第6話「禁断の書」

「はい。ただ一つ言えることは……あの異質な魔力の正体は、基本元素のどれにも属さない上、純魔力そのものを破壊してしまう――未知の魔力だということです」


アンクは眉をひそめ、しばし前方を見つめた。


「未知の魔力か。……まぁ、妥当なとこだな。恐怖はあるが、王都の偉い魔法使いでも分からんものを、今の一匹だけで嬢ちゃんが解明してたら……それの方が俺は怖ぇや」


はっはっは、と豪快に笑う。


「ですね、ふふっ」


アリシアもつられて笑みをこぼす。


アンクは肩を竦めながら歩を進めた。


「王都に着いたら宮廷魔導師に尋ねてみるといい。……もし興味あんなら、だけどな」


「はい。ありがとうございます。一度、お話をお伺いしに行きたいと思います」


「あぁ。それがいい」


アンクはそこで一度言葉を切り、軽く顎に手を当てる。


「……それでよ。もう二つ、話題になっていることがあってな。話題というか……事件だが」


「事件……? ですか?」


アリシアが小首を傾げる。


アンクはゆっくり頷いた。


「俺も今朝聞いたばかりなんだが。つい昨夜のことらしい。……王女殿下が攫われた。それに加えて、禁断の書ってやつ――危ねぇ魔法が記された書物まで盗まれたらしい」


「王女様が……!?」


アリシアは息を止め、小さく胸元で手を握る。


「それに……禁断の書まで……」


アンクも苦々しい表情で息を吐いた。


「俺も聞いてびびったぜ。まさか王女様が攫われるとはな……」


短い沈黙が落ちる。

二人はそれぞれの思いを抱えたまま歩き続けた。


沈黙を破るように、アンクが口を開く。


「それに……禁断の書ってなんだ?」


「……はい。禁断の書というのは――およそ八十年ほど前、戦争で勝利するため、ルミナリア王国でも指折りの魔導師たちがこぞって研究・開発した……一国を滅ぼす為のいくつかの魔法。それらが記された書物になります」


「まじかよ……そんなもの、存在していいもんなのかよ」


その言葉に、アリシアはふと視線を落とす。

思い出したくない記憶に触れたかのように、まつげが微かに震えた。


アンクは頭を抱え、ため息をつく。


「国を滅ぼす魔法って……一体どんなだ? 想像もつかねぇぞ」


アリシアは静かに告げた。


「私も、全てを知っているわけではありませんが……。

一つは、死者を蘇らせる魔法。

もう一つは、幾千もの命を犠牲にし、たった一人を強化する魔法。

そして最後に、人工生命体――ホムンクルスを造り、その器に強者の魂を上書きして操る魔法。


私が知っているのは、この三つだけです。

ですが、どれも一国どころか、世界すらも壊してしまう程、危険な魔法です。


王国は、その危険性を重く受け止めました。

使い手だけではなく、王国そのものが滅びかねない力だと判断したのでしょう。


なので、こうした類の魔法は、

決して触れてはならない

“禁断の書”として封じられました」


言葉が落ちるたび、周囲の空気がわずかに冷えたように感じられた。


アンクは全てを聞き終えると、しばらく無言で歩き続けた。


「……そうか。そんな魔法が、実際にあったんだな」


その声は軽口ではなく、事実を真正面から受け止めるものだった。


アリシアもまた、胸の奥の痛みを抱いたまま前を向く。


そのとき――視界の先に、鈍い灰色の石を幾重にも積み上げた重厚な外壁が見え始めた。


「嬢ちゃん。見ろよ。……王都の外壁だ」


アンクが指差す先、巨大な城壁がそびえている。

朝日に照らされ、石壁の縁だけがわずかに明るく染まっていた。


アリシアはその光景を静かに見つめ、胸の奥に小さな緊張が走る。


「もうすぐ着くぞ。……嬢ちゃん、さっきから少し表情が固いな」


「……すみません。気になることが多くて」


アンクは「だろうな」と鼻を鳴らす。


「今話してた件のうち――王女殿下のことや、書物のこと。

 その二つは“お貴族様連中”に聞くのが一番だ。城の上の立場にいる連中だ」


アリシアの横に並び、歩幅を合わせる。


「で、魔物の件は……王都の一般連中や宮廷魔導師に聞け。

 あいつらなら何か掴んでるはずだ」


「……はい。ありがとうございます」


アリシアは小さく頷いた。


アンクはふっと笑う。


「まずは王都に入って落ち着け。情報を集めるのは、それからでいい」


外壁はもうすぐ目の前。


アンクは肩を回し、


「さぁ――行くぞ、王都だ」


そう言って歩を進めた。


アリシアもその背を追い、静かに王都の門へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る