る