脳筋魔導士が魔闘家を目指す〜格闘センスは抜群なのに魔術の才能がないから魔闘家を目指そうとしたら精霊術だけ得意な落ちこぼれ術士の女の子と出会い加護を受け無双する
烏賊墨
第1話 進路未定
魔導士の育成を目的として設立された魔導学院。ここでは魔法に関する授業は当然ながら行われているが、補助科目として杖を用いて戦う杖術に加え素手で戦う体術もカリキュラムに組み込まれている。
これは戦場に出れば魔法職であっても肉弾戦になることがあるため、その備えとして行われている。だが頭脳派が集うこのような空間ではこれらの授業に対して必要性自体を疑う生徒までもおり、授業そのものが面倒臭がられているのが実情だった。
この様な魔法系の教育機関内であっても生徒内での序列は力の強い者、つまりケンカが強ければ上位に座することになる。人間の本質とも呼ぶべき法則はこのような世界でも通例になっている。しかしやがて学年が進み生徒達が進路を意識し始める時期になれば彼らの概念も変わり、本分である魔法の成績が良い者に対して敬意が向けられるようになる。言い換えれば学生としてあるべき考えを持つ様になる。
魔法を学ぶ場で魔法の成績は底辺であるのに対し武闘派な生徒が稀に現れる。当然ながらそのような生徒は侮蔑され、影では『脳筋魔導士』と蔑称が付き異端として扱われる。
魔法系教育機関の界隈である奇跡が起きた。某国では毎年学生を対象とした武術大会が実施されている。その参加者には剣術学校や士官学校の生徒だけでなく魔法系の生徒も含まれている。
その大会で王立魔導学院に所属するユリィという名の生徒が三年連続出場し、その全てに優勝した。同じ生徒が三年連続優勝を果たす快挙を達成したのは大会史上初めて。それと同時に魔導学校の代表選手が首位に君臨したことも異例自体。魔法系の生徒が優勝を手にしたこと自体が初めてだった。
だがユリィには致命的な問題を抱えていた。魔導士を目指しているにも関わらずユリィの魔法の成績の有様は散々だった。初級魔法はなんとか習得したものの熟練度は最低値。本職であるはずの魔導士に関しては不名誉な結果を出していた。
魔法を学ぶ学生が集まる場所にいながら魔法がまともに使えないとなれば当然であるが周囲からの風当たりは強くなる。だがしかしユリィは幸いなことに武術の腕前が突出しているおかげで面と向かって馬鹿にしてくる者はいない。だからと言ってユリィはそれに気づかないような楽天家ではない。直接耳にしなくても雰囲気から自身の評判を感じ取っていた。
卒業まで残りわずかまで迫ったある日。ユリィはこの日を憂鬱な気持ちで迎えた。というのはこの日に最後の面談がある。ここでは担任に進路を報告することになっている。しかしユリィはこの時期になっても進路が確定していない。その状況で面談に臨まなくてはならない。
いよいよユリィの番になり教室へと入った。席へと向かう足取りは重い。毎日のように顔を見合わせ続けた担任ではあるが、今日ほど顔を合わすのが苦痛だと思った日はない。入り口からは遠いと言える距離ではないがそれを思い足取りで進んだ。やっとのこと席についたユリィは恐る恐るその先に顔を向ける。そこで対面する担任の表情も穏やかではなかった。
魔導学院が推奨する進路は魔導兵団への入隊、もしくは研究者や宮廷魔術師を目指すために上級学院へ進学。前者に進むと除隊後に実績次第では貴族や資産家の護衛として高額で雇ってもらえることもある。後者は成績が優秀であることに加えて裕福な家庭の出身である必要がある。基本的に生徒の進路には前者が多いが初級魔法しか使えないユリィには入団試験を通過できる見込みはない。後者はユリィの成績では論外だ。
ユリィのような進路の決まらない生徒は毎年存在している。魔導学院ではそのような生徒には少しでも魔法と関連する職種への就職を斡旋する。
「そういえば魔道具の卸問屋の募集がまだあったな。明後日面接があるから行ってみたらどうだ?」
担任が出した提案にユリィは返事どころか頷きすらもしなかった。ちなみにこれらへの就職は落ちこぼれの進路と呼ばれている。魔法の知識は必要であるが魔導士としての能力は発揮できない。これにすら採用されない生徒は魔法と無関係な職業に就職するか実家に戻って家業を継ぐことになる。
