5話 無主地

聖ガイア歴300年 地竜の月 5日

コンコルディア地方 無主地

宿場町ニヘア=リフラ 自警団詰所


 詰所には、クラヴィスとお供の騎兵隊長がいた。


 騎兵隊長は、非番である点と宿場町の避難所が堅牢であった為、街は安全と判断し、休暇を楽しんでいた。


「改めて、礼を述べさせて頂くッ! 此度は本当にありがとうッ!」


「私らも非番とは言え申し訳ありませんでした……」

 クラヴィスと騎兵隊長が口々に述べた。


「いえいえいえ……お二人とも、どうかお直りくださいませ、こうして私達は無事な訳ですし……」


「「そんなことはないッ! 大変申し訳ないッ!」」


「もう、辞めましょうよ……話が前に進まないです……」



「俺たちに昼飯をご馳走様して貰えたら、それで、この話はおしまい! ってことにしませんか?」


「うむ……」

 クラヴィスが嫌そうな顔で考え込む。

 騎兵隊長も同様だ。


「ちょっとライオット。あんまりにも失礼じゃない?」


「いやぁ……だって、何か貰っとかないと引かないでしょ、この人達……また、いえいえ合戦するの?」

 スピカの小声での抗議にライオットは小声で反論した。


「……それもそうね」

「俺ぁ、ガキ救った報酬でタダ飯食えるなら嬉しい」

 ラッツはニヤリと笑う。




「うむ……そなた達が、そう申すのなら……」

 ライオットの提案に、クラヴィスと騎兵隊長は渋々ながら賛同した。


「それよりも、なんで街中にあんな大きな魔獣が出たんだ?」

 ラッツが口を開く。ライオットも気になっていたことだ。


「単純に人手不足だ。魔獣を討滅しに行く人手が足りない。魔獣と戦える者……若者は十字軍などに取られる。そのため、過疎化が進み、警備の穴をつかれるのだ」


「バリケードはどの程度、準備されていますか?」

 ライオットが疑問をぶつける。


 クローネ領ではバリケードで屋敷や宿場町を固めている。


 それでも、魔獣の種類によっては乗り越えてくるため、魔獣を探しては討滅しており、宿場町には戦える者を詰所に配置している。


「……一応は、街全体をバリケードや門で守っている。今回の角狼どもは、普段、出ない方角から現れた。警備計画の見直しが必要になる」


 クラヴィスは目元を抑え、難しい顔をしながら回答した。


「……領主は助けてくれないの?」


「ここはな……誰も領主がいない地帯なのだよ……」

「いわゆる無主地ね。中央都市に近いのに……いえ、だからこそかしら」

 クラヴィスは小さくため息をついた。



「……クラヴィスさん。だいぶ先だけど、俺の代になったら、俺がここの領主になるよ。俺ん家はここからそう遠く無いし」

「あ、私も言おうとしていたのに……」

 ラッツとスピカが意気込む。



「……ははっ……これは有難い。領主がいないからと半ば諦めていたが……いやぁ、マルス様に祈っておいて良かったッ! じゃあ、それまでは私が頑張らないとなッ!」

「おうッ!」


「頑張らないと……なぁ、ライオット!」

「あ、あぁ……」

 ラッツは屈託なく肩を組むが、ライオットは浮かない表情をしていた。


「さて、まだまだ話は積もる所だが、そろそろ昼食にしよう。騎士様もどうでしょう?」


「かたじけない。喜んで頂こう」


「ありがとうございますッ!」

 ラッツは顔を輝かせた。

 何より、楽しみにしていたのだ。


---


 3人は詰所で郷土料理を堪能した後、宿泊している宿に戻るところだ。その後方には、お供の騎士が控えている。


「ふぅ……死ぬほど食ったな……」

「ラッツは食べ過ぎだよ。暴食の魔獣になっちゃうよ……」

「その時は、私がぶっ飛ばすわ」

「……気をつけまーす」


 宿に着くと、各々は自分に割り当てられた部屋に行く。満腹の後、眠くなる者だ。


「じゃまた明日」

「「おやすみ」」


---


 部屋に戻り、ベッドで考え込む。




 ラッツの『聖剣ノトス』は魔獣の弱点を突かずに殺せていた。


ーーつまり、聖別された武器は、魔獣を簡単に殺せる。



 聖別武器はその名の通り、聖者による祝福が付与された武器だ。


 珍しい品であり、高価なものだ。

 機会があれば、ぜひ欲しい。



「……」


 声無き『ありがとう』が頭に残響する。


 空白の時間には、ミセリアの最後を思い出してしまう。


 母の無念を晴らしたいが、領地も守りたい。母の無念を晴らすと『マルス正教会』を敵に回す可能性がある。

 無論、領地を危険に晒すこととなる。


「俺も本当は……ラッツとスピカが羨ましい……」


 ライオットの独り言は星空に消えた。

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