家族から「社会のゴミ」と罵られ、【洗い物】だけが役割だった引きこもりニートの俺が、【万物浄化】スキルに覚醒し、唯一無二の『聖具師』として世界一の専門店を経営することになった件
第44話 漏れ出す怨念と、工房の絶対防衛線
第44話 漏れ出す怨念と、工房の絶対防衛線
バリンッ!!
ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、工房の扉を覆っていた光の結界が、無数の破片となって消滅した。
「きゃっ!?」
「結界が……!」
セナさんとリリアの悲鳴が、店内に響き渡る。
それと同時だった。
解放された扉の向こうから、まるで地獄の釜の蓋が開いたかのように、おぞましい怨念の黒い霧が、轟音と共に溢れ出してきたのだ。
「うわっ!?」
「な、なによ、これ……!」
霧は、意思を持つ生き物のように蠢きながら、瞬く間に『アクア・リバイブ』の店内を侵食していく。
空気が、凍る。
ただ寒いのではない。魂の芯まで凍てつかせるような、絶対零度の悪意。何百年ぶんもの『裏切り』と『罪悪感』が凝縮された怨念は、それだけで空間を歪めるほどの力を持っていた。
ミシミシッ……!
店の壁が軋み、棚に並べられた商品がガタガタと激しく揺れる。まるで、建物そのものが悲鳴を上げているかのようだ。
「アラタッ!」
リリアが叫び、工房の中へ飛び込もうとする。
だが、その一歩は、黒い霧の壁に阻まれた。
「ぐっ……! なによ、この気配……! 体が……動かない……!」
まるで鉛の鎧を着せられたかのように、体が動かない。一歩踏み出すごとに、精神力がごっそりと削り取られていくのが分かった。
その隣で、エリアーナさんが青ざめた顔で唇を震わせる。
「……まずい、ですわ。これは…アラタ様が剥がしきれなかった、呪いの『汚れ』そのものです…! 純粋な怨念の塊…! 生者が触れれば、魂ごと喰われますわ!」
「そ、そんな……! では、アラタ様は……!」
セナさんの声が、絶望に染まる。
工房の中では、アラタが寸胴鍋の前に座り込んだまま、ぐったりと項垂れていた。ピクリとも動かない。その体を、黒い霧が蛇のようにまとわりつこうとしている。
絶望的な光景。
誰もが、アラタの身を案じながらも、一歩も動けずにいた。
◇
その、地獄のような混乱を、店の屋根の上から、一人の男が冷徹な瞳で見下ろしていた。
漆黒の装束をまとった、影の監視者。
カインが放った、密偵だった。
(……結界が消えた。浄化は失敗か? いや……この怨念の漏出は、むしろ核に到達した証拠)
男は、冷静に状況を分析する。
彼の脳裏に、主であるカインの命令が蘇る。
『――奴が何をするのか、その一部始終を、一瞬たりとも見逃さず、私に報告しろ』
(カイン様の御命令は『監視』。だが……これは絶好の機会でもある)
男の目に、冷たい光が宿った。
あの忌々しい浄化師は、今、無防備だ。
仲間たちも、溢れ出した怨念に気を取られ、外部からの脅威には全く気づいていない。
(あの男を、ここで始末すれば、カイン様の憂いも一つ減る。この混乱に乗じれば造作もない)
命令違反。だが、主の利益を思えばこその、独断。
男は、決断した。
フッ、と。
その姿が屋根の上から消える。まるで闇に溶けるように、音もなく店の裏手へと回り込み、鍵のかかっていない裏口から、静かに店内へと侵入した。
◇
リリアたちが、怨念の霧と格闘している、まさにその裏で。
刺客は、壁の影から影へと音もなく移動し、工房へと続く廊下へとたどり着いた。
彼の目的はただ一つ。工房の中で意識を失っている、皿井アラタの命。
(……もらった)
刺客が勝利を確信したその時だった。
工房の扉の前に、一つの人影が、まるで仁王像のように立ちはだかっていることに気づいた。
黒髪を短く切りそろえた、小柄な少女。
クロエ・アイアンハート。
彼女だけが、怨念の霧とは質の違う、冷たい『殺気』の接近を、その鋭敏な感覚で正確に捉えていたのだ。
その手には、巨大な『神護の大盾』が、静かに構えられている。
「…………」
刺客は、影の中からゆらりと姿を現した。その顔は、闇色の頭巾で隠されている。
「……そこをどけ、小娘。貴様らに用はない。私の狙いは、奥の男だけだ」
冷たく、感情のない声。
だが、クロエは答えない。
ただ、その瞳に、静かな、しかしマグマのように熱い怒りの炎を宿して、目の前の不審者を睨みつけていた。
「聞こえなかったか? どけと言っている。無駄な殺生は好まん」
刺客が、痺れを切らしたように、懐から漆黒のクナイを取り出した。
彼が一歩踏み込もうとしたその瞬間。
クロエが、初めて口を開いた。
その声は、静かだった。だが、世界の法則を書き換えるかのような、絶対的な響きを持っていた。
「……誰であろうと、アラタの『仕事』の邪魔はさせない」
それは、彼女の魂からの誓い。
この工房は、アラタの聖域。彼が、世界で唯一、己の魂を燃やせる場所。
それを汚し、邪魔をする者は、神であろうと、悪魔であろうと、何人たりとも許さない。
クロエの全身から、凄まじい闘気が立ち上った。
「……愚かな」
刺客が、吐き捨てる。
次の瞬間、彼の姿がブレた。
影から影へと跳ぶ、高速移動。常人では目で追うことすら不可能な神速の動きで、クロエの背後へと回り込み、その無防備な首筋に、毒の塗られたクナイを突き立てようとする。
――ガギンッ!!
しかし、クナイがクロエの肌に届くよりも早く、硬い金属音が廊下に響き渡った。
クロエは、振り返りもせず、ただ左腕に構えた大盾を、背後へと突き出していた。
完璧な、未来予知じみた防御。
刺客は、舌打ちをすると、一度距離を取る。
「……なるほど。ただの盾役ではない、か」
「…………」
クロエは、再び盾を正面に構え直す。
工房からは、今もなお、おぞましい怨念の霧が漏れ続けている。
背後では、仲間たちが必死にアラタの名を呼んでいる。
内なる脅威と、外からの脅威。
絶望的な状況の中、しかし、クロエの瞳には、一点の曇りもなかった。
彼女は、この店の、そしてアラタの、『絶対防衛線』となることを、静かに誓っていた。
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