これは通称『落ちこぼれの進路』と呼ばれているが、ユリィがそれを選べなかったのには理由があった。ユリィは物心がついた頃には孤児院にいた。そんな境遇にも拘らず魔導学院に通うことができたのは国家の主導で行われている政策のおかげだった。
孤児院に在籍する子供には一定の年齢に達すると魔導適性の検査が行われる。検査結果が良ければ特待生として魔法系の教育機関に通うための学費と生活費が国費で支給される。その検査でユリィはかつてない高適性が記録された。
それ以降孤児院ではユリィは有望視されるようになった。やがて入学に向けて学院のある王都へ発つ日を迎えた。孤児院の門の前で兄弟同然に育った仲間たちに見送りに来たとユリィは誓った。
−次ここに帰る日は一人前の魔導士になった時−
ユリィは何としてでも『魔導士』にならなければならなかった。
結果的にユリィは身の振り方が決まることなく卒業の日を迎えた。式が終わるとユリィは逃げるように学院の門を出た。他の生徒らは別れを惜しんだり打ち上げに向かう準備をしていたが、それらを見ないようにしていた。
寮の規程では卒業の翌日までに引き払わなければならない。もし魔導兵団に入隊できていたらそちらは全寮制なのでそこに引っ越せばよかった。それが実現できなかったとなれば明日からは住む場所がない。だかといって恥を忍んで孤児院に戻るという手段は不可能。こちらも在籍に関する規程がありユリィは年齢の上限に達しているためだ。
次の日の朝、ユリィはまとめた荷物を抱えながら誰とも顔を合わすことなく寮を出た。今日からは自力で衣食住を確保しなくてはならない。まずは日雇いで生活費を稼ぐ。家を借りる資金が貯まるまでは簡易宿で寝泊まりすることにした。
卒業してから一ヶ月が経った。ユリィは翌日には建設現場に従事していた。肉体労働ではあるが運動が得意であるユリィには苦ではなった。しかし楽しいと思うことは決してなかった。これは生活の基盤を築くための労働に過ぎない。そんなものに生きがいを感じるわけがない。しかし続けるしかない。何をするにも先立つものが必要だからだ。
ユリィは仕事場と宿を往復するだけだの日が続いていた。その帰りには大衆食堂に寄るのが習慣となっていた。行きつけとなったこの店で提供される料理は値段が安く腹持ちがいい。そのため労働者には人気があった。
周りの席では労働者のグループが談笑しながら食事をしていた。どちらかというと団体が多い。しかしユリィは基本的に一人で入店する。付き合いでの食事をすると出費が増え貯金の妨げになるためだ。
その最中ユリィはふと現状を俯瞰した。今なぜここにいるのか。本来なら魔導士になる予定だった。才能があると判断されて入学したが落ちこぼれとなる結果となり進路が決まらず。そして現在日雇いの生活を送っている。ユリィに絶望感が襲う。
−ダメだ!こんな生活を送っているようじゃ!!−
ユリィはこの生活を続ける気は毛頭ない。だがすぐに壁にぶち当たった。打開策が全く思いつかない。熟考したが結局答えは出なかった。今日は考えをやめ食べることだけに集中することにした。
しばらくすると隣の席に四人組が座った。鎧を纏っているが軍人とは違い無骨な出立ち。どうやら冒険者パーティのようだ。冒険者は一般的に自由人と認識されている。しかしユリィはそんな彼らが生き方を見つけた立派な存在のように思えてしまった。
「なんかうらやましい」
ユリィは思わずそんなつぶやきをしていた。
しばらくして冒険者の一団の席へは食事より先に酒が届けられた。それと同時に一団は目の色を変えた。さっきまでは疲労のせいかため息とそれを連想する言葉ばかりぼやいていたのが嘘のような変わりようだ。一団は酒に口をつける前から盛り上がり始めた。彼らは食事よりこっちが目的のようだ。
そんな彼らを尻目にユリィは黙々と食事を続けた。そんな中、突如ユリィの手が止まった。普段なら周囲の会話など気にすらしない。しかし今日この時は何故か気に留まった。それは彼らの談笑から出てきたある言葉だった。
−確かこう言っていたな。『まとうか』って…−
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