空が黄色く昏れる頃

ネオローレ

序章 

第1話 プロローグ

真っ暗な部屋の中。

機械の無機質さを感じさせる光のみが部屋を青く照らしていた。

やけに物が散らかり、机にはメモ書きが大量に散乱し、こぼしたコーヒーがそれを茶色く染めている。

その中心で聖域のように外装というものにこだわっていない、中が剝き出しな1つの旧時代風の機械が何も言わずに聳え立っていた。


この機械の廃墟ともいえる空間に生身の人間が一人。


眼だけがギラギラと光った狂気に満ちた表情で目の前のパネルと向き合っていた。

やがて暫くして男がレバーをきしむほど勢い良く上げると、何も言わなかった機械が急にけたたましい排気音と電子音を奏ではじめ、機械の明るさで部屋が目も眩むほどの光に包まれた。


男はフラフラと倒れこむように後ろにあった椅子に座った。

そして排気音をものともしないほど笑った。


「これで⋯⋯。ようやく⋯⋯。私の望みが!!」

神となる。

男の望みはこれただ一つ。

この為に男は周囲に人外と呼ばれるほどの知恵を身に付け、卒業後忽然と消えて人生をささげてきた。

そして遂に今、古代に現代のものを持っていく。

神として崇められる為に思いつく非常に一般的な考えを実現するタイムマシンを発明した。

男は立ち、この日のためだけに開発した新技術を幾つか携え、大きい一歩で、タイムマシンに乗り込んだ。

「世界よ!聞いているか!今この瞬間から世界は変わり!私を唯一神として崇めるようになるだろう!」

男は高笑いを誰もいない部屋に響かせ、スイッチを叩き押した。

目的時間軸は8世紀。

人々が無邪気に神を信じ、シルクロードを通して世界が繋がっていた時代だ。

タイムマシンの外の世界が青く染まり、初めて体験する強烈な浮遊感の中、同じ体制のまま立ち続けた。

数分後、窓の外は紫色の空間に出た。

時空間。

この男が発見し、単独で実用化レベルまで押し上げた空間だ。


安定走行に入った事を確認すると男は簡素な席に座り、機械の点検と信者たちへの台本の校正を始めた。


10分後、

後ろの時空間にヒビが割れ始める。

だが、男は手元に夢中で気づかない。


そこから4分28秒後、

はるか奥に見える時空間にまでヒビが大きく割れる。

だが男はまだ気づかない。



23分後、

自らの左手が魚眼レンズのようにゆがみ始めた事で男はようやく気付いた。

驚いて左手を引っ込むとゆがみは直ったが、周りを見回すと壁は大きく底が見えないひび割れが入り、物は滅茶苦茶に空を飛んでいた。

辛うじて無事な窓から外の様子を見ると、歪み、破れ、変形した変わり果てた時空間が映っていた。


「何故!何故だ!試験ではうまくいっただろう!」


男には一つ誤算があった。それは自らは神になろうというのにこの世の全ては理論で出来ていると信じていたことだ。

神とは理論の対極に存在するようなものなのに。


形容できないほどの恐ろしさを煮詰めた音が後ろから鳴る。


猛然と後ろを振り返るとタイムマシンの中を時空間が縦に大きく切り裂いていた。


外の濃い狂気が室内に入ってより混沌に近づいた。


物は爆ぜて、卵になり、卵から魚が横に分かれ、断面から昆虫と蛙が這い出て⋯⋯。


宇宙の狂気と正気にふれ物理法則がまったく仕事をしなくなった空間。

男は気が違ったのか、狂ったように笑い、やがて完全に時空間に放り出され、一際大きいひび割れに笑い声を虚ろに響かせて吸い込まれていった。


彼を飲み込んだ裂け目はより時空間を食い荒らすように広がり続けた。

男の末路は誰も知らない。

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